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TruCalling VirtualSeason3
(トゥルー・コーリング バーチャルシーズン3)

3x02 On Edge:不安
作者: Erin
作者補助: Cherrygurl
校正:Lilkittyangel
翻訳:Mhorie

十代半ばのポニーテールの少女が屋内スケート場のリンクでスケートをしています。こと
周りでスケートをしている他の人達もいますが音楽に合わせて優雅に滑る彼女はとても目立っていました。
彼女は後ろ向きに滑りだし左足が氷から離れると同時に右足で氷を蹴り上げジャンプをし二回転半のターンをきめました。
回転のため彼女の顔にかかった明るい茶色の髪は元の頭の後ろへと戻りました。
彼女が目がくらむほどのフットワークの連続に入ってスピードを増すと周りで見ていた何人かが拍手を送り激励しました。
音楽は止まり彼女は頭の上に高々と腕を上げ最後のポーズをとります。
彼女は周りで見ている人達に気付かれないようにっこり笑いました。

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「慣れちゃえばそんなに気持ち悪くわないよ」とトゥルーは言います。
それは暖かい晩の、ごく普通のカフェで、
四人の友達が仲良く 遅い夕食をとっていました。
その雰囲気は 外の暖かさよりさらに暖かく感じられます。
「慣れとかどうとかじゃないの、学校の研究室での遺体は違うのよ…時間が経ってて、死体安置所とは違って、
 つまり死んだばかりなのよ、不気味よ」とエイブリーは言い終えるとコーヒーを飲みました。
ハリソンは少し離れた隣に座っているエイブリーにちょくちょく視線を送ります。
「いいや、今じゃ姉さんは死体にかなりご満悦だと思うけどな」とハリソンは冗談を言います。
エイブリーははにかんでハリソンを見ます。
「あなたはどう、ハリソン? 死体安置所で働ける?」
彼は肩をすくめます。
「俺は親父の仕事が天職だと思うよ。
 君に教えるよ、この仕事で俺は生まれ変わったんだ」とハリソンは力説しました。
トゥルーはジェンセンの腕の中にもたれ掛かり、こっそりとジェンセンに微笑みました。
彼らは一晩中ハリソンとエイブリーとの間に熱い視線が飛び交うのを見ていました。
「あなたを誇りに思うわ、ハリー。それにパパもそうよ、昇給とか色んな事を与えてくれたんだから」とトゥルーが言いました。

ハリソンはブースにもたれて座っています。
「俺、何であんな風に言えたのかな? 持って生まれた才能かな?」ともの柔らかに言います。
トゥルーは笑って頭を振り時計を見ると残念そうな顔になりました。
「もう行かなくちゃ…」トゥルーはジャケットを羽織り立ち上がります。
「仕事が呼んでる」
しかしトゥルーはどのぐらい様子を見なければならないのか?
トゥルーは明日再びこの時の話をする事ができるのか?
あと数時間でまさしくその運命が明らかとなるでしょう。
ジェンセンはトゥルーの隣りで立ち上がりました。
「僕が死体安置所まで送ってくよ」
トゥルーは喜んでジェンセンに微笑みかけ後ろのハリソンとエイブリーを見ます。
「一緒に来る?」
「いや、彼らは来ないよ」とジェンセンが静かに言います。
エイブリーはハリソンを見ながら、
「ええ、彼と一緒にいるわ」とエイブリーは顔を赤めて言います。
トゥルーは彼らににっこり笑いながら「また明日会いましょ」と言うと、
テーブルの上に自分の分の代金を置きジェンセンと手を繋ぎドアから外に出て行きました。
二人っきりになったテーブルでハリソンとエイブリーはお互いの目を見つめ合い微笑みを交わします。


トゥルーとジェンセンは手を繋いで死体安置所に向かう廊下を歩きます。
「今晩は楽しかったわ、あたしハリーを連れて来て良かったと思う。
 エイブリーと本当にいい関係になったと思う」
ジェンセンは頷きました。
ジェンセンは口を開きかけましたがトゥルーは人指し指でジェンセンの口を塞ぎました。
「ジェンセン…いいかな?」トゥルーは尋ねます。
ジェンセンはトゥルーに奇妙な顔を向けます。
「うん、ああ…なんで?」
トゥルーは少し俯くと、
「あたし、分からないの、あなたにどう思われてるのか…その…なんて言えばいいのか」
トゥルーはジェンセンをルークと呼んでしまった事を思い出しました、そしてトゥルーは心からそれを追い払おうと努力します。
デイビスが廊下に出てきた途端、二人の親密な距離を見るとすぐに突然立ち止まり、
「んん、あー、すまない、僕は中にいるから…」向きを変えてオフィスの中に急いで戻りました。
トゥルーはジェンセンにキスし、
「おやすみなさい、ジェンセン。明日話すわ」
あるいは今日…もう一度と思いました。
彼女は躊躇い、目を逸らして状況が変わらない事を祈りながらオフィスに向かいました。


トゥルーがオフィスの中に入りジャケットを掛けるとデイビスはコンピュータ越しにちらっと見ます。
「全てジェンセンに話したのかい?」
トゥルーはデスクチェアに寄りかかるように座って深呼吸をしました。
「いい質問ね」トゥルーはデイビスの表情に気付きます。
「そこまで話せなかった…別の機会に話す事に…」トゥルーはもごもごとバツの悪い顔をして言いました。
デイビスは神経質に髪をかき上げながら立ち上がりました。
「トゥルー、君に話をするつもりだったんだが」
トゥルーは期待するようにデイビスを見ます。
「いいわよ」
デイビスは言葉に苦労しながら、
「君はおそらくこんな事は好まないのは分かっているつもりだが…自分から言った方がましだ」
「入いるよ」とガルデスが廊下から叫びます。
トゥルーは期待するようにデイビスに視線を投げ続けていますが、
デイビスは向きを変えて遺体が持ち込まれるのを待ちました。
ガルデスは遺体をストレッチャーに乗せてオフィスを通り準備室の方へと運び入れます。
当惑したトゥルーは立ち上がって後に続きます。
「何を言うつもりだったの?」トゥルーは目を背けるデイビスを見て残念そうに尋ねます。
ガルデスは保存袋のチャックを開けます。
「見てくれ」
遺体は明るいピンクのフィギュアスケートの衣装とベージュのタイツを身に着けた十五歳ぐらいの少女でした。
少女は乱れたポニーテールに明るい茶色の髪をしていました。
履きこなれたように見える白いアイススケート靴が少女の足を覆い、黒い羊毛のジャケットが腕と肩を覆っていました。
「フィギュアのスケーターね」とトゥルーが驚いて言います。
トゥルーは屈んでジャケットの刺しゅうを調べます。
「彼女の名前はクリスティンね」
トゥルーはあとどれぐらいの時間があるのか分からないので手早く他にも手掛かりがないか調べます。
「死因は頚静脈の裂傷だな」デイビスは犠牲者の喉を指さして言います。
喉には血まみれの深手の傷がありました。
「つまり彼女の死因は出血多量だな。衣類に付いている以上の血が…君はこれをどう見る」
トゥルーはデイビスを見て、
「ねえ、アイススケートってそんなに激しいもんだとは思わなかったけど」
今度はガルデスを見て、
「どこで発見されたの?」
「チェルシー埠頭のスケート場さ」とガルデスが答えます。
ガルデスが話をしようと口を開き掛けた時、もう一つの声がトゥルーの注意を引き付けました。
トゥルーが犠牲者に目を向けると少女は頭をトゥルーの方へ動かしました。
「助けて!」
一日が繰り返されます。

トゥルーはベッドに差す窓越しの早朝の日の光で目を覚まします。
トゥルーは溜息と共に起き上がり、
「私がスケートをしに行くように見える?」


「それであなたにチェルシー埠頭のどこにスケート場があるか見つけて欲しいのよ。
 遺体が発見された場所に行って犠牲者のクリスティンを見つける」とトゥルーは靴を履きながら携帯電話で話しています。
「分かった、やってみるよ」
デイビスはコンピュータにいくつかの検索ワードを打ち込みます。
「昨日の、やり直す前の日の情報は他にどんな事を覚えてる?」
「ええ、あなたは死因が頚静脈の裂傷だと言ったわ、
 クリスティンの服に付着していた血液以上の出血多量で死亡したって」とトゥルーはドアの鍵を閉めながら言いました。
「それは恐らく、負傷を負った時にうつ伏せだったんじゃないかな?
 そのために血液が他のどこかに流れたんだと思う…。
 よし分かったぞ、66番埠頭にスケート場があった」
「ありがとう、デイビス」トゥルーは昨日の事を思い出しました。
「そうだわ、デイビス? 昨日…つまり今日ね、ガルデスが遺体を運んで来る前、
 あなたが私に何か話そうとしたんだけど?何か深刻な様子だったけど」
デイビスは神経質に髪をかきあげます。
「うーん、あー、いや、何もないな。何の話をしようとしたのか分からない」
トゥルーは少し眉をひそめました。
「オッケー、デイビス。あなたが言った場所に行ってみる」
トゥルーは歩道に出ながら、
「オッケー。幸運を祈るよ。ジャックの行動には気をつけて」
トゥルーは深刻な顔で頷きます。
「心配しないで」
トゥルーが電話を切ると再び鳴りだし、電話を耳に当てると声を聞いて驚きました。
「もしもし?」
「やあ、トゥルー」とジェンセンの優しい声が電話から聞こえてきます。
「ああ、何、ジェンセン」とトゥルーは言い、
昨日の夜ジェンセンとうまくいかなかった事に対し一日が戻った事に無言で感謝しました。
「あの、今日の夜の事なんだけどさ」とジェンセンが言います。
「来るんだろ? 君は時々少し…予測不能だから」
トゥルーは腕時計をちらっと見て少し微笑しました。まだ午前9時、時間はまだあります。
「行くつもりだけど、約束はできないわ」と正直に言います。
「ねえ、もしあたしがハリソンを連れて行っても問題ない? あの子あまり友達がいないから…」
「もちろんだよ、多ければそれだけ楽しいよ。そうだろ?じゃあ、今晩。さようなら」
「さようなら、ジェンセン」とトゥルーが言います。
彼女は深呼吸をします。
「願わくば、今晩はもっとスムーズな二回目になりますように」

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トゥルーはスケート場に入ると冷たい風に吹かれ少し身震いしましたがすぐに慣れました。
氷の上には十数人のスケーターがいました。
ガラス張りのリンクの外は港の美しい光景が広がっています。
リンクの端の方にはガラスで囲まれた部屋があり八人ぐらいの大人が中に入っていました。
トゥルーはリンク内に犠牲者がいないか捜しながらガラスの部屋へと歩み寄りました。
トゥルーはクリスティンが前夜に着ていた同じピンクのスケーティング衣装を着て
ボードのそばで手足を伸ばしているところを見つけました。
クリスティンがホッケーのボックスに座っている毛皮コートを羽織った
きれいなブルネットの女性と一緒に話ながら笑っています。
クリスティンがリンクの周りに沿ってスピードを増し始めたのをトゥルーは見守ります。
クリスティンは準備運動の後に指示を受けるため時折ボックスに立ち寄って中に入ります。
トゥルーは会話を聞こうと近づくためにゆっくりとリンクの外部に沿ってホッケーのボックスのすぐ傍で止まりました。
「あなた、今日調子良さそうね。
 オーケー、じゃあ、プログラムのサルコウを2倍にしましょう」とブルネットの女性がクリスティンに言います。
クリスティンは頷き後ろ向きに回転しリンクの端までクロスオーバーします。
クリスティンは頭上に腕を高く伸ばして進み出ます。
そして突然に後ろ向きになると左足でジャンプをし二回転を決めるためにしっかりと腕と足を引き当て
スムーズに右足が着地すると彼女は腕を伸ばしました。
「うわーっ」とトゥルーは大声を出してしまいました。
クリスティンは難無くそれをやっているように見えます。
クリスティンが今のジャンプについてコーチに話をしに行ったのでトゥルーは他のスケーターを観察する機会を得ました。
彼女らはレベルと年齢で分かれていました。
何人かは円形状に基本的なクロスオーバーの練習する若い少女達で
他はクリスティンのようなジャンプの練習をしていました。
トゥルーの目は一人の少女に引き付きました。
背の高い魅力的なアジア系の少女がピチッとしたパンツとタンクトップを身に着けています。
彼女は二回転ジャンプを成功させると最年少の少女達の手前数センチの場所に横滑りして止まりました。
彼女が謝りもしない事にトゥルーは不快に思いました。
そして気取った黄色のコートを着たブリーチ・ブロンドの髪の背の高い男性が立って待っている所へ滑っていきました。
「まったく性格が悪い娘ね」とトゥルーが呟きました。
トゥルーは更に多くのジャンプを終えたクリスティンに注意を戻しました。
「オーケー、ダブルアクセルに移りましょう。
 スプリード・エッジからトライしてみて、
 引き入れる前に完全に左足からジャンプする事を忘れないで」とブルネットのコーチが指示します。
クリスティンは真剣に頷き リンク内に下がります。
クリスティンはスプリード・エッジの中に入り足を揃えると腕を広げました。
そこからシングル・ターンを完了すると次に高くジャンプをし二回転半を決めました。
クリスティンは満足顔でボードの方に戻って来ました。
「良かったわよ、今までで一番の出来だわ。来週末まで準備万全にしておいてね」とコーチは熱狂的に言います。
「私はサラのところに行ってくるから、リンクでウォームアップをしてなさい。また戻ってくるから」
クリスティンはペットボトルの水を一口飲むと頷きました。
トゥルーがクリスティンに話かけようとホッケーボックスの方に移動し始めた時、
アジア系の少女が自分の水のボトルを掴んでクリスティンの隣りに滑ってきて止まりました。
「素晴らしいアクセルだったわ、クリスティン」とうんざりするほど甘ったるい声で言います。
クリスティンは冷たく彼女を見つめます。
「ありがとう、バレリー」
クリスティンはそれ以外一言も口を利かずにリンクの方に立ち去りました。
トゥルーは再び身震いしましたが今回はスケート場の冷たい風のせいではありません。
バレリーはクリスティンがやったようにリンクの周りで目立つようにジャンプしようとしました。
右手が大きく傾いたのにトゥルーでも気づきました、そしてもちろんドサッという音をたてて転びました。
「ノー、ノー、ノー」とブリーチド・ブロンドの男はひどいロシア語訛りで叫びます。
「もう一度」
バレリーは不快なしかめっ面をし、 氷の上から立ち上がりもう一度リンクを旋回しました。
バレリーはサークラー・フットワークを始めます。
ターン、トゥワイズル、ブラケット、ホップ、サイドターン…彼女は容易に難易度の高い技をこなします。
今度はダブル・アクセルを成功させて着地しました。
トゥルーは魅力的なバレリーの技から目を外すとボードに戻って水を飲んでいるクリスティンに気づきました。
トゥルーはボックスに入る機会をつかみました。
「本当に素晴らしかったわ」トゥルーはクリスティンを褒めます。
クリスティンは驚いて振り向きました。
「あっ、ありがとうございます」
トゥルーは少し近づき、
「あなたが、さっき成功させたジャンプって…」
「ダブル・アクセル?ええ、難易度の高い技の一つよ」とクリスティンがはにかんで言います。
「来週末にも同じように成功させたいわ」
「来週?」
トゥルーは何気無く尋ねます。
「ノース・アトランティック大会。
 毎年行われる四回の競技大会の中で最も大きい大会よ」とクリスティンは頷きながら言います。
「うわーっ、それって凄いじゃない」とトゥルーが言います。
クリスティンは躊躇います。
「あの娘も行くの?彼女、ちょっと態度が悪いように思うんだけど」
トゥルーはバレリーと彼女のコーチに向かって顔を向けました。
クリスティンは嘲ります。
「ええ、バルはバルよ。もう慣れっこよ。彼女も行くわ」
トゥルーは頷き次の言葉を急いで捜しました。
「あたし、いつもスケートをしたいと思ってたの、小さい頃ママと一緒にテレビでスケートを見る事が好きだったわ。
 すごく優雅できれいなんだもの」
「そうね。でも魅力に騙されないで。見た目より大変なのよ、多分他のどんなスポーツよりも」
トゥルーは頷きます。
「でもいつもやりたいって思ってたの…あなたに少し教えてもらえたら嬉しいんだけど?」
クリスティンは残念そうな顔で彼女を見ます。
「ごめんなさい、大会が来週末なの…。時間がないのよ」
トゥルーが返事をしようとした時、鼻に掛かった声が重苦しい雰囲気を吹き飛ばしました。
「クリスティン?この方はどなた?」とおよそ70代の女性が尋ねました。
その女性は小柄で毛皮コートとデザイナーのバッグを持ち、トゥルーの顔を不快なしかめっ面で見ました。
クリスティンは溜息をつきます。
「落ち着いてよ、おばあちゃん。こちらは…」とクリスティンはトゥルーを見つめました。
「トゥルー、トゥルー・デイビーズです」とクリスティンの祖母に手を伸ばして言います。
彼女はそれを受け入れずに毛皮のコートの前をもっと引っ張ります。
「デイビーズさん、うちの孫娘は大会のために準備しているの、彼女の気を散らす事は必要としません」と厳しく言いました。
彼女はクリスティンに戻ってきつく言います。
「エリカは一体どこにいったの?」
「サラのところに行ったわ」
彼女の目は信じられないほど大きく見開きました。
「エリカは大会が一週間後だって分かってるのかしら?
 私、あなたが練習するのを見てさえないのよ。あなた達の姉妹の最優先事項なのよ」
「心配ないわ。もう座っててよ」とクリスティンが強く言いました。
彼女は孫娘の願いを聞き入れましたが警戒的な目でトゥルーを見ていました。
クリスティンは謝罪のために頭をさげます。
「ごめんなさい、私の祖母なの、特に大会の前で少し緊張してるのよ」
トゥルーは頷きます。
「分かってるわ」
「ねえ、私は演技の練習を続けないといけないの、今はアイスクラブの時間だから…
 でも後30分で公共の時間帯になるわ、もしあなたがスケート靴を持っているなら、少しの間なら教えてあげられる」
トゥルーは微笑みます。
「それはいいわね。どうもありがとう」
クリスティンはトゥルーに微笑みリンクを回りに行きました。
 


「すみません、スケート靴を借りたいんですけど」とトゥルーはリンクプロショップに入ると言いました。
カウンターの後ろの少女は雑誌から目を上げました。
少女はスケーティングドレスの上にトラックパンツを履いて
死体安置所でクリスティンが身につけていたのと全く同じのジャケットを着ていました。
彼女の名前の刺繍がタラという事を除いては。
少女はブロンドのハイライトを入れた髪で背が高くほっそりしています。
「ええ、サイズは?」
「7号をお願い」とトゥルーが言いながら少女をちらっと見ました。
「ねえ、あなたも、スケーター?」
タラは頷きます。
「ええ。私、自分のスケートのレッスン料を稼ぐためにここでアルバイトしてるの。
 フィギュアスケートって知られていないけど、高くってまいっちゃう」
トゥルーは笑います。
「ここの女の子達のほとんどがバイトしてるの?」
「私のように普通の家の人だけよ」とタラが少し苦々しく言います。
「クリスティンやバレリーのような娘達は働く必要はないわ」
「彼女達がそこでスケートをしているのを見たわ、すごく良かった」
タラはスケート靴の棚でトゥルーのサイズを捜しながら頷きます。
「その通りよ。でもクリスティンの…おばあちゃんは宝くじに当たったのよ」
「それ本当?」
トゥルーは信じられなくて尋ねました。
タラは訳知り顔で頷きます。
「十年前ぐらいだと思うけど、二、三百万ドル当たったのよ。彼女達は内緒にしておこうとしたようだけどね。
 周りの人達には凄い仕事をして稼いだお金だと思わせたかったのよ。
 でもこの辺の人は秘密を守る事ができなかったようね。
 そしてお姉さんのエリカはクリスティンのコーチになって、それでクリスティンはレッスン料を減額されてるのよ!
 そしてバルの家はお金持ちで、その上甘ったれのビーアッチ(訳注:愚かな女性)よ。
 そして本当に酷いのはまったくクリスティンと同じくらいうまいのよ」
トゥルーは僅かに不意を喰らいました。
「バルに人気がないのは分かるけど、クリスティンはどう?」
「ええ、私達は全員クリスティンが好きよ。彼女はバルのように天狗じゃないもの。
 私達が密かにクリスを応援している理由はそこよ」とタラがトゥルーにスケート靴を手渡して言います。
トゥルーは紐を結ぶために座ります。
「クリスティンとバレリーはお互いライバル同士なの?」
「ええ、凄いライバルよ。彼女達はここで最高の見習いスケーターなの」
「見習い?」トゥルーは尋ねます。
「ああ、それはただのレベルの事よ。予備軍、児童、中学生、見習い、高校、年長。
 見習いはここでは最高のランクの一つよ。
 彼女達はお互い大会、多分国内大会にも通用するぐらいの実力を持ってるわ。
 彼女達は確かにライバル同士よ」
トゥルーはリンクでの噂話を聞けた事に対して彼女に感謝しました。
「フィギュアスケートって見た目よりずっと厳しいのね」
タラは笑います。
「まったくね、でも私の個人的な感情は別として、クリスティンが勝つと思うわ。彼女はいつも安定してるもの。
 それに引き換えバルはミスをした途端に興奮して取り戻す事ができような娘達の一人よ。
 どちらかと言えばサーシャ・コーエンのように、あんまり多くはないだけ。
 クリスティンは十五歳で、バレリーは十七歳。
 十七歳っていえばフィギュアスケートの世界では年がいってるわ。
 彼女のキャリアは恐らくこれ以上あまり長く続かないわね、でもクリスはまだ数年ある」
トゥルーは一瞬の間考えます。
「バレリーは…今までに競争相手を蹴落とそうと何かをしてるって思う?」
タラは眉を上げます。
「それは変な質問ね。まあ、もし彼女に腹立たしい気持ち持っているかどうかって尋ねているんなら、
 それは大いにイエスよ」
タラはトゥルーがクローザーに行こうとしたとき、彼女は辺りを見回して、
「こんな事があったわ、ヨーロッパ大会でバレリーは本当に良くないスケート靴を持ってたの。
 その後、彼女はロッカールームに乱入してスケート靴を投げつけたのよ。
 それからそれまで彼女を見ていた周りにいた娘達は彼女の事をビーアッチって呼ぶようになったの。
 ただ彼女だけがビーアッチって言わなかった。その前に素敵なあだ名があったから」
トゥルーの目は丸くなります。
「うわーっ、それはかなり凄い事ね。トラブルにならなかったの?」
「ううん、その娘は審判員に報告するのを怖がっていたから。
 私がその娘だったらよかったのにと思うわ、
 彼女に知られる前に失格になるようにできたもの」とタラはカウンターの後ろに下がりながら言います。
トゥルーはスケート靴のひもを結び終えたときそれを考えます。
「靴、ありがとう。話ができて楽しかったわ」
「どういたしまして」とタラはトゥルーがプロショップを出るときに言いました。

トゥルーはスケート靴でリンクの外を歩きながら携帯電話を出して死体安置所に電話します。
デイビスは二回目の呼び出し音で電話に出ました。
「どんな具合だい?もう誰か容疑者が見つかった?」
「ええ、一人。バレリーという名前の少女よ、クリスティンの強力なライバル、
 それに彼女が物凄い短気だって聞いた。
 彼女が犯人に違いないよ、他の皆はクリスティンを尊敬してるし。
 でもまだ分からないわ、つまり、彼女が犯行にいたった何かしらの出来事があるに違いないわ」
「まあ、君は昨日、遺体が夜に運ばれて来たと言ったから、最も可能性の高い時間は夕方まで起こらないだろう。
 少し待つ必要があるな。ジャックは何か仕掛けて来たかい?」
「まだよ、運良くね。でもジャックも彼女を知ってるんだから、一番出てきて欲しくないときに現われると思う。
 とにかく、もう行かなきゃ、クリスティンと一緒にスケートの練習をする事になったの」とトゥルーは皮肉っぽく言います。
「ほお、それは楽しみだ。慎重に行動するんだ」デイビスはスケートの事について話していないのは明確でした。
「いつもそうしてるよ」トゥルーはリンクを目指して進みながら答えました。
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トゥルーは滑って転ぶのを防ぐためにボードにしがみ付いて用心深く氷の上に出ました。
クリスティンは微笑しながらスケートをしています。
「注意して」トゥルーは慎重に自力で滑ろうと動きました。
「これは見ているよりそうとう難しいわね」
「そうよ。
 バランスをとるためには腕を伸ばすの、それがコツよ」とクリスティンが後ろ向きに滑りながらトゥルーにアドバイスをします。
トゥルーは立ち上がりながら質問をしようとしました。
「それで、あなたはこのスポーツが好きなの?つまり、多くの時間をスケートに注いでるんでしょ?」
クリスティンは弱気に肩をすくめます。
「よくわからない。でも好きよ。物心ついた時にはもうスケートをしてたわ。これは家の伝統なの。
 エリカ姉さんもスケートをしてたし、今は私のコーチよ、おばあちゃんは…でも好きだわ」とクリティンが言います。
「失礼だけど、あなたのおばあちゃは少し…頑固よね」トゥルーは言いながら氷の上にうまく立ちました。
クリスティンは少し頭を振ります。
「慣れてるわ。おばあちゃんはただ私が成功する事を望ぞんでるの。」
彼女は一瞬を中断します。
「あなたはなぜ私の私生活についてそれほど知りたいの?」
トゥルーは静止します。
「いいえ、あたしはただスポーツに興味があって、あなたは才能があるし…。もしあなたの感情を害したなら謝るわ」
「違うわ、そうじゃないでしょ。少し気味が悪いわ、この話はこれで終わりよ」とクリスティンが言います。
二人のどちらかが再び口を開く前にエリカはリンクに降りてきました。
「クリス 、あなた何をしてるの?」とエリカは少し苛立って尋ねます。
「私はただ、トゥルーにスケートの練習を手伝ってたの」とクリスティンが静かに言います。
「じゃ、来て。練習よ、もしおばあちゃん大会の前にサボってるのを見たら殺されちゃうわよ」
クリスティンは残念そうにトゥルーを見ます。
「ごめんなさい、そういうわけなの。あなたに会えてよかったわ」
「こちらこそ、ありがとう」トゥルーはスケートをし続けます。
バレリーが再び顔をしかめながらリンクに再び入るのをトゥルーは見ました。
プロショップのタラがバレリーを教えていた男性と一緒にリンクに入ってくる間、バレリーはボードに手足を伸ばし始めます。
「彼女達は同じコーチなのね」とトゥルーは静かにつぶやきました。
トゥルーは決断すると素早くボードを伝ってバレリーに接近しました。
「こんにちは。あなた、すごくいいスケーターじゃない、さっきあなたの演技を見てたわ」
バレリーは蚊やハエを見るようにトゥルーを一瞥します。
「私、あなたの事知ってたかしら?」とバレリーがうんざりするほど甘い声で言います。
「ううん、私はただのスポーツのファンよ」
トゥルーは深呼吸をして可能性にかける事に決めます。
「ねえ、あたしはクリスティンの友人で、あなた達二人がライバル同士だって事も知ってるわ。
 来週末がちょうど大会だって事もね、それに応援する娘がトップに出て来るだろうと確信してる。
 あなたは何の心配もしなくてもいいのよ」
バレリーは疑い深くトゥルーを凝視します。
「クリスティンに決まってるわ。ねえ、話がそれだけなら、私、練習したいんだけどいいかしら」
バレリーは苛々しながらトゥルーの前から離れてスケートをしはじめました。


「まったく、足がもうクタクタよ、今晩は死んじゃってるかも」
トゥルーはプロショップの中に入ってスケート靴をカウンターの上に置きます。
トゥルーはそこに立っている人物を見上げ不意を打たれました。
「ジャック。どうして」
「おや、こんにちは、トゥルー。調子はどうだい?」とのいつもの生意気な調子で尋ねます。
「あんた、ここに入る許可をもらってるの?」
トゥルーは足をマッサージをするために座りながら聞きました。
「痛っ、本当に辛いなあ。あのね、あたしはあんたがいくら悪知恵を働かせ妨害したってこの天職に誇りを持ってる」
トゥルーはジャックを睨みつけて靴の中に足をギュッと押し込みます。
「助けるわよ、ジャック。今日はあんたより二歩リードしてる、このままリードし続ける。今回はあんたの負けよ」
ジャックはカウンターの前で動き回ります。
「トゥルー、トゥルー、君は学習できないのかい。
 君が知っていようがいまいが、俺は常に君より二歩リードしてるんだよ」
「あんたは子犬を蹴ったり、小さい子供達が道路で遊ぶのを奨励してるんじゃないの?」
トゥルーは怒りながらプロショップから後方のリンクへ向かいます。
「トゥルー、俺が悪いんじゃない。俺はただ運命がそのコースを辿るのを見届けたいんだ」
トゥルーは廊下の真ん中で止まりました。
「なんなの。道に迷ったのかしら、このスケート場は迷路みたいね」
トゥルーが向きを変えるとまっすぐにジャックにぶつかりました。
「いいかげんにして、ジャック。リンクに行かせてよ!」
ジャックが話をし始めようとした時、トゥルーは右側のドアから声が聞こえて来たのでジャックにシッと言いました。
トゥルーはドアに近づくために踏み出しました。そこには『ロッカールーム # 3』と表示されています。
「バレリー、彼女を侮辱してはいけない!」とバレリーとタラ二人のコーチがロシア訛りの大声で言っています。
「ユーリ、私達には選択がないのよ!この話は何度も説明したはずよ!」バレリーは叫び返します。
「大会の前にどんな侮辱を私にしたのか、クリスティンに話をする必要があるわ!」
「そんな事できないって言ってるじゃないか!あまりにも危険だ」とコーチが反撃します。
ジャックはトゥルーの腕を掴んで彼らが来た方向に彼女を無理矢理引っぱって行きます。
「トゥルー、君は両親に他人の会話を盗み聞きするのは無礼だと教わらなかったのかい?」
トゥルーはジャックの腕を振りほどきます。
「何よ、ジャック。大事なとこだったのに!」
「トゥルー、君は殺人を妨ごうとして走り回っている。
 恐らく悲惨なザンボニ(リンクを整地する機械)の事故でクリスティンが死ぬんだ」とジャックは冷たく言います。
「もう、いいかげんにして、あたし達はお互いバレリーがクリスティンに何かをした事を知ってるはずよ。
 それにもしそういう事ならあたしはそれを止めるわ」
トゥルーは踵を返し荒れます、そしてジャックに後姿を見つめられながら。


「それってまじかい、信じらんねえよ、姉さん!アイススケーターだって!
 短いスカートをはいて体にフィットした服を着た娘達と一緒に丸一日過ごして、
 俺達と一緒に行けないなんてさ」ハリソンは疑い深く尋ねます。
トゥルーはリンクの外に立って携帯電話で話をしていると顔に当たっている冷たい風のせいで笑う事もできません。
「ゴメン、でも手がかりは掴んだわ。
 でもまだ事件は起こってないの、殺人未遂がまもなく起きると思うんだけど、でも夕食にまでには行くつもり」
「それは大丈夫、俺が姉さんの代わりにエイブリーとジェンセンをもてなしておくからさ」
「ありがと」
「でさ、姉さん?次にもし若い女の子の運動選手を助けなきゃならないときは、俺に任せてくれよ」
トゥルーはにっこり笑います。
「考えとくわ、じゃあね」
トゥルーは電話を切ると腕時計をちらっと見ます。午後四時。
デイビスによれば最も可能性がある時間帯は午後遅くだと言っていました。
「中に戻るべきね」とトゥルーは大きいガラス戸を押し開きながら言いました。
トゥルーはバレリーとコーチの会話をふと耳にした時から今までの間ジャックに会っていませんでした。
そしてそれはトゥルーにとって一番都合がいい時にジャックが妨害しに現われる事を知っていました。
トゥルーはリンク内を調べに再び場内に入ります。
コーナーではバレリーが組み合わせのスピン練習をしているのを見つけましたがバレリーはまだ激怒しているように見えました。
ユーリはタラと一緒に練習していましたがトゥルーはユーリがバレリーに視線を向けた事に気付きます。
一方クリスティンはボードの傍でエリカと話をしています。
クリスティンは氷の真中に行きそして優美なポーズをとります。
音楽がリンクを満たします。
クリスティンの滑らかなオープニングのステップが始まります。
彼女は二回転ジャンプの連続コンビネーションをしてスムーズに着地します。
回転に入ると音楽は遅い静かなテンポになりました。
頭の上に伸ばした腕を首の後ろ側に反らします。
そしてリンクの端の方まで後ろ向きのクロスオーバー行ないスパイラルをして前に向き直ります。
クリスティンが簡単に連続ダブルジャンプを成功させるとトゥルーは見とれてしまいました。
音楽が再びアップテンポになると、彼女は軽快な円形のフットワークを始めます。
ターン、ブラケット、トゥワイゼル、ホップ、サイド、ターン、ターン…
「ちょっと待って」とトゥルーは強いデジャブーを感じて突然言います。
「このステップって…」
トゥルーの心はほんの数時間前にフラッシュバックしました。
トゥルーがバレリーを見ていた時も全く同じフットワークの連続を行なっていました。
「同じ振り付けだわ」トゥルーは大声で言います。
クリスティンがダブルアクセルを成功させた時、
彼女の祖母がガラスで囲まれた部屋の中から不愉快そうに拍手するのをトゥルーはかろうじて注目しました。
音楽が停止するとクリスティンは満足しているように見えました。
「そうよ、バレリーはクリスティンの振付けを盗んだんだわ」トゥルーは静かに呟きました。
「これって…意外、バレリーは何故そんな事のために彼女を殺すの?
 それにバレリーの”あまりにも危険”だとは何を意味したの?」
トゥルーは考えを纏めようとクリスティンが氷の上にいるのを見上げます。
クリスティンは暖かそうな黒いジャケットをまといました。
そしてそれと全く同じものを死体安置所で身に着けていました。
ユーリがぶっきら棒にバレリーに頷くのをトゥルーは見ました。
そして一瞬の躊躇いの後に数秒遅れてクリスティンの後を追うように彼女も退場します。
トゥルーは安全な距離をおいて後を追いかけます。
彼女達はプロショップを過ぎて廊下に向かっていくと先ほどバレリー達の会話を聞いた場所に出ました。
トゥルーが廊下に行こうとした時、誰かの手がトゥルーの口を押さえ後ろへと引っ張りました。
トゥルーは襲った者を振り解きリンクのひと気がない隅の方にあるスナックの販売機の近くに逃げました。
トゥルーは誰が自分を襲ったのか見るために振り返ります。
「ジャック!あんたなんて事するの、行かせてよ!」トゥルーは離れようとするがジャックはそこに彼女を引き留めようとします。
「すまないトゥルー、俺は君を行かせるわけにはいかないんだ」とジャックは穏やかに言います。
「あたしもあんたように、自分の仕事をしてるだけよ」とトゥルーはジャックにきつく言います。
「それにこれは遊びじゃないのよ」
「君がジェンセンの死を妨いだとき、君は規定どおりに仕事をしなかったじゃないか」
「そして、あんたがルークを殺したとき、あんたも規定どおりに仕事をしなかった」
ジャックはロッカールームに戻る道を塞ぐ形で、トゥルーは冷たくジャックを見つめながらそこに立っています。
「じゃあ、それでおあいこだ」とジャックが言います。
トゥルーはそこを突破しようとジャックの脇に回り込みます。
ジャックはトゥルーを捕まえますがトゥルーはジャックの向こう脛を踵で蹴りました。
トゥルーは一瞬のチャンスを逃さずジャックの背後にあるロッカールームの方向に走りました。
トゥルーは廊下を走りジャックが追いつくのと同時にロッカールームのドアを後ろ手に閉めました。
トゥルーは背中でドアを押さえていましたがクリーニングカートを見つけるとそれをドア押さえに押し付けました。
安心したトゥルーは二人のライバルを捜してホールを駆け降ります。
すると再びボソボソした声が『ロッカールーム # 3』の中から聞こえてくるのを見つけました。
トゥルーはドアの取っ手を少し開いて部屋の中を覗きます。
クリスティンとバレリーは一メートルぐらい離れお互いに向かい合って立っていました。
「そうはいかないわよ、バル。 私達はもう理解してると思ってたわ」とクリスティンが怒って言います。
「クリスティン、ユーリはあなたが今日フットワークをしているのを見たの。
 そして彼は私のために来週までにあなたのプログラムからそのフットワークを外させないといけないと言ったのよ。
 同じクラブの同じグループの二人の娘達が同じフットワークをするという事がどういう事か知ってるはずよ!」
「まず第一に、振り付けを考えたのは私じゃなくておばあちゃんよ、
 初めっからあなたの振付けだって分かってたらすぐプログラムに入れるのを止めたわ!
 でもまだあなたがこの事が理解してるとは思えないわ!あなたは私におべっかを使ってればいいのよ」
トゥルーは混乱で眉をひそめます。
クリスティンがバレリーのフットワークを盗んでいた?
バレリーのコーチが発見してもバレリーが思い切って話すのを止めさせるために、
何故かクリスティンはバレリーの頭を押さえつけようとしている?
「クリスティン、私達二人は違ったタイプよ。
 あなたは私より優れてるわ、その事はお互い分かってるはず。
 だからあなたのフットワークを他のに変えて欲しいのよ」とバレリーが主張します。
クリスティンは頭を振ります。
「バル、合衆国フィギュアスケート界であなたをトラブルに陥れる事がどれぐらい簡単な事か分かるかしら?
 バル、あなたは未成年者、そしてユーリはあなたのコーチ!間違いをしはいけないわ!」
「私が私生活で何をしてるかはあなたとは無関係でしょ、
 私達がキスしているのを見たって言ったら巻き込まれるのはあなたの方よ!」
バレリーの声に怒りが増し始めます。
「競争相手の一人が規則と法律を破るのを見たなら、それが私の役目よ」
「私は彼と寝てなんかいないわ!ただのキスだけよ」とバレリーが非難します。
「今すぐ、お姉さんところに行ってフットワークを変えるように言った方がいいわ、あるいは…」
「あるいは、何?私はあなたなんか怖くないわ」とクリスティンが一歩近づいて言います。
トゥルーはバレリーが数センチ離れたベンチの上に横たわっているスケート靴をチラッと見下ろし、
指がぴくっと動いているのを見ました。
トゥルーは二人ともスケート靴を履いている事に気付きます。
トゥルーの目はスケート靴の下に置いてある口の開いた『タラ』と刺繍されたバッグに移った途端、部屋に飛び込みました。
二人ともショックでトゥルーに振り返り見つめました。
「出てってよ!いつからそこにいたの?」バレリーは不安で尋ねます。
「結構前から。私は二人が何をしようとしたか分かってるわ。それはどちらも罪になる」とトゥルーが言います。
クリスティンは腕を組みます。
「もし見逃してくれるなら、私達だけで解決する事ができるわ」
トゥルーは頭を振ります。
「ええ、バルは間違いなくその事をやめてちょうだい。あなたの行動が手に取るように分かるわ。
 タラのスケートでクリスティンを殺…怪我をさせて、タラのせいにしようとするの?
 こんな事をしようとした動機は何?
 クリスティンの幸運なお金関係からの嫉妬?それとも彼女のスケートの才能?」
バレリーはショックで凝視します。「何…?」
「いいわ、あたしはあなた達を助ける。
 バレリー、あなたは今すぐユーリとの事を終わらせる必要があるわ。
 クリスティンはいい?それは間違いよ、それはあなたの将来をただ傷つけるだけよ。
 クリスティン、あなたはフットワークを変える必要があるわ」
「でも…」とクリスティンが反対します。
「いいえ!でもじゃないの、二つ同時に欲がってはダメ。あなたは来週大会に行って勝つ事を望んでるんでしょ。
 いい、少しぐらい競争相手がいてももっと一生懸命がんばれば、もっと良くなっていくわ。私を信じて」
トゥルーは彼女達を見ます。
「わかったら握手をして、こんなインチキな恐喝まがいの事はこれで終わらせてはどう?」
クリスティンとバレリーは冷たくお互いを見つめます。
最終的にはクリスティンが手を伸ばしバレリーがそれを受け入れました。
バレリーは俯いて、
「私…、ユーリに話をしてくる」バレリーはベンチに座って猛スピードでスケート靴を脱ぎ始めます。
「私は別の雰囲気を探さないと」とクリスティンもスケート靴を脱ぎながら呟きます。
「戻ったらフットワークについてエリカと話すわ」
両方の少女達がスケートを脱ぎ終えると、クリスティンはバッグに置いてロビーに向かって歩き出しました。
バレリーはバッグのジッパーを締め肩にかけるとトゥルーを無視して通り過ぎました。
ジャックが非常に苛立ちながら入って来た時には部屋にはトゥルー一人だけでした。
「クリーニングカートか。君は本当に俺の仕事、運命通り事が運ぶのを阻止するんだな」
トゥルーはジャックの脇を通り廊下の方へ出て行きます。
「救ったわよ、ジャック。これで終しまい、私の勝ちね」
トゥルーは声が届かない場所にくるまで言い続けました。
「それはどうかな」とジャックが警告します。


「うわーっ、振付けが盗まれ、コーチが学生にキスした…
 フィギュアスケートっていうのがそんなにも凄いものだったとは」とデイビスが電話で話しています。
「聞いてよ。デイビス、こらの子達の事を考えてみて、
 彼女達は善と悪の区別ができないほどこのスポーツにがんじがらめになってるわ」
暗くなり始め、トゥルーはスケートリンクの外でベンチに座っています。
「それで、ジャックは現われたかい?」
「ええ。対決したわ。でもちゃんとやったよ」
トゥルーは腕時計をちらっと見て溜息をつきます。
「もう夕食会には間に合わないわ」
「犠牲者は家に帰ったのかい?」
トゥルーは頭を振ります。
「いいえ、まだそこにいると思うけど」
トゥルーは静止します。
「ジャックが出て来きたのも見てないわ…」
「トゥルー、行った方がいい…ジャックは自分の思い通りにするためには何でもやる男だ」
「分かってる。すぐに戻るよ」
トゥルーは後方のスケートリンクの中に動きながら電話を切りました。


「残念だなあ、トゥルーが僕らと一緒に食事ができなくって、
 何が彼女を引き留めたんだろう?」と三人が食事を終えるとジェンセンが言いました。
ハリソンはエブリーに微笑み掛けます。
「まあ、君が姉さんを待っていなかったのはよかったよ」
エブリーは微笑して俯きました。
「ええ、トゥルーはいっつも何かから逃げ回ってるようね…ちょっと気味が悪いわ」
「いや、姉さんは、その、ちょっと忙しないんだ」とハリソンが言います。
ハリソンはジェンセンを先に歩かせて少し躊躇います。
「それで、エブリー、俺達さ、いつかもう一度食事にいかないか…ジェンセン抜きでさ」
エブリーはにっこり笑います。
「いいわね。あなたって本当に面白い人ね、ハリソン」
ハリソンはにっこり笑って何かを言おうとしたとき、エブリーが悲鳴を上げました。
ハリソンは何事かと前方を見ました。
するとジェンセンが縁石の上に座って転落を防ぐように背後に手を伸ばしているのが見えました。
バスが警笛を鳴らして曲がり角へ迫ってきます。
エブリーはジェンセンの側に急いで行きました。
「どうしたの、ジェンセン、大丈夫なの!?
 もう少しでバスに轢かれるとこだったわ!私、もう心臓が止まりそうだった!」
ジェンセンは震え声で立ち上がります。
「僕はどうなったのか分からないんだ、いつ縁石から足を踏み出したのか、そして何もなかった」
エブリーはハリソンに振り返って腕を掴み心配そうに半狂乱で言い放ちしました。
「あのバス、すごくスピードだしてた…もう家に帰ろう」
彼らは慎重に通りを渡りハリソンがすぐ後ろに続きながら、一体何が起きたのかと思いました。


トゥルーはスケート場に急いで戻りリンク内を見回します。
リンク内にほとんどひと気がなくて、氷の上には端の方にたった一人、人影がありました。クリスティンです。
彼女は場内を満たす音楽に合わせてプログラムを滑っていました。
クリスティンは元気そうに見えましたがトゥルーには確信できませんでした。
トゥルーの前に突然人影が踊り出るとトゥルーは後方に飛びのきました。
「ジャック、あんた、今回は何をしたの?」
トゥルーはジャックに、にじり寄って怒って言います。
「俺の仕事さ、トゥルー。君は今までそれを理解していなかったのかい?」
ジャックはトゥルーの邪魔になるように立っています。
「あんたが彼女に何かをした事は分かってる」とトゥルーはジャックの目を凝視して言います。
「一体何をしたの?」
「いいかい、アイススケートは非常に複雑な、そしてデリケートなスポーツだ。
 俺は子供の頃ホッケーをしていたんだ。
 その時の事を今でも覚えてる…切れやすくて、忌々しいものだ」
トゥルーは氷の上にいるクリスティンをちらっと見て眉をひそめます。
「彼女のスケート靴…あんた、彼女のスケート靴に何をしたの?」
トゥルーはジャックのコートポケットから何かが突き出ているのを見つけるとそれをひったくります。
「ハサミ?あんた彼女の紐を切ったのね?」
トゥルーは驚いて頭を振ります。
「あんたって…」
トゥルーはジャックの後ろに回りこんで、
「クリスティン!止まりなさい!」
けれどもクリスティンは聞こえていません。
最後の手段としてトゥルーは氷の上に靴のまま降りて行きました。
クリスティンは彼女自身の世界に没頭していましたがトゥルーに気付き目を丸くしました。
しかしクリスティンはダブルアクセルのアプローチを始めていました。
「その靴はダメよ、持ちこたえないわ」
トゥルーは氷の上を走ろうとしますが激しく滑って転びました。
「あっ」とトゥルーは痛みで叫びます。
クリスティンはトゥルーが氷の上に横たわっているのを見つけるとジャンプを中止し音楽を止めました。
「トゥルー?あなたなの…」
「クリスティン、紐、紐をチェックして」とトゥルーが痛々しいほどズキンズキンしている足首を掴んで言います。
クリスティンは彼女のスケート靴を調べるために屈みました。
「何も見えないけど…ああっ、なんて事なの?」
クリスティンはスケート靴の上の方でほんのちょっと切れ目が入った紐を指で触りました。
クリスティンはトゥルーを見下ろします。
「私は…助かったわ」
トゥルーは頷きます。
「そのようね」
「誰がやったのかしら?」
クリスティンはトゥルーに手を貸しながら尋ねます。
「バレリー?私はフットワークを変えてるわ、…納得したんだもの」
「違う、彼女じゃないわ。こんな事するのはお節介な誰かだと言っておく」
トゥルーはジャックがそれまで立っていた場所に目を向けましたが既にいなくなっていました。
「でもそれは今、重要じゃないわ。重要なのは新しい紐に取り替えて、来週末の準備をする事よ」
トゥルーがボックスに入るのに手を貸しながらクリスティンは少し微笑します。
「大丈夫なの?氷の上に外から飛び込むなんて…かなり無謀よ」
「どうって事ないわ」とトゥルーが暗く言います。


一時間後。
トゥルーは死体安置所にスケート場の応急手当キットで包帯にくるまれた足首と氷嚢を持って足を引きずながら入ります。
トゥルーの携帯電話が鳴ると取り出して応えました。
「もしもし」
「姉さんかい。それでどうだった?守りきれたかい?」ハリソンは言います。
「ええ、ありがたい事にね。でももう少しで…ジャックに渡すとこだったよ。
 間に合ったからいいけど、その代わりに素敵な捻挫を記念に手に入れたよ」
「おお、イタッ。ジェンセンが感じた痛みに比べれば…」
トゥルーは血の気を失い止まりました。
「何言ってるの?イェンセンに何が起こったの?」
「何も…でもあれは本当に奇妙だったよ、姉さん。
 俺らは夕食後に歩いていたんだ、俺はエブリーといちゃついていたんだけど、
 そのすぐ後に、時速百マイルも出したバスにジェンセンがぺちゃんこされたんだ」
トゥルーは瞬きします。
彼女は一瞬を言葉に詰まりました。
「ジェンセン…彼は大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だったよ。でもこんな事は一度も見た事がないよ」
不安はトゥルーの目に明らかです。
「ええ…話してくれてありがとう。じゃあ私はもう行くわ。でも後で話をするよ」
「オーケー、じゃあ後で、姉さん 」
トゥルーは考えるために壁に寄りかかって電話を切ります。
ジャックの方が正しかったのか?
ジェンセンを救うのが間違だったのか?
ジャックは対価を支払っていたのか?


「だがあと少しのところだったんだ、もしトゥルーが後十秒遅くそこに着いていたら、
 クリスティンは運命を満たしたはずだ」とジャックが怒って言います。
「次の機会があるわ」とキャリーが携帯電話で話します。
「ところで、君の方はどうだ?」
ジャックは尋ねます。
キャリーは意地悪くにっこり笑います。
「上々よ。デイビスは益々私を信頼してきてるわ」
キャリーが廊下を見下ろすとトゥルーはキャリーの方に片足を引きずって来るのを見つけます。
「誰が来たか当ててみて。私にアイデアがあるわ…それで形勢を戻して。後で説明するわ」
トゥルーが通り過ぎるのとちょうど同じ時にキャリーは電話を切り廊下に足を踏み入れました。
「あら、こんにちは、 トゥルー」
「まあ、キャリー」とトゥルーが気を散らして言います。
「デイビスは近くにいる?」
「ええ、彼のオフィスよ。でもトゥルー、あなたにちょうど話があるの、あなたが何をしてるか驚いたわ。
 それで私もあなたが手助けが必要なら、私もいるって事を知っていて欲しいの」
トゥルーは彼女を凝視します。
「何の事について話をしてるの?」
「知ってるでしょ、トゥルー。非常に素晴らしい事よ。
 私にあなたとデイビスがあなたの秘密を託した事は…。後悔させないわ」
トゥルーは信じられなくて傍観しました。
「デイビス…彼があなたに話したの?私が何をしてるのか」
キャリーは関心を装います。
「何?あなたは知らなかったの?」
キャリーの目は丸くなりました。
「まあ、それはごめんなさい…。デイビスとあなたは話し合って決めたんだと思ったわ!
 うわーっ、少し口を慎まなければいけないわね」とキャリーはクスクス笑いながら言います。
「でも、いつでもあなたを手助けをするわよ、私が必要な時は言ってね」
キャリーは向きを変えハイヒールを鳴らしながら廊下を出て階段を降りて行きました。
トゥルーはまだ氷のうを手に持って壁に寄りかかっています。
ちょうどその時デイビスがオフィスから出てきました。
「トゥルー!そこにいたのか。で、どうなったんだい?」
トゥルーは裏切りと疑惑の色が濃い目でデイビスの目を凝視しました。
「デイビス、信じられない。私達この問題についてはさんざん話し合ったじゃない。
 あなたにまだキャリーに話す事はできないと言ったでしょ。なのに何で彼女に話したの!私に断りもなく」
デイビスは茫然としています。
「トゥルー…君に言おうと思った、君に打ち明けようとは思ったんだが、僕が…僕が間違っていた。
 しかしキャリーは信頼できる、約束するよ」
「今までもこの話を秘密にしようと考えていた?」
トゥルーは怒って言います。
「私がここに来たとき、あなたを信頼した。
 私はあなたに私の召命、私のすべての秘密を託した!
 それなのに魅力的なブルネットの彼女が来た途端、同じ事を繰り返して言ってるじゃない」
デイビスは苦虫を噛み潰したような顔になりました。
「トゥルー…」
「いいえ、あなたに何が分かるの?
 私はただ命を救おうとして、私の仕事をしようとして丸一日を過ごしていたの。
 私が何をしてたと思ってるの?分かる?私は自力でほとんど完全にやった。
 だからもう多分あなたの手助けを必要としないわ。
 今なら自分が何をすべきか分かってる、ジャックをやり込める事ができる。
 もし私が手助けを必要とするなら弟に連絡する。あの子の方が信頼できる唯一の人間に思えるわ」
トゥルーは視線を外し振り返らず片足を引きずりながら廊下を去っていきました。
一方デイビスは目に後悔の色を浮べトゥルーが去るのを見つめていました。

終わり

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