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TruCalling VirtualSeason3
(トゥルー・コーリング バーチャルシーズン3)

3x01 Rockabye:摩天楼ララバイ(訳者注:米1985年の映画の題名と同じ)
作者:kittybeenbad
作者補助:
Tess
校正:
Cherrygurl, Tina
翻訳
:Mhorie
翻訳版再校正:滝沢 敦

あらすじ:それはいつものように死体安置所から始まりました。
三体の遺体が運ばれてきて、助けを求めたのは生後二ヶ月になる子供だけでした。
彼女は手がかりもなくどうやって三人の死を防いだらいいのか途方に暮れます。
それは時間との戦いでした。

キャスト
レギラー    トゥルー・デイビーズ :イライザ・ドゥシュク
         デイビス :ザック・ガリフィアナキス
         ハリソン・デイビーズ :ショーン・リーブズ
                ジャック・ハーパー :ジェイソン・プリーストリー
                キャリー・アレン :リジー・バッシー
                ジェンセン・リッチー :エリック・クリスチャン・オルセン
                ガルデズ :ベンジャミン・Benitez
ゲスト      エレイン・レヴィン :ローレン・スミス
                ポール・レヴィン :エイドリアン・ハウ
                ミラー :エリン・Karpluk(エレインの母親役)
                トム :キャメロン・バンクロフト

寒さの厳しいニューヨークの夜。
住人達は暖かさを求めて家に閉じこもり、外に出ようとはしない。
そんなただでさえ陰鬱な夜の中、更に重苦しい雰囲気の男女がいた。

「お願い、やめて!あなた、何をしているのか分かってるの!?」

女は目の前に立っている男に手を伸ばしながら、その冷たい目を見つめている。

「黙ってろ!」

大声で叫ぶ男の口からはアルコールの匂いが漂ってくる。
彼は酔っていて物事を正常に考えられる状態ではなかったが、
心の中ではさっきから同じ思いがグルグルと車輪のように回転していた。

二人はミン・ナーラという高級チャイニーズレストランのすぐ外の暗い通りに立っていた。
男がジャケットのポケットに隠し持っている物に誰か一人でも気づいていたら止めに入ったかもしれなかったが、
客の誰一人として外で起きている口論に気づく者はいなかった。

「さあ、はやく!」男は怒りで紅潮した顔をふるわせて叫んだ。
「私…そんな…」女は小さな声で返事をする。

女の目は、男がジャケットのポケットに手を入れて銃を引き抜き、
それが彼女の顔に突きつけられるのを力無く追っていた。
そしてその銃身を見つめたまま、声も出せずに恐怖にふるえる。
レストランの外で起きているこの事に、誰も気づかない。
「残念だったな」男がそうつぶやくと、銃声が辺りにこだました。


「ほら正解だ!」と叫んで、ジェンセンは頭の上に両腕をのばした。

ジェンセンとトゥルーは彼女の部屋のソファに横たわっている。
テーブルの上にはインデックスカードと医学テキストが、何冊も小さな山のように積まれていた。
ジェンセンが来るので彼女の部屋は片づけてあったが、それ以外は普段と変わったところはない。
トゥルーは問題を解いて喝采をあげているジェンセンを見て笑った。

「わかった、わかったわよ」ジェンセンの腕を引っ張りながら笑う。
「でも、今のは簡単よ。ね、本当の勉強がどんなものか見せてあげる」
「けっこう難しいんだぜ」ジェンセンはため息をつきながらそう言ってインデックスカードの山に手を伸ばした。
教授の真似をして大きく咳払いをし、カードを読みあげる。
「それではデイヴィス先生、エンセファリティスとは何を指す言葉ですか?」
「うーん、難しいわね」トゥルーは考えて答えた。「それは…脳炎のことね」
「正解だよ、お利口さん。では何が原因でそれは引き起こされるでしょうか」
「バクテリアとウイルスよ。場合によってはある種のウイルスやワクチン接種へのアレルギー反応の時もあるわ」
ジェンセンは苦笑いをしながら言った。
「じゃあ、脳炎が1,000分の1の確立で麻疹(はしか)から起こるって知ってた?」
トゥルーはおどけた顔をして付け加える。
「それは知らなかった。オッケー、じゃあ貴方の番よ」
トゥルーが別のカードを拾い上げようとした時、彼女の携帯電話が鳴りだした。
彼女はジェンセンの指を握ってから立ち上がり、会話を聞かれないように台所へ行った。
「もしもし?」トゥルーは電話に出ると、一拍おいて「わかった、行くわ」とため息まじりに言う。
彼女が部屋に戻ると、ジェンセンはカードの答えを盗み見ようとしているところだった。
トゥルーに気づくと照れ笑いを浮かべてカードを置き、ソファーに座り直した。
「ずるい」とトゥルーはつぶやき「デイビスからよ」と続けた。
「死体安置所があたしを呼んでるんですって」
「本当か?テストの一夜漬けがあるから、今夜は仕事を断ると思ってたのに」ジェンセンががっかりした口調で言った。
ルーク、あたしも本当はそうしたかったんだけど…」
「なんだって?」ジェンセンはびっくりして聞き返した。
「いえ、ゴメンなさいって言ったのよ…」トゥルーは言った。
「いや、僕の事をルークって呼んだ」腹を立てたようにジェンセンは応えた。
「あたし、そう言った?」トゥルーは口から出た言葉を思い出しながら、当惑したように髪を掻きあげる。
「ごめんなさい、ジェンセン」
「いや、気にしてないよ」言いながら、ジェンセンの目は少し動揺しているようだった。
「僕もう行くよ…明日早く起きないといけないからね」
「ジェンセン、待って…」
トゥルーはジェンセンに戻ってくるよう呼びかけたが、彼はそれに応えずに立ち上がった。
トゥルーはジェンセンの後姿を見て、深いため息をついた。


「ねえデイビス、なんで”お勉強会”の最中にあたしを呼び出したの?いいとこだったのに」
トゥルーが死体安置所に入ったとき、デイビスは新しい死体の調査準備をしているところだった。
ゴム手袋をはめた手で検死道具を出しながら、トゥルーに話しかける。
「”お勉強会”って…何かの例えかい?」 そうデイビスが尋ねると、トゥルーは目を大きく開いた。
「デイビス、お勉強会はお勉強会よ。明日、大事なテストがあるの。あたしとジェンセンはその勉強をしてたのよ」
「ああ、それは申し訳なかったねトゥルー。
 でも君は遺体が来たらすぐに電話をしてくれっていってたじゃないか。刺激的な”瞬間”を逃したくないと」 デイビスは淡々と言った。
「そんなの冗談に決まってるじゃない」トゥルーは否定する。
「おっと」デイビスは遺体を検査しながら手の甲で額を拭いた。
「それならもっとはっきり言ってくれないと。で、その、お勉強会はうまくいったのかい? どうだった?」
「あたし、彼のことをルークって呼んじゃった」トゥルーはつぶやく様な声で言った。
「ジェンセンを?」
 トゥルーはうなずいた。
「なんでだろう。彼がルークと同じことにならないか心配なのよ。もし本当のことを話したら…」ため息をついて続ける。
「彼に隠し事なんてしたくないの。でも秘密を知られた時にどうなるのか、心配なのよ」
「ああ。秘密ね」トゥルーと目を合わせないようにしてデイビスは言った。
「トゥルー、その事については少し時間が欲しい。
 例の現象が一旦起きると、君が過去に戻ってしまうのはわかっている。
 でもあの時とは状況が違う。ルークの時は実際に何が起こっているのか分かっていなかった。でも今は違う」
「そうね」トゥルーは再びうなずいた。
彼女は軽くほほえんでこの問題を終わらせると、遺体に注意を向けた。
「で、今回の被害者は?」
「女性。おそらく二十代前半」デイビスはテーブルの上に横たわる遺体から目をはなさいまま言った。
「ジャケットのポケットに入っていた結婚指輪以外、身元がわかるものはない」
「撃たれたのは間違いないわね」女性の血にまみれた胸の弾痕を見てトゥルーは言った。
「ああ、傷跡が非常に損傷している」デイビスは言った。
「近距離から銃で撃たれたんだと思う。彼女はミン・ナーラのすぐ外で殺されていたんだ」
「それで目撃者は誰もいなかったの?」信じられない、といった感じでトゥルーは言った。
「そう、警察の調書には銃声がするまで誰も争っているのに気付いていなかったと書かれている」デイビスは説明した。
「オーナーが外へ出たときには、犯人の男は走り去った後だった。犯行時間はほんの一時間前」
「八時ごろね」とトゥルー。
二人とも遺体を黙って見おろした。
デイビスが作業をしている間、トゥルーは”巻き戻し”が起こったときのために、できるだけ情報を記憶しようとしていた。
「今回は違うみたいね」トゥルーはぴくりとも動かない死体を見ながら言った。
「彼女は助けを求めてこないわ」
「でも、さっき君は…」

「いやいや、これは驚きだよ諸君」ガルデズが担架を二つ、部屋に運びいれてきた。
「どうした?」デイビスが手渡されたクリップボードを受け取りながら尋ねた。
そのボードにサインをしてガルデズに返す。
「取り返しのつかないことってあるんだな」最初の遺体のカバーに手をかけてガルデズは小さい声でささやいた。
「まず一つ目の遺体だ」 トゥルーとデイビスの前にミンチになった年配の女性が現れた。
上半身も両腕も血だらけで、顔の左側にいたっては激しい衝撃の痕が残り、顎が骨折しているようだ。
トゥルーは小さく喘ぎ声をあげ、デイビスは頭を横に振った。
「自動車事故だよ」とガルデズが言う。
「ついさっき起こったんだ。免許に年齢制限を設けた方がいいな」
「それでもう片方は?」トゥルーは二番目の担架をアゴで示して尋ねた。
ガルデズは同情したよう顔をしかめて言った。
「同じ事故で死んだんだ」
ガルデズが覆いを取ったとき、トゥルーはその惨さに口を抑えてしまった。
デイビスは目をトゥルーから担架へと移し、最後にガルデズに向かってうなずいた。
ガルデズはうなずき返すと、そのまま死体安置所を出て行った。

担架の上には、体全体に大きな傷跡を残した生後2カ月ぐらいの男の子が横たわっていた。
「死はいつも無惨だ」デイビスが厳粛な声を出した。「それが誰であってもね」
トゥルーが返事をしようとしてもう一度赤ん坊を見下ろしたとき赤ん坊の遺体がはっきり目を開いて、トゥルーを見あげた。
トゥルーの口が開き、一日が巻き戻りはじめた。


トゥルーが自分のベッドにいることに気が付いたとき、まだショックが体に残っていた。
起きあがって震える手で髪をかきあげ「あれは何だったの?」とつぶやく。
電話が鳴ったので、トゥルーは受話器をとった。
「もしもし?」
「トゥルー」聞こえてきたのはジェンセンの声だった。
「もしかしたら寝てるかもって思ったけど…」しばらく間があって「今夜、用事ある?」
「今夜?」トゥルーは今日の出来事を思い返したが、一瞬の後に嘘をついた。
「別にないわ」
「よかった」ジェンセンの嬉しそうな声が聞こえる。
「考えたんだけど、明日大きなテストがあるだろう?今夜その勉強をしないかい?
 もちろんその…何も予定がなくて、デイビスが君を休ませてくれるのならだけど」
「予定はないし、休みももらえるわ」
「よかった。ね、もしいま時間があるなら…」
「ごめん」トゥルーは言葉をさえぎり「ちょっと用事があるんだ」
「あ、うん、わかった。それなら今夜会いに行くよ。八時半ごろでいい?」
「いいわ」トゥルーは受話器を置くと「できればね」とつぶやいた。

トゥルーが誰とも分からない命を救うためにベッドを出て着替えようとしたところで、電話が再び鳴り出した。
「もしもし?」
「姉さん、やれやれ、出てくれてうれしいよ」ほっとしたようなハリソンの声が聞こえた。
「ずっと話し中だったから、何かあったのかと思った」
「大丈夫よ。少なくとも今はね」トゥルーは服を着替えながら受話器を肩ではさみ、言った。
「まさか」ハリソンが言った。「例のやり直しの日かい」
「ええ、そうよ」
「心配しなくていいよ、姉さん」とハリソンが自信ありげに言った。
「俺の知ってる姉さんなら、昼までにジャックの尻をぶっ飛ばしてるはずさ」
「信頼してくれてありがとう」トゥルーはシャツを着ながら言う。
「いいさ、それが俺の役目だもの」ハリソンが言った。
「それよりさ俺、父さんに頼まれた写真を撮るためにあと二十分で街を出なきゃならないんだけど…」
「知ってるわ」着替えを終えてトゥルーが言った。
「一言言っとくけど、ホットドッグの店には近づかないことね。自分にマスタードをかけることになるわよ」
「了解しました」おどけたようにハリソンは言った。
「マスタードだけは食べないようにする。オッケー、もう行かなきゃ。俺が必要なら電話して」
トゥルーは受話器を戻して「そうね」と呟いた。


「なるほど、つまりこうだな。今回は遺体が3つあった」デイビスが言った。
デイビスはオフィスで、トゥルーから”戻る前の日”に関しての情報を聞いていた。
再確認や質問が必要な事柄以外には、一心に耳を傾けている。
「最初の女性はミン・ナーラのすぐ外で撃たれた…」トゥルーは言った。
「ああ、僕のお気に入りの店だよ。春巻がおいしいんだ」話を中断させるデイビス。
トゥルーはデイビスを無視して続ける。
「そして自動車事故にあった別の二体が、その数分後に運ばれてきたの。
 あたしには三人の死に因果関係があるとは思えない。でも助けを求めたのは…赤ちゃんだった」
「新生児?」デイビスが尋ねた。
「違う、たぶん生後2カ月ぐらい」とトゥルーは頭を振って答えた。
「で、君に助けを求めてきたんだね?」デイビスは眉を上げながら尋ねた。
「ええ、でも実際には口を開けて話したわけじゃなく、あたしの方を見たのよ」とトゥルーが答える。
「のどをゴロゴロ鳴らしたとか?」
「真面目に聞いてよデイビス」トゥルーは叱るように言った。
「わかったわかった」デイビスは顎をかきながら
「まず3人の死に関連がないかとは言い切れない。分かっていることを整理する必要があるな。
 女性が胸を撃たれたのと同じ頃に、赤ん坊と老婦人が自動車事故で死んだ。
 遺体に個人を特定するものはなかったかい?身分証明書とか?」
「ううん、女性は結婚指輪だけ」とトゥルーは肩をすくめて言う。
「赤ちゃんと老婦人には何もなかったわ。どんな間柄だったのかもわからない。
 親子だったかも知れないし、孫だったのかも。乳母かも知れないし、知る手だてが全くないの」
「やれやれ、これは大変だな」とデイビスが言った。
「そうね」とトゥルーはうなづく。
「でもジャックが行動を起こす前に、あたしが彼らを見つけないと」


キャリーがオフィスで電話を受けていると、ノックもせずにジャックが入ってきた。
「…ええ、喉が渇いたの。それでウィスキーが欲しいのよ」とキャリーは受話機で話している。
彼女はジャックが入って来たので手早く電話を切り、黙ったまま彼を見上げた。
「おじゃまだったかな」ジャックがにやにや笑いながら尋ねた。
「いいえ、そんなことはないわ」とキャリーはデスクの正面にある革のソファーを指さし、ジャックに座るよう促した。
ジャックはどう切り出そうが考えながら、ソファにもたれた。
彼はいままで誰かに助けを求めたことはなかったのだ。
キャリーはジャックを見つめて彼の言葉を待った。
「君は心理学者だ」ジャックが長い沈黙を破って口を開いた。
「他人の頭の中を覗いて、その一部を修正することが君の仕事だ。
 俺の仕事は、あるべき方法で確実に事が起こるように、人の心を透かして見ることだ。
 修正するのは、俺が運命をしかるべき状態に戻すためだけだ」
「話が見えないわ」とキャリーは困惑して首を横に振った。
「繰り返しの日だ」ジャックは素っ気無く言う。
「俺にはビジョンが見えるんだが、断片だけなんだよ」
「断片?」
「ああ」ジャックはうなずいた。
「断片だ。ぼんやりとした明るい色、エコーがかかった音。
 俺にはその意味がまったく理解できない。君なら分かるかと思って来てみた。今回は本当に難解だよ」
キャリーはしばらく考えてから言った。
「見えるのは助けを求めている人間のビジョンだから、その様子じゃ明らかに…」
ジャックは期待するように、しかしうさんくさげな表情をして腕を組んだ。
キャリーは集中し始めたようにデスクを指で叩き始めた。
「今回の犠牲者は…」
ちょうどその時電話が鳴って、キャリーは話を中断した。
ジャックを見ると、彼は電話を取れよと言うふうに肩をすくめる。
キャリーは受話器を取り、椅子の向きをかえて話し始めた。
「もしもし?ああ、こんにちは…ええ、本当に?…ああ、なるほど。
 …オッケー、それなら…ええ、そうするわ。…いいえ、だめよ…わかった、それじゃあ」
キャリーは受話器を戻してジャックに向き直ると「赤ん坊よ」と言った。彼女の唇に笑みが浮かんでいる。
「赤ん坊?」ジャックは驚いて聞き返した。
「あなたが見た犠牲者は、赤ん坊だと思うわ」とキャリーは言った。
「ぼんやりしたビジョン、ひずんだ音。新生児が感じる世界そのものだわ」
「なるほど」ジャックが言った。
「しかしそれだけでは誰だか突き止められない。運命を正しい姿に保つためには、道しるべがいるんだ…」
「じゃあ他には何か感じなかった?」キャリーが尋ねる。
「寒かった」とジャックはしかめ面で言った。
「そしてずっと揺すぶられていて…でも動けなかった」
キャリーはうなずいて言う。
「自動車事故ね。動いている車は幼児にとって心地いいものだもの。振動はまさに揺りかごのようなものよ」
「おもしろいね」とジャックは言った。「で、この推理はさっきの電話と何か関係あるのか?」
「私はもともと児童心理学をやってたのよ」とキャリーは言った。彼女の顔に笑みが広がる。
「それに…小鳥さんが教えてくれたの。犠牲者はもう二人いるわ」
キャリーは引き出しからペンをとり出して、メモに走り書きを始めた。書き終えるとジャックにメモを手渡した。
「ここに詳しく書いておいた。あなたの...道しるべをね。トゥルーが調べた場所のリストよ」
ジャックはニヤリと笑ってメモを受け取った。
彼はメモに目を通すと、椅子から立ち上がってそれをポケットに押し込んだ。
「さすがだね。君は本当に役に立つよ」と言って立ち去った。
「それが仕事だもの」キャリーは笑みを浮かべながら、ジャックが出て行くのを見ていた。


「デイビス、これで4箇所目よ」トゥルーが携帯電話をかけているそばを自転車と子供達が走り回っている。
「公園だけで時間を使い果たしちゃう。無駄足っていうのも控えめな表現だわ。
 それにハリソンに連絡したくても仕事で捕まらないのよ」
「僕は病院と託児所をチェックしてるけど」デイビスの声は言った。「もし手伝ってくれる人がいれば…多分」
「ダメよ」とトゥルーは少しいら立って答えた。「私たちのことをキャリーに言っちゃ…」
「トゥルー、僕に任せてくれれば…」
「それは後回しにして」とトゥルーは言った。
「見つけたわ」トゥルーは電話を切って、公園のベンチに座っている女性を見つめた。それは撃たれて死んだ女性だった。
彼女は茶色の目をした25,6歳くらいの赤毛で、もう一人の女性とベビーカーの前でおしゃべりをしていた。

トゥルーが犠牲者の彼女に近づこうとしたそのとき、ジャックが現れた。
「4箇所目であんたに出くわすとは思わなかったわ」トゥルーは嫌悪感に目を細めて言った。
「4箇所目?俺は最初の公園で見つけたよ」とジャックは喜んだように言った。
「俺ってラッキーだなあ」 トゥルーはジャックをにらみつける。
「赤ちゃんよ、ジャック? いくらあんたでも酷いわ」
「トゥルー、俺が誰が死ぬかを決めてるわけじゃない…運命なんだよ」ジャックは答えた。
「あたしの邪魔をしないで」とトゥルーは声を荒げて言った。
ジャックはトゥルーを通すように微笑みながら道をあけ、紳士ぶって腕をさし伸ばし、トゥルーがそばを通るのを見送った。
トゥルーは二人の女性に近づき、会話が終わるのを待ちながらどう切り出そうか考え始めた。
犠牲者の女性と話をしていた女性は、会話が終わると去って行った。
トゥルーはベンチにまだ座っている女性のところまで歩いていき、急に赤ん坊に気づいたように声をあげた。
「まあ、かわいい。何カ月になるの?」
女性はトゥルーを見上げて微笑んだ。
「ありがとう。この子は2カ月なの。ヘンリーは私の大切な宝物よ」彼女は自慢げに言って
「そうでしょ?私のかわいい坊や」と赤ん坊にささやきかけた。
赤ん坊はそれに応えるように無邪気な声を立てたので、トゥルーは笑った。

そのとき女性の携帯電話が鳴りだし、彼女は電話を取った。
女性が電話で話しているすきにトゥルーはベビーカーにぶら下がっていたハンドバックから財布を抜き取り、
ジャケットのポケットに押込んだ。
女性の会話が聞こえる。
「…違うのよ、ポール。 私の言うことを聞いてる?他の人なんていないわ。あなたしかいないのよ。
 ポール、お願いよ!私はそんな…ごめんなさい…」
女性が携帯を切ったので、トゥルーは赤ん坊から彼女へ視線を移した。
女性は後ろに縛った髪の束を手ですきながら、深い溜息をついた。
「彼氏さん?」トゥルーが心配そうに尋ねる。女性が困惑した表情をして言った。
「夫よ」そしてトゥルーに薬指を見せる。それはトゥルーの見たリングだった。
女性は赤ん坊に視線を戻して言った。
「家に戻らないと、もうじきミルクをあげる時間だわ」 彼女は立ち上がり、ベビーカーを押してその場を後にした。

「さてさて」女性が遠くまで行ったのを見計らってジャックがトゥルーに近づき
「君のポケットに何があるのか知ってるんだが、トゥルー」と言った。「盗みとはね」ジャックは頭を横に振って
「君は死ぬ運命になっている人たちを救うのが仕事だが、今君がしたのはスリだ。何て恥知らずなんだい」と言った。
「心配しないで、財布はちゃんと返すわよ」とトゥルーは返した。


トゥルーは高級住宅地の中のある小さな家の、正面入口に続く階段を登っていた。
この辺りの家は、クッキーの型で作られたようにみな似ている。
どのフェンスも白く塗装され、芝生はきちんと刈り込まれている。
彼女は携帯電話を取り出し、玄関ポーチによりかかって電話をかけた。
「彼女たちは繋がってるわ」
「本当か。どんなふうに?」とデイビスが答える。
「撃たれた女性が赤ん坊の母親だったの。彼女の名前のエレイン・レヴィン。赤ん坊の名前はヘンリー・レヴィンよ。
 なぜ母親が最初に連れてこられて、後の二人が自動車事故で死んだのかを推測すると…」
「彼女たちはエレインに会いに行く途中で死んだ」デイビスが言う。
「ええ、そんな感じだと思う。でも、なんで赤ちゃんなんだろう…なぜエレインは助けを求めなかったのかしら?」
「分からないな」とデイビスは正直に答える。
「しかし、親子の絆って強いから…もしかしたらエレインがそういう方法で…」
「そうね」とトゥルーは彼女の母親と自分に課せられた”仕事”という絆を思い起こしながら応える。
「いずれにしても、これでやりやすくなったわ。エレインを助けて、次に他の二人も助けよう。
 オッケー、デイビス、後で話しましょう」
電話を切ってドアに手を伸ばし、ノックしようとしたそのときに再び携帯電話が鳴り出した。
デイビスだと思って携帯に出る。
「はい?」
「姉さん」とハリソンの声が言った。
「五番通りとアレンの交差点ってどこかわかる?」
トゥルーは少し考えてから「知らないわ…なんで?」と答えた。
「俺が行くことになっている場所なんだけど」そこでハリソンは言葉を止めると、車の外に向かって大声で叫びました。
「おい! スピード落とせよ。なんてやつだ」
「パパは場所の説明をしなかったの?」とトゥルーは尋ねた。
「今朝、助けてくれるって言ってたじゃない」
「まあ、俺が道に迷ってなかったら、姉さんの手助けができたと思うんだけど」ハリソンはイライラして叫んでいる。
「で、パパは場所を説明したんでしょ?」トゥルーは繰り返す。
「そうさ、でもあんなの分からないよ」とハリソンは言った。
「役立たずって思われちまう。それにもう何時間も遅れてるんだ。ああ、父さんはとても怒るだろうな。
 おまけにシャツにケチャップをぶちまけちまったし…」
「言ったでしょ、マスタードに気をつけなさいって」そこでトゥルーは何かに気が付いたように言った。
「ハリソン…あなたは昨日、あたしに助けを求めなかったわ」
「何が?」
「助けよ。あなた、昨日は道に迷わなかったのよ」とトゥルーは奇妙な気持ちになって言った。
「まあ、マスタードの代わりにケチャップがかかったよ。姉さんのおかげで何かは変わったさ。
 そんな事より、五番通りとアレンの交差点ってどこだい?」ハリソンは言った。
「知らないわよ」父の指示の問題を深く考えずに「ごめんね」とトゥルーは言った。
「まあいいさ。聞いただけだから」ハリソンは少しいらついたように答える。
「今日はこれ以上悪くならないよな?」
「今は何ともわからないわ」と言ってトゥルーは電話を切った。

彼女は目の前の問題に頭を切り換えて、レヴィンの家のドアをノックした。
何度目かのノックの後に、エレインの母親らしい老婦人が出てきた。
彼女はエレインと同じような赤毛で、茶色の目をしていた。
「こんにちは、何かご用かしら?」と老婦人はほほえんで尋ねる。
「あの、こんにちは」トゥルーも微笑みながら挨拶を返した。
「私、エレインに会いに来たんですけど。ご在宅かしら?」
「いいえ、今は外に出てるわ。ご用件を伺ってもいいかしら?」
トゥルーはポケットから財布を出し、
「ええ、これを彼女に返しに来たんです。公園で落としたんだと思うんですけど」
婦人はいぶかしげにトゥルーを見て、財布を受け取った。
中身を確認して全てがそのままだと見ると、トゥルーに微笑みかけた。
「ありがとう。中に入ってくださいな、すぐにエレインに電話をしますから。
 あれは財布を探しに行ったのよ。あなたが持ってきてくれたと知ったら喜ぶわ。お礼もしたいし…」
「そんな、当たり前のことをしただけです」中に入りながらトゥルーは言った。
中には寝椅子の上で平和な顔をして寝ているヘンリーがいた。
「とても可愛いお子さんね」
「ええ、可愛いでしょう。ヘンリーと私の娘はここに住んでるの。
 お金があるんだから引っ越したらって言ってるんだけど。でも離婚した直後はひどいありさまだったわ。
 私はあまり気にしてないけれどね…」
「離婚?」とトゥルーは聞き返した。
「差し出がましいのは分かってるんですけど、さっき公園でエレインは電話で誰かと言い争ってたんです。
 ポールという人だったと思いますけど」
婦人はうなずいて言った。
「ポールが前の夫です。私は、彼らが愛し合いずっと一緒にいるもんだと思ってたのよ」彼女は頭を振ってため息をついて、続けた。
「エレインは浮気をしてしまったのよ。ポールは数週間前にそれに気づいて娘と離婚したわ。
 エレインは今でも罪悪感を持ってるけど、ポールはその事は知らないの。誰もが過ちを犯すものよ。
 そして彼女は彼を愛してる。私はそうだと信じているの」
「それは気の毒だわ」とトゥルーは落ち着かない様子で返事をした。
「まあ、私ったら。見ず知らずの方に不平を言って」婦人はクスクスと笑った。
「本当にお礼をしなくてもいいの?」
「ええ、構いません。私はただ…あなたの娘さんが幸せになればいいと思ってます」


「彼女の夫だったわ」トゥルーは住宅街を歩きながら、携帯電話に話しかけた。
さきほどとは異なってこの辺りの家はそれほどきれいではなく、それぞれの家が好き勝手な形で並んでいる。
きれいに芝刈りをされた家もあれば、雑草が伸び放題の家もある。
トゥルーは暗くなり始めた空を見つめながら言った。
「間違いないと思うわ。エレインの浮気のせいで二人は離婚したの。
 その話し合いをレストランでしてたんだけど、それがこじれて…ポールは彼女を撃ったんだわ」
「間違いないかい?」デイビスは尋ねる。
「間違いないと思う」とトゥルーは言います。
「すぐに片づけちゃうわ。そうすればまだジェンセンとの勉強会に間に合うはずだから」
「勉強会?」デイビスは尋ねる。
「勉強会は勉強会よ」とトゥルーは目を上下させて言った。「オッケー、もう行くわ」
トゥルーは携帯を切ると、ポールの家のドアに向かった。
数回ノックをすると、茶髪に水色の目の男が出てきた。
「なんだ?」男は少し乱暴に尋ねる。
「あの、私エレインを探しているんだけど。彼女、いない?」トゥルーは何気なさを装って尋ねた。
「私、高校の時のクラスメイトなんだけど、彼女、結婚したって聞いたから。
 子供が生まれた時にお祝いできなかったけど、ちょうど今日ここを通ったものだから…」
「俺たちは離婚したんだ」男は肩をすくめて言った。
「え?それは…残念だわ」とトゥルーは答える。
「残念なもんか」と男は厳しく言った。
「あいつは俺をだましてたんだ。子供だって俺の子かどうかわかるもんか」
「そんな事言わないで」トゥルーはなんと続けたら良いか迷って
「でも、それなら彼女はどんなに憎まれても仕方ないかも…」とポールを見上げて言った。
そして彼がエレインを殺すような人間かどうか反応を伺う。
「ああそうだな」とポールは肩をすくめて言った。
「でも俺はあいつともう関わりたくないんだ。だから引っ越したんだ。
 なのにエレインは昼夜かまわず電話をかけてくる。あいつはまだその男と会っているに違いないな。
 俺が知らないと思っているんだろうけど…」とため息をついた。
「とにかく、彼女に会いたければ母親のところにいるはずだから…」
「待って」ポールがドアを閉めようとしたとき、トゥルーが言った。
「もし本当に…その…別れて暮らしたいんだったら、禁止命令を出してもらったらどうなの?仕返しとかは考えないで…」
「なに?仕返しだって?」まゆを上げてポールは尋ねた。
「あんたの心配はありがたいけど、俺はもううんざりなんだ。
 揉め事は起こすつもりはないが、なんとか気持ちの整理をつけたい。
 エレインとやり直すつもりがないとは言わないけど、考える時間が必要なんだ」
「分かるわ…」とトゥルーはうなずいた。


「ポールじゃないわ」 トゥルーはミン・ナーラのガラスドアの方へ歩きながら、携帯に話しかけていた。
「多分エレインの浮気相手だと思うんだけど、誰だか分からないの、デイビス」 トゥルーは時間を確認しながら言った。
「でも後二十分で見つけないと」
トゥルーは携帯電話をしまって、ウェートレスを待った。
ウェートレスに案内されながら辺りを見回すとエレインはすぐに見つかったが、その指に指輪は無かった。
トゥルーはエレインのテーブルが見える場所に座り、メニューを見るふりをしながら、
エレインの正面に座っている浮気相手と思われる男を見た。
二人はしばらく普通に話していたが、突然男が叫びだして言った。
「もう終りだって?終わりってどういう意味だ。僕のために夫を捨てたと思ったのに…あれだけしてやったあげくに結局これかよ!」
「トム、声を落として」エレインは静かにするどく言った。「こうなることは分かってたはずでしょ…」
「何が分かってたって言うんだ?」トムは立ち上がってナプキンを投げ捨てながら言った。
「もううんざりだ」
トムが店を出て、エレインも後に続いた。
トゥルーが二人の後を追いかけようとドアに向かったとき、ジャックがトゥルーの腕をつかんだ。
「そうはさせない」
「放して」トゥルーはエレインの方を見ながら言った。
エレインは支払いをしているところだった。
「ダメだね」ジャックは放そうとしない。
「エレイン!」トゥルーは叫んだ。
エレインが振り返ってトゥルーとジャックを見て言った。
「え…、何?」
ジャックはため息をついて、トゥルーから手を離した。
トゥルーは何を言ったらいいか迷ったが、エレインは彼女を覚えているようだった。
「あなた、公園で会った人ね…」
「ええ、そうよ」
そのとき突然銃声が鳴り響き、トゥルーとエレインは驚いて目を大きく見開いた。
ジャックがトゥルーにほほえみかけたが、二人は外に飛び出した。

そこにはトムがまるで銃で撃たれたように胸に手を当てて立っていたが、しかしその胸から血は全く出ていなかった。
「あの野郎…俺から強盗しようとしやがった。
 俺は忘れたジャケットを取りに戻ったところなんだ」とトムはまだ少し動揺しながら言った。
そして隣の男に「感謝するよ、もしあんたがいなかったらやられてた」 と言った。
「ポール?」トムの隣に立っている男にエレインが声をかける。
「なんでここに…」
「君に会いに来たんだ」ポールはエレインのところへ歩み寄って言った。
「俺は…色々考えたんだけど…」
トムは別れた妻の方を見て口をもごつかせながら、先ほどジャックがトゥルーにしたのと同じように頭を振った。
「少し遅かったみたいね、ジャック?」トゥルーは言った。
「そのようだな」ジャックが答えた。「ほんの少しだけ…」
「十分だわ」トゥルーは時計を確かめて言った。時計は八時十二分を指している。
「じゃ、さよならジャック。ラッキーだったわね、私は行くところがあるの」
そしてジャックが持っているジャケットを見て「それは返しときなさいよ」と言った。


トゥルーがアパートの玄関にたどり着いたのは、ちょうどジェンセンが帰ろうとしているときだった。
「私はここよ」とトゥルーはジェンセンに急いで言った。「遅れてごめん」
「いや、いいよ」ジェンセンは微笑んだ。
「君がいないんで心配したけど」ジェンセンが持ってきた本を持ち上げて言った。
「見て、資料を持ってきたよ。それにインデックスカードも作ってきたんだ」
「素敵ね。もう一度謝るわ、ジェンセン。遅れてごめんなさい」
「ああ、気にしなくていいよ」
二人がアパートに入ろうとしたときにジェンセンは言った。
「君がジェンセンと呼んでくれるだけで、僕はご機嫌さ…」
トゥルーはその言葉に少し驚いた。

終わり

編集後記:Mhorie07.04.30
 今回の更新は翻訳編集作業を手伝っていただいている「滝沢敦」さんに校正をしていただきました。
 こうやって滝沢さんの翻訳読んでみると私の翻訳は結構いい加減でしたね。

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