放送年月日1991/08/23 キー局 フジテレビ(CX系)
番組名:金曜ドラマシアター
タイトル:NASA 未来から落ちてきた男
演出:小椋 久雄  脚本:鎌田 敏夫  
出演:三上 博史、中井 貴一、田中 好子、地井 武男、古尾谷 雅人、
    阿藤 海、益岡 徹、せんだみつお、ガッツ石松、高杉 亘、他

テレビでやっていたSFドラマ「NASA 未来から落ちてきた男」を小説風に書き起こしてみました。
本当は著作権の問題でやってはいけないのでしょうけれど・・・
ビデオを見ながら書いていたのでストーリーは忠実に守っていますが、
心理描写等は私見で書いていますのでご容赦下さい。
また会話の中に英文が出てきますが聞き取れる言葉はそのまま記載していますが、
聞き取れなかった言葉は日本語訳をそのまま英文に置き換えてある事をご容赦下さい。

2008/06/06更新
04.09.04にアップして以来、更新するとは思いませんでしたが
販売用ビデオを見ることができたので多少の手直し(カットシーンなど青文字で)とキャプチャ画像をおいておきます。


1991年ジョージア州・アトランタ。
背後には森、手前には川が流れるのどかな一本道を一台の黒塗りリムジンが走ってくる。
こんな風景には似つかわしくないリムジンが森に囲まれた住宅街に入るとリムジンは停車をした。
後部座席には80歳ぐらいになろうかと思われる老人が一人座っていた。
東洋系の風貌で頭頂部は禿げ、残った髪も白髪になってはいたが、
身なりも風貌もリムジンに乗るにふさわしい老人だった。
老人はステッキを取り上げ窓の外を眺めると、
「It is here.(ここだ)」と呟いた。
運転席から運転手が降りると後部座席のドアを開けた。

老人はステッキを車外の道路に突きながらゆっくりと車外に降り立つと、
目の前にある一軒の屋敷を懐かしそうな目で眺めている。

中二階の屋敷ではあるがかなり広く、
屋敷から道路までの距離は十五メートルばかり離れていて、
その間は芝生に覆われた庭になっている。
庭の中ほどに高さ五・六メートルほどの木が植わっていて木陰を作っていた。
しばらくすると老人は目の前の屋敷へとステッキをたよりに歩いていく。
途中に植わっている木の木陰まで来ると更にもっとよく見ようと屋敷の周りを見渡した。
屋敷の前には子供の遊び道具、乗用玩具や子供イスが放置されていた。
それらを眺めていると老人の視界には入っていなかった左側の方から子供の声がした。
「Who are you?(だあれ?)」
視線を声のした方に向けると東洋系の顔立ちをした、
五歳ぐらいの少女がこちらへ近づいてきていた。

少女を見た老人は驚きと懐かしさが入り混じった表情へと変わり、
少女から視線をはずしうつむいた。
少女は続けて話しかけてきた。
「Are you come to my house? (うちにきたの?)」
老人は一瞬戸惑った表情をしたが、少女の質問に答えた。
「Yes,I lived in this house a long time ago. (ああ、昔この家に住んでいたことがあるんだよ)」
答え終わると同時に犬の鳴き声が屋敷の方からした。
振り向くと屋敷の方から一匹の犬がこちらに向かって駆けてきていた。
犬は少女ではなく老人の方に駆け寄り尻尾を振ってなついてきた。
老人は膝を折り、犬を撫でながら言った。
「Hey,Misty .(ヘイ、ミスティ)」
「Do you know Misty? (ミスティをしってるの?)」
少女は自分の飼っている犬の名前を呼んだ老人に驚いた声で聞いた。
老人は「しまった」という表情になり犬から手を離し立ち上がった。
更に少女は質問を投げかけてくる。
「Are you a Japanese?(日本人?)」
「Y、Yes.(そ、そう)」老人が仕方なさそうに答える。
すると今度は嬉しそうに少女が言った。
「わたし、日本語できるのよ。パパも日本人だったから」と日本語で話し出した。
「お家に入る?ママもすぐ帰ってくるから」
老人は少し迷ったが少女の後について屋敷へと歩みを進めた。
少女がドアを開け中に入るように促すと、
老人は先ほど庭先で見せた懐かしむ表情で屋敷の中を見渡した。
中に入っていくと広い二十帖ぐらいのリビングがあり奥の方にマントルピースがあった。
マントルピースの上にはスペースシャトルの模型や写真が飾ってあり、
写真にはスペースシャトルの他にその乗組員であるらしい白人、黒人、東洋人の三人が写っていた。
他の写真には先の東洋系の顔立ちをした若者の軍服姿の額があった。
この屋敷の主はスペースシャトルのパイロットなのである。
他に家族三人と犬が写っている写真立てが飾られていた。
老人はマントルピースに近づき、家族が写っている写真立てを手に取りじっと見つめていると、
少女がそれに気づき話し出した。

「パパは宇宙で死んじゃったの」
その言葉を聞いた老人は写真立てから目を離し少女を見つめた。
もう一度写真立てに写る家族を見て顔を上げると老人は何かを思い起こすような遠い目をした。

二ヶ月前。
この屋敷の二階の部屋から一人の女性がカセットテープを片手に部屋を出てきた。
金髪の美しいこの女性は嬉しそうな足取りで階段を下りてくる。
一階まで降りた時、手に着けていた金のブレスレッドの鎖が切れ床に落ちてしまった。
彼女はブレスレッドを拾い上げると、
先ほどの嬉しそうな表情から一転して不安に満ちた表情へと変わった。

リビングに目を向けると彼女の夫がテーブルに着き新聞を広げコーヒーを飲んでいた。
彼女の名前はスーザン・ウエノ。
名前からわかる通りスーザンは日系人の夫、ウエノ・ノブオと結婚していた。
ノブオは両親ともに日本人で日系2世のアメリカ人が、
その両親もノブオが幼い頃に亡くなっていたため、
幼い頃は孤児だという事や日系人だという理由ででイジメにあいもした。
しかしノブオはアメリカ人女性のスーザンと恋に落ち、
今ではアイラという五歳になる娘もいて幸せな家庭を築いている。
そしてノブオはNASAに勤務するスペースシャトルのパイロットになっていた。
スーザンは気を取り直し努めて平静を装いリビングに入った。
「ハイ、ハニー」
スーザンはノブオに向かって挨拶する。
「ハイ」ノブオもスーザンに挨拶を返した。
スーザンがノブオの頬に軽くキスをしてノブオの隣に座ると先ほどのカセットテープを手渡した。
「あなたの好きな曲よ、シャトルの中で聞いて」
テープを受け取ったノブオは嬉しそうにテープを見た。
「ああ、ありがとう」

スーザンは先ほど切れてしまったブレスレッドをすまなそうにノブオに差し出した。
「切れちゃった」
ノブオはブレスレッドを受け取り切れてしまった箇所を見ている。
「結婚したときに、あなたが買ってくれたのよ」
「ああ」
「こんな時に」
スーザンは先ほどの不安に満ちた表情へと変わっていた。
ノブオはスーザンの肩を抱き寄せると優しく言った。
「帰ってきたら、新しいのを買ってあげるよ」 
すると背後で犬のミスティと遊んでいたアイラがノブオに尋ねた。
「パパ、お月様に行くの?」
ノブオは振り返りアイラに答えた。
「違うよ、パパはお月様には行かないよ。宇宙でお仕事して、また帰って来るんだよ」
「パパは明日から基地で訓練よ。しばらく会えなくなるわ」
スーザンが付け加えた。
アイラはミスティに向かって話しかけた。
「ロケットに乗るなんて楽しそうね、ミスティ」
そう言いながら手に持っていたスペースシャトルの模型を高々と上に持ち上げた。

NASA、スペースシャトル打ち上げ場。
スペースシャトル・フロンティアは発射準備の体制に入っていた。
シャトル内では三人のクルーが準備を進めていた。
今回のミッションは人工衛星を静止軌道上へ配置するという、
比較的簡単なミッションであったが危険を伴うことには変わりはない。
ウエノ・ノブオ、白人のライアン、黒人のニールこの三人がこのミッションのクルーだ。
機長はウエノ・ノブオだ。
「ニール、今朝のニュース聞いたか?」ライアンがニールに言った。
「いいや」ニールが答えた。
「ドラゴンズを日本企業が買収するそうだ」ライアンが続けた。
「日本製のメジャーリーグか」ニールが皮肉を言った。
「アメリカ中がジャパンメイドだ」ライアンが付け加えた。
「日本製はいい、故障が少なくてコンパクトだ」
ニールが機長のノブオに向かって言った。
「俺のことか?」
三人とも人種、肌の色こそ違うがそれを超えてお互いに信頼しあっていた。
そうこうしているうちにも着実に発射時刻は近づいてくる。
「準備はいいか?」ノブオがみんなに確認をする。
「イエス、キャプテン」
二人のクルーはノブオに返事を返す。
「Good lack(グッド・ラック)」
NASA管制室ではすでに秒読みに入っていた。
「・・・・3・2・1・0 Ignition Start .(イグニッション・スタート)」
スペースシャトル・フロンティアは発射台を離れ上空へと舞い上がっていく。

宇宙空間に出たフロンティアは地球の周回軌道を航行していた。
すでにフロンティアの格納庫の扉は開いておりニールが船外活動を始めている。
管制室はその状況をモニタしながら作業の進行状況を確認している最中だ。
管制室にはクルーたちの家族が集まってきていた。
これが無事に終わればミッションは終了しクルーたちも再突入準備まで時間が空く。
その空いた時間に家族達とクルーは交信を許されるからだ。
ノブオから二ールに指示が出る。
「ニール、どうした?時間がないぞ」
「カバーが外れないんだ!クソッ!」ニールがアセって答える。
「シュミレーションを思い出せ。いいか」ノブオは落ち着かせようと穏やかに言う。
「ヒューストンのプールではうまくいったろ」
「ここはプールと違って底がないんでね」ニールが答える。
「おっ、待て、外れた!外れた!」
ニールは外したカバーを取り除いた。
船内で状況を見ていたノブオたちに安堵の表情が広がる。
「よくやった、切り離しの秒読み開始だ」
ノブオが次の指示を出す。
「OK、切り離し10秒前。5・4・3・2・1 Go!」
フロンティアの格納庫より切り離された人工衛星が回転しながら射出された。
「衛星EPQ、切り離し完了」
ノブオが完了の通知をすると管制室は拍手で湧きかえった。
「どうだった、ショータイムは?」ライアンが管制室に向けて聞いた。
「文句なしの上出来だ。ご家族も大喜びだよ」管制局長が応えた。
「スーザン」
家族が来ている事を聞いたノブオはスーザンに向けて呼びかけた。
「スーザン?聞こえるかい?」
管制官がスーザンの前にマイクを持ってくると交信のスイッチを入れた。
「聞こえてるわ」
「君がくれたテープ、聞いてくれ。宇宙からの音楽だ」
そう言いながらノブオはカセットプレーヤーの再生ボタンを押した。
管制室に流れてきたのは出発前にスーザンがノブオに渡したカセットテープ、
"オーバー・ザ・レインボー"の曲だった。
管制室もフロンティア内も緊張したミッションを終えた後の充実感と安堵感で満たされていた。
ニールもフロンティア内に戻ってきてコックピット内に着いていた。
全員が曲に聞き入っていたその時突然、フロンティア内に警告音が鳴り響いた。
クルーたちに緊張の色が走る
「どうした?」ノブオがライアンに確認をする。
「警報1202、コンピューターがオーバーロードしている!」
「異常事態だ!」
ノブオは管制室に異常事態の発生を伝える。
「フロンティア、詳しい状況を伝えろ!」
管制室が異様な雰囲気に包まれた。
「警報1202が出ている」ノブオが状況を伝える。
警告表示板に目をやると新たな警告が表示されている。
「電圧が上昇!」
「メインをカットしろ」官制局長が指示を出す。
「了解、サブに切り替えた」
ノブオはライアンに状況を確認する。
「変化は?」
「だめだ!下がらない!」ライアンが応える。
管制室は緊急事態の体制に入り慌しくなってきた。
スーザンたちクルーの家族も大変な事が起こったと心配そうに状況を見守っている。
「ニール、燃料電池圧は?」
他の管制官がニールへ確認を急ぐ。
「酸素圧、窒素圧ともに正常・・・」ニールが応える。
「軌道がずれている。大気圏に突入するぞ!」
管制室のフロンティアの軌道を表示しているモニタにはそう表示されていた。
「機首が下がっている?なぜだ?」
ノブオはコックピット内の表示板で確認をした。
「コンピュータを全て切れ!」
「了解、手動に切り替える!」
ノブオは管制室からの指示通りフロンティアの制御を自動から手動へと切り替えたが、
フロンティアは何かに吸い寄せられるように操縦が思うようにならない。
「すごい磁力だ!強力な磁場に引き寄せられている!」ノブオが状況を伝える。
「フレアの影響か?」ライアンが問いかける。
「いや、太陽じゃない」ニールが応える。
「OMSを噴射、軌道を修正しろ!」ノブオが指示を出す。
刻々とフロンティは成層圏に引き寄せられていく。
このまま行けば進入角度が深すぎて大気圏内で燃え尽きてしまう可能性がある。
「コントロールがきかない」ノブオが叫ぶ。
「フロンティア、どうした!?」
管制室は状況を掴めていないようだ。
「システム・テスト01、1.7にアップ」ライアンが調整を続ける。
「クソッ!どういうことだ!?」
思うようにならないフロンティアのスティックを上に引き上げながらノブオが叫ぶ。
「フロンティア、このままでは大気圏に突入する!」
もうクルーたちには管制室からの指示を聞いている余裕すらなくなっていた。
「フロンティア、どこへ行くんだ!フロンティア!どうした、応答せよ!」
「だめだ!突入する!」
歯を食いしばり、硬く目を閉じ、思うにならないスティックを引き上げ続けたノブオは、
目を開けコックピットから見える窓の外を見た。
目の前に広がる光景は幾度となく目にした再突入の様相ではなかった。
奇妙な光が渦巻く光景が広がっていた。
フロンティアはその光の渦に吸い込まれるように突進していく。

管制室のモニタはフロンティアの存在を見失った。
「シャトルが、消えた・・・」官制室局長が呆然と呟いた。
官制室内にいた全員が凍りついたようになってしまった。
スーザンたち家族も自分達の目を耳を疑った。

見渡す限りの砂の大地にスペースシャトル・フロンティアが不時着をしていた。
上空には奇妙な光の渦があったが次第に小さくなり始めていた。
シャトルは頭を砂の中に埋め黒煙を上げていたが爆発は避けられたようだった
しかしもう再び大空に舞い上がる事は不可能なほど破壊されていた。
シャトルの搭乗部のハッチが開き中から三人のクルーが降りてきた。
管制室が見失ったスペースシャトル・フロンティアのクルーたちだった。
ノブオがライアンを抱えながらシャトルから離れる。ニールもノブオたちの後に続いた。
ライアンは足を負傷していたが命に別状はないようだ。

シャトルを離れ小高くなった砂の山に立ち辺りを見回すノブオたちだが見覚えのない風景だった。
「Where are we? (ここはどこだ?)」ノブオが呟いた。
しばらく辺りを見回していたが辺りには砂以外何もなく砂漠のような場所だった。
正確に言えば空気が僅かに湿り気を帯び潮の香りがするので砂浜なのだろう。
官制室か軍に連絡をしようとシャトルに戻った。
ライアンの足の怪我を応急治療するためノブオは医療セットを取り出してシャトルの外に戻った。
ノブオがライアンの治療をしていると、ニールはジュラルミン製のアタッシュケースを持って出てきた。
「Neal.Was communication with control?(ニール、官制塔との連絡は?)」ノブオが訊ねた。
「I tray,no response. (だめだ、応答がない)」
ニールはアタッシュケースを開けながら応えている。
「Two-way radio?(無線は?)」
「Failure. (故障だ)」
ニールはアタッシュケースから拳銃を取り出しながら言った。
その拳銃を持ってノブオたちのそばから離れると、ニールは上空に向かって拳銃を撃った。
上空は奇妙な光の渦もなくなり青空が広がっていた。
その青空に白く光る煙が広がった。拳銃ではなく照明弾だったのだ。
撃ち終えたニールがみんなの方に振り返ると目の隅の方に人影を感じた。
人影を感じた方に向くと砂の大地の彼方に人影を見つけた。
ニールは信夫たちを呼ぶとノブオたちはニールのそばに駆け寄ってきた。
ニールが指で示す方向を見ると少年がこちらを不信そうに見つめていた。
「Oh,Kid.(子供だ)」とノブオが呟く。
こちらの様子に気づいた少年はきびすを返すと反対の方向へ走り去ってしまった。
ノブオたち三人は少年を追いかけ少年のいた小高い砂山に向かった。
すると砂山の向こう側から大勢の人影が横一列になって現れた。
ノブオたちは立ち止まってその人影を見ると全員カーキー色をした軍服を纏っていた。
中央にはその隊の指揮官らしき人物が馬に載ってこちらを見ている。
「It's army! saver(アーミーだ!助かった)」
ライアンは彼らが軍人だと気づき安堵の声をもらしたが、ノブオは少しおかしいのに気づいた。
「Weit!(待て)!」
彼らは全員ノブオたちに向かって銃を向けている。
救助が目的だというのであれば、彼らがノブオたちに銃を向けるはずはない。
「構え!」指揮官が号令をかけた。
全兵隊が銃をノブオたちに向け構え直した。
指揮官は腰の軍刀を抜き頭上に振りかざし前方へ振り下ろした。
「前へー!」
号令とともに兵隊たちは喚声を上げながらノブオたちに突進してくる。
迫りくる兵隊に異常を感じ後ずさりする三人。
「Escape!(逃げろ!)」ノブオが叫んだ。
後方を向いて走り出そうとすると背後からもノブオたちを取り囲むように兵隊が迫っていた。
逃げ場を失ったノブオたちはただ立ち尽くすばかりで完全に包囲されてしまった。

捕まったノブオたちは小型のボートに載せられどこかに運ばれようとしていた。

ボートの進行方向左斜めの海の中に見覚えのある赤いオブジェが見えてきた。
ノブオはそのオブジェを見て驚いた。
「It is relly where, this plice?(ここはどこなんだ?)」ニールが聞いた。
「japan.(日本だ)」ノブオが応えた。
ノブオはあの海の中にあるオブジェを知っていた。
日本の広島にある宮島の厳島(いつくしま)神社の鳥居なのだ。
「japan?(日本?)」
ライアンが聞き返した時見張りの兵隊がノブオを蹴った。
「話をするな!静かにしろ!」
ノブオは自分の記憶を確かめるように海の中に浮かぶ美しい赤い鳥居を見ていた。

昭和20年8月。
蒸気機関車が煙を上げ走ってくる。
やがて機関車は速度を落とし屋根もないプラットホームに入り停車した。
機関車に乗ろうとする者、降りようとする者で人が大勢集まっていた。
機関車から軍服姿の一人の青年が降りる。
小麦色をした肌は彼が南方の戦線にいたことを物語っていた。
彼の左腕の上腕中ほどにはひっつれたケロイド状の傷痕があった。
腕の内側は三センチぐらいの丸い傷痕で、
外側は広範囲にわたってケロイド状になってることから、
腕の内側から外側に向けて銃の弾が貫通したのだろう。
他の乗客たちは駅から出ようとプラットホームを急いでいたが、
青年は懐かしむかのように駅舎を見渡していた。
突然空襲警報が鳴り響いた。
辺りにいた人々は我先へと防空壕を目指し逃げ惑っていたが、
彼はそんな人々の群れには加わらず一人佇み逃げる人々を見ていた。
すると背後の方から女性の叫ぶ声が聞こえてきた。
「どろぼー!どろぼー!」
青年は声のする方に目をやるとその女性の手荷物を、
この混乱のドサクサにまぎれて引っ手繰ろうとする男がいた。
男は荷物を引っ張っているがそれに負けじとばかり女性も倒れこみ手荷物にしがみついている。
女性の顔を見た青年は驚いた。
実兄、雄一の嫁の由美子だった。
「義姉さん!」
由美子を助けに青年は駆け寄ると男は荷物を離し逃げ去ってしまった。
由美子は近づいてくる青年を見上げた。
青年の顔を見た由美子は手荷物をそこに置いたまま立ち上がり笑みを浮かべた。

「健次郎さん。生きてたの」
青年も笑みを浮かべそしてまじめな顔になり由美子に向かって敬礼をした。


健次郎と由美子は二人連れ添って家路へと歩いている。
その道すがら由美子は健次郎に近況を話して聞かせる。
「・・・呉も広島も、毎日のように空襲があるのよ」
健次郎は由美子の言葉を聞き終わると少し黙りこくっていたが口を開いた。
「兄貴が戦死したことも、親父が死んだことも、台湾に着くまでは何も知らなかった。」
由美子はその言葉を聞くと俯いて黙ってしまった。
「この一年間、南方の島で戦ってきたんです。ひどい戦いだった。
マニラの第四師団に合流した時はホッとしたんだ。
その時突然、広島の第二総軍司令部に転属命令を受けたんです。
命令を受けたものの、内地にたどり着くまで二ヶ月かかった。」
「大変だったのねぇ」由美子が言った。
「でも、残った人間の方がもっと大変な思いをしている。
そんな時にどうして僕だけが内地に呼び戻されたのか、訳がわからないんです」
健次郎は由美子から預かった荷物を肩にかけ直すと、由美子は健次郎の左腕の傷に気づいた。
「それは?」
由美子は傷と健次郎の顔を交互に見ながら聞いた。
「ああ、レーテで敵の弾にあたったんです」
心配顔の由美子をよそに健次郎はたいしたことはないというように言った。
左腕の内側、外側を見せながら説明した。
「ハッ、こっちからこっちに突き抜けた。
運がよかったんですよ、弾が出て行ってくれたのは」
健次郎は心配するなとばかりに笑みを浮かべた。

家に着いた健次郎は庭にある井戸場で体の汗を拭いていた。
縁側に健次郎の着替えの服を持って由美子がやってきた。
「健次郎さん、着替えここに置きます」
「ああ、すいません」
着替え終わった健次郎は奥の仏壇のある部屋に入った。
仏壇の前に座り仏壇の中を覗くと父親の遺影と位牌はあるものの兄・雄一の遺影も位牌もなかった。
いぶかしく思った健次郎は仏壇から目を離すと、
右のほうにある出窓の棚に雄一の遺影、位牌、それに骨箱には赤い縄がかかっているのを見つけた。

それを見た健次郎は愕然となり出窓の方に急ぎ寄った。
健次郎が瞬きもせずに骨箱の赤縄を見つめているところへお茶を持って由美子が入ってきた。
健次郎は由美子の方に振り向き問い詰めるように聞いた。
「兄貴に何があったんです、義姉さん?」
由美子は俯きながら座卓方に歩み寄り座卓の上にお茶を置き座った。
何も言わない由美子に健次郎は骨箱を指差し言った。
「あの赤い縄は、靖国神社に奉られる事を拒否された戦死者に巻かれるものなんです。
不名誉な印。国賊な印なんです。何があったんです兄貴に?」
由美子は重い口を開き話し始めた。
「雄一さんは、北シで前線にいた時に、部隊から逃げ出して銃殺刑になったの」
言葉を聞き驚いた健次郎は再び雄一の骨箱を見た。
「お義父様はそれを恥じて、自決されたの!」
健次郎はただ唖然と由美子の言葉を聞いていた。

健次郎は第二総軍司令部内の総軍司令官の部屋にいた。

「もう一度マニラに戻して下さい。閣下!」
「ならん!」司令官は健次郎の言葉を却下した。
「自分は、兄のような卑怯者ではありません!敵前逃亡するような意気地なしではない!」
健次郎の言葉を聞いているのかいないのか、
司令官はおもむろに立ち上がると机の上にある呼び鈴を掴み鳴らした。
するとドアの向こうから声がした。
「入ります!」
ドアを開けて入ってきた兵は司令官に一礼をすると葉書サイズの紙を数枚司令官に手渡し、
一礼をしドアから出て行った。
司令官はその紙を健次郎に差出すと健次郎は紙を受け取った。
紙だと思ったものは写真だった。
写真を見るとそこには健次郎が、いやこの昭和20年の人間が見たこともない、
巨大な飛行機のような物体が写っていた。
「三日前に笠原の海岸に不時着した、米軍の飛行機だ」
司令官はこの写真が不信とばかりの声で話し出した。
「ロケットで推進するらしいが、正体が不明なんだ」
健次郎は二枚目の写真を見ていた。そこには機体の胴に"NASA United States"と書かれている。
「乗務員が三名、捕虜になっているが、訳の分からない事言って、
呉の憲兵隊でも手を焼いているらしい。」
司令官は一旦言葉を切り健次郎を見つめ言葉を続けた。
「君は、英語ができたな?捕虜を取り調べて、これが何か、
何の目的で日本にやってきたのか、できるだけ速やかに自供させろ」
健次郎は司令官の命令内容に承服しかねるという面持ちで言った。
「こんなことのために、自分をマニラから呼び戻されたんですか、閣下!?」
司令官は健次郎の言葉に一瞬ためらったが諭すように言った。
「橋口中尉、死に急ぐだけが軍人の路じゃないんだよ。
与えられた任務を全うする事が、軍人の務めなんだ。例えそれがどんな任務でもだ」
健次郎は司令官を見つめたまま何も言えずにいた。

健次郎は司令部長から出て階段を降りていくと途中で大尉の襟章を着けた軍人が上ってきた。
すれ違いざまに健次郎は大尉の顔を確認するように見ると、以前世話になった武井であった。
「武井大尉殿」
健次郎が呼び止めると武井は登っていく足を止め階段の途中で振り返った。

健次郎は上官へ敬礼を行い見つめる武井に挨拶をした。
「橋口健次郎です」
しかし武井の言葉は痛烈なものであった。
「逃げて帰ってきたのか、貴様!」
訳が分からない健次郎はポカンとした表情になってしまった。
「ルソンの第八師団は全滅した!」
武井はそう言うと踵を返し階段を上がっていった。
驚く健次郎は武井の後姿を見つめ続けるばかりだった。

健次郎は第二総軍司令部を出たその足で呉に向かった。
最初に向かったのは米軍の飛行機が不時着した場所を視察しに行った。
すでに飛行機の周りには鉄条網が張り巡らされていてその周囲には兵隊が警備をしていた。
軍の調査部はこの飛行機を調査中であったが詳しい事はまだ何も分かっていなかった。
健次郎が近くで飛行機を見上げていると、軍の科学者が説明をし始めた。
「海軍が飛ばそうとしたロケット機・秋水によく似た形をしています。しかしそれよりずっと大きい。」
飛行機の周りを歩きながら健次郎は説明を聞いていた。
「秋水は一人乗りですが、捕虜になった乗員は三名です。
一人は機長、あとの二人は操縦士だと言っております。
全体はアルミで作られていますが、胴体にタイルが張り巡らせてあるんです」
「何のために?」健次郎は聞いた。
「高熱に、耐えるためだと思います。という事は、かなりの高速で飛ぶっていう事です。
B29やグラマンなんかよりもずっと早く」
健次郎は飛行機のボディを直接手で確認していた。
「捕虜になった乗員は、宇宙に行くためのものだと言っているんです」
「宇宙?」
健次郎には理解できずに飛行機を見上げた。
「はい、我々の目を晦ますために、まあ、突拍子もない事を言っているんだと思いますが」
科学者は周りで作業をしている者がいるのを確かめると健次郎に、
「ちょっと、中尉殿」と声をかけ別の場所に移る事を促した。
健次郎はもう一度飛行機を眺めると科学者の後についていった。
作業員から離れた場所に来ると科学者は健次郎に小声で話しかけた。
「アメリカで、新型爆弾の実験があったという噂があります」
「新型爆弾?」健次郎は繰り返した。
「はい、日本でも研究されていたんですが、ウランを原料にする爆弾です。」
科学者はあたりを見回しながら続けた。
「一発でB29二千機分の爆撃に匹敵するという爆弾です」
「何!?」
「実験は成功だったそうです」
健次郎は飛行機に目をやりながら聞き返した。
「それとこれが関係があるのか?」
科学者は首を横に振り答えた。
「分かりません。ただこれは我々が見たこともない飛行物体なんです」
科学者は未知の物への挑戦に挑むかのように飛行機を見つめた。

健次郎は呉地区憲兵隊の取調室にいた。
例の捕虜三人を直接自分で取調べをするためだ。
最初に連れて来られたのはライアンだった。
今が戦時中だと通訳が告げるとライアンは驚き否定をした。
「Japan and United States were warring as long as 50 years!
(日本とアメリカが戦争をしていたのは50年も前のことだ!)」
健次郎はその言葉に驚きを隠せない声を出した。
「五十年前!?」
ライアンは周りにいる憲兵たちを見回した後健次郎に言った。
「What are you doing?(あんたたち、何やってるんだ?)
War Game?(戦争ごっこか?)」
「戦争ごっこ!」健次郎は語気を荒げた。
そばにいた呉上憲兵隊の地井少佐が健次郎に向かって聞いた。
「何て言ってる!」
「はあ、我々が戦争ごっこでもしているのかと言っています」
そう告げると地井少佐は手にしていた木刀を振り上げライアンの目の前の机を思いっきり叩いた。
「ふざけるな!」
その木刀をライアンの肩口に押し付けた。
次に呼ばれたのはニールだった。
ライアンと同様の事を聞かれこう答えた。
「It is the 50-round anniversary of the Pearl Harbor attack this year. 
(今年は真珠湾攻撃の50周年祭さ)
Every year, there is a memorial event.(毎年、記念行事がある。)」
またもやライアンと同様の回答を聞いた。
「真珠湾攻撃から50周年!?」
「Yes,My grandfather had said well, "Don't forget Pearl Harbor."
(そうさ、"パールハーバーを忘れるな"ってね。俺のじい様がよく言ってた)」
ニールが話していると先の上官は今度は両手をテーブルに叩きつけ言った。
「我が軍が真珠湾を攻撃したのは今から四年前だ!」
地井少佐の言葉を通訳が伝えている最中に地井少佐はニールの襟を両手で持ち上げ絞めた。
ニールの目の前に四本指を突きつけ「四年前だ」と怒鳴り椅子に突き飛ばした。
「What's?(何だって?)」
次に連れて来られたのはウエノ・ノブオだった。
取調室の椅子に座らせられると、健次郎が調書を手に前の席に腰掛けた。
健次郎は調書に目を落として前回の取調べを読み直していた。
ノブオは目の前に座った健次郎を見てハッとした。
どこかで見た事があるような気がしていた。
ノブオがじっと健次郎を見つめていると健次郎はその視線に気づき目を上げた。

正面を見た健次郎をなおさらよくノブオは見つめていると、
地井少佐は木刀を片手にノブオに聞いた。
「何だ?」
質問が聞こえていないのかノブオは黙ったまま健次郎を見つめ続けていると、
地井少佐は木刀をノブオの前の机に叩き付けた。
ハッと我に返ったノブオは地井少佐の方に目を移した。
「どうした?」
今度はノブオも質問に答えた。
「どこかで、会った事があるような気がしたものだから」
「橋口中尉にか?」健次郎の方を一瞥して地井少佐が言った。
「ええ」ノブオは頷きながら答えた。
健次郎はノブオを見据えて質問をした。
「日本語をどこで習った?」
「日系の二世だそうです」ノブオではなく隣に控えていた通訳が答えた。
「なんでも、父親も母親も日本人だそうです」
どこかで会ったような気がするというノブオの言葉に健次郎が質問を続ける。
「南方の戦線にいたことがあるのか?」
「南方?」ノブオが聞き返す。
「パラオ、レーテ、ルソン」健次郎は自分のいたことのある南方の地域を上げた。
「そんなところに行った事はない。ただ、どっかで会ったような気がしたので」
ノブオが答え終えると地井少佐は木刀をノブオの胸につきつけ言った。
「おい、なかなか人に取り入るのがうまいな貴様!」
木刀をノブオの胸に刺すように押し付けながら続けて言う。
「スパイの教育でも受けているのか貴様!」
「スパイ!?」
ノブオは胸に突き付けられた木刀を払いながら憤然として言った。
「日本とアメリカの戦争は、すでに終わっているはずだ」
「終わった?」健次郎は呟いた。
「ふざけた事を言うな!」
地井少佐は怒鳴ると同時にノブオを突き飛ばし木刀を机に叩きつける。
ノブオは椅子から転げ落ち地井少佐の方を睨み付けた。
健次郎は座りなおしたノブオの前にスペースシャトルの写真を置き尋ねる。
「これは何だ?」
「シャトル…スペースシャトル」
健次郎はいぶかしげに地井少佐に向き少佐が頷くと更にノブオに聞く。
「何の目的で日本に飛んできたんだ?」
「日本に来るつもりはなかった。
地球の軌道に乗ったところで何かトラブルがあって、気が付いたら日本に落ちてきたんだ」
「軌道?」健次郎は聞きなれない言葉を繰り返した。
ノブオは写真を手にして質問に答える。
「これは、地球の軌道に沿って飛ぶ宇宙船なんだ。」
「宇宙船?」
「宇宙空間に観測機材や実験装置を運ぶ連絡船なんだ。」
健次郎は理解しがたくノブオを見つめていた。
地井少佐はその会話にあきれため息をついた。


ノブオ達三人は捕虜収容所の第五号房に入れられていた。
扉の鉄格子越に見える看板には「鬼畜米英」と書かれている。
ノブオとニールが鉄格子に近づき外を見ている。
ニールが看板に気づきノブオに尋ねる。
「Nobuo, What's that say?(何て書いてあるんだ、ノブオ?)」
ノブオは読み慣れない漢字を読む。
「きちく・べいえい」
「キチクベイエイ?」ニールは意味が分からず呟いた。
ノブオは意味を二人に教える。
「This mean is American and Beefeater is demono or animal.
 (アメリカ人やイギリス人は鬼かケダモノだって意味だよ)」
ライアンは房の壁に寄りかかって座っていたがその意味にイラついて壁を肘で叩く。
ノブオとニールも床に座り込む。
「(一体どうなってるんだ?)」ライアンがノブオに聞く。
「(分からない、とにかくここではまだ日本とアメリカが戦争をしている)」
その時空襲警報が鳴り響きノブオは房の鉄格子の外を見る。
慌てて照明に黒い布を下ろしていた監視の兵にノブオが尋ねる。
「どうしたんですか?」
「空襲警報だ」
「空襲警報?」
その兵はノブオの房に近づき話す。
「お前らの仲間がな、爆弾を落としに着たんだ。
当たって死んだらそれこそ、自業自得だな」
そう言うと兵は鼻で笑いながらその場を後にした。
ノブオは不安そうに空襲警報のサイレンを聞いている。

呉憲兵隊の捕虜収容所前にアメリカ人四人を捕虜を乗せたトラックが着いた。
捕虜たちは後ろ手に縛られたままトラックから降ろされ収容所の中に連行された。
捕虜たちは引きずられるように第十号房に収容された。
ちょうどノブオたちのいる第五号房の廊下を隔てた前の房であった。
ノブオたちは房のドアの上にある鉄格子窓からその様子を眺めていた。
看守たちが去ってしまうと十号房に収容された捕虜も鉄格子から顔を覘かせた。
「What did you do? (何をしたんだ、お前たち)」ニールが小声で言った。
「B29 of us was shot down. (俺達のB29が撃墜された)」捕虜の一人が答えた。
「B29?」ライアンが聞き返した。
「what reason?(何のために?)」ノブオも聞いた。
「naturally, It came to bomb Japan.(もちろん日本を爆撃しに来たんだよ)」
その答えを聞いたノブオたちは顔を見合わせた。
「Who is the American President naw? (アメリカの大統領は?)」ライアンが聞いた。
「Truman.Of course .(トルーマンさ)」捕虜が当たり前の事をなぜ聞くとばかりに答えた。
「Truman?(トルーマン?)」ニックが聞き返した。
「Then,You think that President is whom?(じゃ、誰だというんだ?)」
「It is a bush. (ブッシュだ)」ライアンが答えた。
「bush?Who is it? (ブッシュ?誰だそいつは?)」
捕虜達も訳が分からないという表情をした。

捕虜収容所の前では兵隊達の訓練が行われていた。
一方信夫たちは五号房の中で三人とも考え込んでしまっていた。
外の訓練の声が房の中にまで聞こえてきている。
「Perhaps we did the time slip. (もしかするとタイムスリップしたのかも)」
ノブオが先に口を開いた。
「We back to Japan of 50 years ago. (50年前の日本にきたのかも)」
「It is not Back to the Future .(バック・トゥ・ザ・フューチャーじゃあるまいし)」
ライアンが言った。
「I think that I am such. (そうとしか思えない)」ノブオが言う。
「Oh my god.(そんな)」ニールが呟いた。
「What happens to us? (俺達はどうなるんだ?)」ライアンがノブオに向かって言った。
「Can we return 50 years after? (50年後に戻れるのか?)」
ノブオは分からないという表情をした。
「I will have our thing believed by a certain method. (どうにかして信じさせよう)
We did not necessarily come to war. (戦争をしに来たんじゃないことを)」
ライアンの言葉にノブオは目をつぶり考えをまとめようとした。

取調室の机の上にノブオたちはシャトルから持ち出してきた機材を並べ始めた。
自分達が未来から来たことを証明するためにシャトルからの持ち出し許可をとり持ち込んだものだ。
シャトル内にあったTVモニタとハンディビデオカメラを接続していく、
ノブオたちを日本軍の兵士達が見つめている。
健次郎にシャトルの説明をしていた日本軍の科学者がその作業を見ようと近づいた。
「これは、日本製なんだ」
TVモニタを覗き込む科学者にノブオが説明した。

「日本製?」科学者が聞き返した。
「It's SONY(SONY製だよ)」
ニールがTVモニタのメーカー名を言ったがこの時代にはSONYはまだなかった。
「シャトルの中にも、日本製の部品がいっぱいある」ノブオが言った。
「本当ですか?」科学者は感心したように呟いた。
「あの、これはあのー、テレビジョンですよね?」
科学者がTVモニタを指差して聞くとノブオは頷いた。
「知っているのか?」健次郎が科学者に聞いた。
「ええ、しかし、実物を見るのは初めてです。」健次郎の方に振り返り科学者が答える。
セットし終えるとニールは部品を入れて持ってきたジュラルミンケースを勢いよく閉めた。
その音に驚き机の周りに近寄っていた一同は後ずさりをした。
部屋のカーテンを閉め外部からの目隠しをしモニタがよく見えるよう室内を暗くした。
モニタの前に地井少佐と健次郎を座らせるとノブオはモニタのスイッチを入れビデオを再生させた。
ノブオは健次郎たちの後方に移動しモニタに映る映像の説明をし始めた。
今モニタに映っているのは黒い背景に青い曲線を描いた地球が映っている。
「あれは?」健次郎が聞いた。
「シャトルから見た、地球だ」ノブオが答える。
「地球?」
健次郎たち、いやこの時代の人間は誰一人成層圏外から地球の青い姿を見た者はいないはずだ。
「ああ、これが地球?」科学者が呟いた。
今度はシャトル内の映像に切り替わるとノブオの姿が映し出されていた。
一同はモニタ内のノブオと実際のノブオとを見比べて声を出せないでいた。
モニタにはノブオの前にボールペンが宙に浮かんでいるシーンになっていた。
「な、何をしてるんだ?」健次郎が魔法でも見たかのようなうろたえた声を出した。
「シャトルの中が、無重力の状態になったんだ」ノブオが言う。
「無重力?」科学者が聞き返した。
「地表から水平に、秒速7.91キロの速度で飛ぶと、重力がほぼ感じられない状態になるんだ」
ノブオが両手を上下に交差させてジェスチャを交えて説明するのをみんなが見つめていた。
次に映っているのは宇宙服を着たニールが船外活動を行っているシーンだ。
「これは?」科学者がたずねた。
「彼がシャトルの外に出て、人工衛星の電池を見てるんだ」
ノブオはニールを指しながら言った。
「ほほー、素晴らしいな、これは」科学者は感嘆の声を漏らした。
地井少佐と健次郎は狐に鼻をつままれたような表情でお互いの顔を見合っていた。

映像を見終えた地井少佐と健次郎は二人して上官の個室に移動していた。
地井少佐は椅子に腰掛けタバコを咥えマッチで火をつけ一服すると健次郎に尋ねた。
「何者だと思う?」
「全く見当がつきません」健次郎は地井少佐の前に起立したままの姿勢で言った。
「ひょっとして、我々が考えているより、重大な任務をおびてやってきているんじゃないか?奴らは」
地井少佐が意見を言うと健次郎もその意見に賛成した。
「ええ、我々を混乱に陥れるために、あのフィルムを持ってきたのかもしれません」
「うーん、総軍司令部からもせっつかれている。本土決戦が近いというのに、何をしてるんだと」
そう言うと地井少佐は立ち上がり背後の窓に歩み寄りながら話を続けた。
「B29の捕虜で、脱走したのがいるだろう。」
「はい」
「奴らの前で、そいつを切れ」
上官の命令に健次郎は返事をしなかったが上官は健次郎の方に向き直り続けた。
「それぐらいの荒療治をしないと、奴ら本当の事を言わん」
健次郎は無言で地井少佐を見詰めている。
「連日の爆撃でみんな弱気になってる。指揮を鼓舞するためにもみんなの前で切って見せてやれ」
地井少佐は健次郎の脇に来ると横目で健次郎を見据えつつ言った。
「兄貴の不名誉を晴らす、いい機会だろう。橋口中尉」
それだけ言うと地井少佐は部屋から出て行った。
健次郎はまだ無言のまま直立不動でその場に立っていた。

女学校の校庭に十四・五歳ぐらいの女子生徒が四十人ほどいる。
十人づつ四列に並び全員が竹やりを手にしている。
先頭に並んでいる女子生徒は教官の掛け声とともにその竹やりで、
自分達の正面に立っている"鬼畜米英"と書かれた巻き藁に竹やりを突き刺している。
この軍事教練を数人の大人が見つめていた。
その中に由美子の姿があった。
教練の最後には使用した巻き藁を一箇所に集め、
アメリカ製の人形をその上に置き火を着けた。
由美子はその教練を黙って見続けていたが喜んで参加してるようではなかった。
由美子はその日の夕食時に健次郎にその事を話した。
「今日、女学校の教練に立ち会ったの。見ていて悲しくなるような風景だったわ」
健次郎は由美子の話を黙って聞いている。
「昨日まで、鬼畜米英なんて誰も信じてなかったのに」
健次郎は何か考えている様子でお茶をすすり口を開いた。
「捕虜を切る事になるかもしれません」
「えっ!」
その言葉に驚いた由美子は健次郎の方を目を大きくして見た。
「奴らがあそこまでがんばり通すようだと、やらなければならないかもしれない」健次郎は続けた。
「健次郎さんまで・・・どうしてそんな事をするの?そんな事をして何になるの!」
由美子は健次郎を攻めるような口調で聞いた。
「死んでいった中隊のためにも、やるべき事はやらなくてはならないんです!」
健次郎は捕虜を切るという行為を正当化するためというように言った。
「捕虜を切れば、味方の人間が生き返るとでもいうの?健次郎さん!」
由美子の言うことも間違いではない。
しかし今は戦時中であり、健次郎は軍人なのである。
「南方戦線がどんな具合だったか分かってますか、義姉さん!?」
由美子は現実と理想の板挟みにあってうつむいた。
「食料の補給は絶え、昆虫・爬虫類、食えるものは何でも食って生き延びていかなくてはならない!
重傷者の包帯に蛆がわき、マラリアやデング熱、赤痢に襲われる。
そんな中で我々は米軍の機械部隊と戦っているんです。
パラオでは、重傷者を収容していた壕を、米軍は削岩機で穴を開け、
中にいた人間を火炎放射器で焼き殺したんです。
何百人という重傷者がなす術もなく死んでいった。内地の人間はそんな事は何にも知らない。
終戦を見越して、軍の物資を隠匿しようとしている奴らがいる。
これだけ戦闘が朽ちていながら、どうやって財産を守るか汲々している奴がいる。
そんな奴らに今は戦争をしているんだって事を思い知らせてやりたいんです」
二人とも黙ったままうつむいてしまった。その時、空襲警報が鳴り響いた。
「空襲警報よ!防空壕に入らないと」
由美子は急いで立ち上がり裸電球の笠にたくし上げてあった黒い布を下ろして被せた。
しかし健次郎は座ったまま動こうとはしなかった。
「健次郎さん・・・」微動だにしない健次郎に由美子は言った。
「今更、壕に隠れる気持ちなんてありません」健次郎は穏やかに言った。
そんな健次郎を由美子は見つめ続けている。
「行って下さい、義姉さん」健次郎は由美子に壕へ一人で行くよう促した。
上空から焼夷弾が落ちてくる笛のような音が鳴っている。
爆発音が辺りに鳴り響いた。近くに落ちたようだ。
辺り一面火の海になってしまったが、健次郎たちの家は無事だったようだ。
健次郎と由美子は防空壕へは行かず家にいた。
健次郎は座卓の前に座りじっとしていた。
由美子は食事の後片付けをしている、しかし由美子は時折近くから聞こえる爆弾の音に身をすくませていた。
健次郎はボソボソとかつて南方で一緒に戦った仲間達の名前を呟いていた。
「橋本…福田…内田…岡本…桜井…清水…谷口…中野…」
最初は小さな声だったのが段々と大きな声へと変わっていく。
「中田…」
由美子はその声を聞き健次郎のやるせない心を察しているようだった。
「広田…村山…森戸…山崎…和木…渡辺…」もう健次郎の声は大声を通り越し怒鳴り声に変わっていた。

翌日、捕虜の脱走兵の公開処刑が行われた。
処刑場の周りには鉄条網が張り巡らされ、その周りに処刑を見物に大勢の人が集まっていた。
処刑場にはノブオたち三人も引き出されていた。
ノブオたちの前を捕虜が一人、目隠しをされて兵隊達に引っ張られてやってきた。
捕虜は地面に空けられた穴の前に首を突き出すような形で座らされた。
ノブオたちにこの処刑を見させるために刑場に連れてこられたのだ。
「It seems that they are earnest.(奴ら、本気だ)」ニールが囁いた。
「Japanese are crazy.(日本人はクレイジーなんだ)」ライアンが言った。
その言葉が聞こえたのか健次郎はノブオたちの前に立った。
「東京も大阪も九州も、まるで絨毯を敷くように爆撃されている。」
健次郎は見物人たちの方を向いて続けた。
「あの中にもお前達のために、親や兄弟を殺された人間はいっぱいいるんだ!」
通訳がノブオたちに健次郎の言葉を伝えている。
健次郎はノブオたちの方に向き直り一瞥すると捕虜の方に移動して行った。
その後ろ姿に向かって信夫は言った。
「捕虜は安全に保護されなければならない。ジュネーブ協定で決められているはずだ!」
健次郎は足を止めノブオが言い終わると同時に振り返り言った。
「バターンではお前達の仲間が、傷病兵を地ならし用のローラーで轢き殺した!」
地井少佐がノブオたちの前に来て三人の顔を見回しながら言った。
「お前達のせいで死んでいくんだぞ。あの捕虜は!」
ノブオは捕虜の方を見て、地井少佐の方に向き直り言った。
「俺達は本当に戦いに来たわけじゃない。
50年後の世界からタイムスリップして来ただけなんだ。本当なんだよ!」
その言葉に切れた地井少佐はノブオを平手打ちにした。
地井少佐は倒れたノブオを一瞥して健次郎の方に向き直り命令を下した。
「橋口中尉!殺れ!」
「はい!」健次郎は姿勢を正し返事をした。

健次郎は押さえつけられている捕虜の脇に立ち軍刀を抜いた。
ノブオたちは、「やめろ!」と騒いでいるが、
健次郎は軍刀を上段に構え捕虜の首めがけて振り下ろした。
ノブオは首のなくなった捕虜の姿を見ると呆然とした。
日本人の血が流れている自分と同じ日本人が、何故同じ人間同士を殺しあわなくてはならないのか。
「No.No.No.No.Noooo!!」ノブオの声が処刑場に響き渡った。

広島市牛田町出張所では由美子が仕事をしていた。
すると背後で課長が部下の一人と話す声が聞こえてきた。
「さすが南方帰り、一刀両断。腹がすわってるなあ」
健次郎の事を話す内容に由美子の作業の手が止まり会話を聞くともなしに聞いていた。
「私は、富山の空襲で叔父と叔母を殺られてますからね、胸がスッとしました」
部下は課長の言葉に自分も同じだと言っていた。
「ああ、いやしかし、あのー、橋口中尉、あれ兄貴と違っていい度胸してるなあ。
なかなかあんなふうにな、みんなの見てる前で捕虜の首を、そのスパーンとできるもんじゃない」
課長は話しながら由美子に近づいてきた。
「由美子さん、あんたも赤縄の亭主に操を立てんで、弟と一緒になったらどうや、ん?」
そういうと由美子の肩を一つ叩き部下を連れて出て行ってしまった。
由美子はうつむいたまま何も言わなかった。

夜道を帰宅する健次郎の前に一人のジャケットを着た男が遮るように現れた。
この時代にジャケットを着ているということは特殊な人間であることは間違いない。
男は健次郎に軽く会釈をして聞いた。
「橋口中尉殿ですね?」

男はジャケットの内ポケットから黒革の手帳を取り出し健次郎に見せながら言った。
「特高の阿藤ですが」
健次郎は自分が疑われるような事はないので平然としていた。
「何か?」
阿藤は手帳をしまうと健次郎に近づきながら言った。
「橋口由美子さんと、同居なさってますよね?」
「ええ、兄嫁ですから」阿藤の方に向かって事実を言った。
「実は由美子さん、非合法の活動に関わっている疑いがありましてね」
阿藤は健次郎の方を見ずに遠くを見ながら言った。
「えっ!?」阿藤の言葉に健次郎は驚いた。
「各地の工場で、サボタージュが起きています。それを支援する団体ができているんです」
阿藤は健次郎の方に向き直り話を続けた。
「由美子さんは、まだ深い関わりはなさそうなんですがね。」
健次郎はまさかという顔をしたまま黙っていた。
阿藤は健次郎の前から脇に開いた。
「中尉殿の、兄嫁でもありますし」
阿藤は手刀を振り上げ自分の前の空間に手刀を振り下ろしながら言った。
「今日の昼は、胸がスッとしました。」
そう言われた健次郎は阿藤の方に首だけ振り向き顔を一瞥してまた正面に顔を戻した。
「今夜は、由美子さんを絶対外に出さないで下さい。」
健次郎は阿藤の顔を見た。
「いいですね」
そう言うと阿藤は踵を返し夜の闇の中に消えていった。
あの特高の阿藤は健次郎の事を思い、今夜捜索がある事を打ち明けてくれたのだった。
家に戻った健次郎は夕食も済み、一人座卓の前に座っていた。
由美子は外出の支度を整え健次郎の脇に腰を下ろした。
「ちょっと、外出してきます」
由美子はそう言って立ち上がろうとすると健次郎が口を開いた。
「どこへ行くんです?」咎めるような口調で言った。
立ち上がりかけた由美子は座り直した。
「市役所の友達の家で、勉強会があるの」由美子は嘘をついた。
「何の勉強会です?」健次郎は問い詰めた。
由美子は気づかれると困ると思ったようで口を閉ざした。
「今日は家にいて下さい。」健次郎は穏やかに言った。
「どうして?」由美子は理由を尋ねた。
「義姉さんを外に出すわけには行かないんです。家にいて下さい」
健次郎は由美子を見つめて言った。
由美子は躊躇したが意を決した。
「行って来るわ」
由美子は立ち上がり部屋を出ようとすると健次郎は由美子の前に立ちはだかり両腕を掴んだ。
「義姉さん。行かないで下さい義姉さん。
今夜出かけると、みんなと一緒に逮捕されてしまう」
由美子の表情が変わった。
「えっ!?」
「特高の刑事が話してくれたんです」
「離して!そんな事になってるなら誰かに知らせないと!」
由美子は振りほどこうとするが男の力には適わない。
健次郎は由美子を抱きすくめた。

「義姉さんを行かせるわけには行かないんです。
どうしてそんな事するんです?どうして?」
健次郎の由美子を抱きしめる姿は引き止めている姿ではなかった。
「僕がどんなにあなたに会いたかったか分かりますか?」
その言葉に由美子は抵抗しなくなった。
「僕にはあなたのしている事が理解できない」
「私も、健次郎さんのしている事が理解できないわ!」
由美子は健次郎の腕を振り解こうとすると健次郎は由美子の唇に自分の唇を重ねた。
唇を離すと由美子はうつむいておとなしくなった。
「義姉さんを特高に渡すわけにいかないんです。行かせるわけには行かないんです!」
由美子は健次郎に背を向けた。
「何故あんな事をしたの?健次郎さん」
健次郎は先ほどの唇を奪った事だと思ったが違うようだった。
「橋口家にも、肝の据わっている人間がいるって事をみんなに知らせたかったの?
自分が男だって事みんなに見せたかったの?」
健次郎は何も言い返せなかった。
「私の心の中の健次郎さんはそんな人じゃなかった。
健次郎さんに、もう一度会えるなんて思ってもいなかった。もう会えないと思ってた。」
由美子は健次郎の横顔を見て言った。
「会いたかったのよ」
健次郎も由美子の顔を見つめ返したが沈黙をしたままだった。
由美子はその場に座り昔話を始めた。
「雄一さんと三人で、よく映画を見に行ったでしょ。
あなたはゲーリークパーが好きだった。
"カッスル夫妻"を見に行った時は、
二人でフレッダースチュアートとジンジャーロバースの真似をして踊ったわ。
あなたも私も雄一さんも、あんなにアメリカのジャズが好きだったじゃない。
どうしてアメリカを必死で憎もうとするの!?
鬼畜米英なんて思い込もうとするの!?
相手を鬼畜と思って、自分も鬼畜となろうとするの!?」
健次郎は何も言い返せないでいた。いや由美子の言う通りだった。
由美子はその場に泣き崩れてしまった。
健次郎は庭の離れにある土蔵の中に入って行った。
かつてこの土蔵の二階は健次郎の部屋があった場所だ。
健次郎はしまっておいたレコードプレーヤーを取り出し、
本来なら焼き捨てなければならなかったはずのアメリカのレコードを取り出した。
健次郎の一番のお気に入り"オーバー・ザ・レインボー"が土蔵の中から微かに流れ出している。
この曲を聴きながら健次郎は由美子の言った言葉を反芻していた。
全ての人間が由美子の言う通りの考え方をしていたのなら戦争なんて起こらなかったはずだと。
一部の人間が戦争という悲劇を起こして、それに一般の人間が巻き込まれているのだと。
それは日本もアメリカも変わりない事を健次郎は重々承知していた。
本当のアメリカを学ぼうとしたからこそ英語だっって覚えたのだ。
しかし現実に戦争は起きてしまっている。
家族を守るため、愛する人を守るために戦っているのだと自分に言い聞かせてきた。
しかし健次郎は由美子の言葉に軍人である前に一人の人間だという事を思い出した。
"オーバー・ザ・レインボー"を聞きながら健次郎はそんな事を考えていた。
由美子はその挽は集会に出かける事はなかった。

呉憲兵隊の捕虜収容所内は消灯時間になっていた。
見張りの兵士が一人廊下を行ったり来たりしている靴音だけが響いていた。
五号房の中のノブオたちは昼間の処刑について話していた。
「Japanese are crazy. (日本人はクレイジーだ)
They dase not think the life not at all. (命をなんとも思わない)」ニールが泣き声で言った。
ノブオは同じ日本人の血を持つものとしてうなだれていた。
「You are a bad translation.NOBUO.(ノブオが悪いわけじゃない)
 War drives people mad. (戦争が人をおかしくするのさ)」ニールがノブオを慰めた。
ノブオはライアンの言葉にうなずき歌を口ずさんだ。その曲は"オーバー・ザ・レインボー"だった。
「Why do you always sing the old song? (なぜいつもその古い歌を?)」ニールが笑いながら言った。
「I told my mam (お袋が教えてくれたんだ)
It was dad preferred the song.(親父が好きだった曲なんだ)
He had always sung. (いつもボソボソ歌ってたって)」ノブオは懐かしむような口調で言った。
「Is father fine? (親父は元気なのか?)」ニールが聞いた。
「He died. When I am 4 years old .(四歳のとき、死んだよ)」
「Father is dear and peevish.sorry.(親父が恋しいんだな、すまん)」ニールは謝った。
「That's OK(いいんだ)」ノブオは気にしていなかった。
「Probably, we need to be here till when?(いつまでここにいなきゃならない?)」
ライアンが泣き声を上げた。それはノブオにも分からない事だった。
その時空襲警報が鳴り響いた。
ノブオたちは立ち上がりあたりの様子を窺うと投下されてくる爆弾の音が遠く近くに聞こえてくる。
房内に点いていた裸電球の灯りが消え激しい振動がノブオたちを襲った。
続いてかなり大きな投下音が近づいてきた。捕虜収容所の近くに爆弾が投下されたらしい。
閃光が房の外向きの鉄格子窓から漏れて大音響とともに建物が揺れた。
ノブオは鉄格子にしがみ付き外の様子を窺うとあたり一面火の海と化していた。
「This building is aimed at!(ここが狙われている!)」ノブオが叫んだ。
次々と投下音と爆発音が響いてくる中、一段と大きな投下音がノブオの耳に届いた。
「Turn down!(伏せろ!)」
ノブオが叫ぶと同時に房の外で大爆発をした。
房の外壁が吹っ飛び煙と舞い上がった埃が房の中に充満した。
誰かが咳をする音が聞こえてくる。
「Aer you OK?(大丈夫か?)」誰かは分からないが無事を確認する声が聞こえてくる。
咳き込みながら床に伏せ煙を吸わないようにしている。
「Wall blew away!(壁が吹き飛んだぞ!)
Escape from here!(ここから逃げよう!)」誰かが言った。
少し煙が晴れてくるとノブオはライアンが床に倒れているのを見つけた。
ノブオはライアンを抱き起こすがすでに息をしていなかった。
「Lyon!Lyon!Lyon!(ライアン!ライアン!ライアン!)」
何度もライアンの名を呼び、起こそうとするノブオ。ニールは腕を掴み引っ張った。
「already dead!(もう死んでいる!)
Abandon!escapes!(あきらめよう!逃げよう!)」ニールはノブオの腕を掴み引っ張った。
それでも諦め切れずにいるノブオをニールは体を抱きかかえ外へと引きずり出した。
外へ脱出したノブオたちは燃え盛る炎の中を走った。
消火活動に出ていた憲兵がそれを目撃すると大声で叫んだ。
「捕虜だ!捕虜が逃げたぞ!」
逃げ惑う民衆とは逆方向にノブオたちは懸命に走ったが、
ニールは黒人で背が高い上二人ともNASAの青い作業用ユニフォームを着ていたため目だっていた。
憲兵たちは武装しノブオたちを追いかけた。
路地に逃げ込んだ時ノブオは何かに足をとられ転んでしまった。
ニールはノブオを助け起こそうと駆け寄った時憲兵が追いつきニールめがけて発砲した。
銃弾はニールの胸を貫通しニールが倒れこんだ。
悶絶するニールはノブオに向かって叫ぶ。
「Escapes!NOBUO!(逃げろ!ノブオ! )
Go hurry!(早く行け!)」
後方からは兵隊が追いかけてくる、ニールは重症。
「Sorry!(すまん!)」ノブオはニールに謝り路地を奥へと逃げ出した。
ノブオは迷路のような路地を右に左にと逃げる。
時々憲兵達は発砲を繰り返すが走りながらの射撃ではあたるはずもない。
路地を抜けると人気のない大きな通りに出た。
前は堤防で左右にしか逃げ道はない。
右を見ると別の部隊が追いかけてきていた。
地理を知っている憲兵に先回りされていたのだ。
右と路地方向ともに憲兵が迫っている以上左方向にノブオは駆け出した。
ノブオは海にかかる桟橋へと逃げ海へ飛び込んだ。
追いついた兵隊はノブオが飛び込んだあたりへ銃撃したがすでにそこにはノブオはいなかった。
水中を泳ぎ逃げ延びたノブオは向こう側の堤防へとたどり着いた。
岸に上がると前方の通りを人が横切った。
ノブオは伏せて人が通り過ぎるのを待って歩腹前進で暗闇にまぎれてその場を脱出した。

由美子は中庭にある井戸場で炊事の洗い物をしていた。
フッと人の気配を感じ右の植え込みの方を見ると暗くてよく見えないが男の顔が覗いていた。
驚いた由美子は立ち上がり警戒した。
「誰?」
「助けてくれ!」
男は荒い息をつきながら由美子に助けを求めた。
由美子は警戒心をますます強くした。
見ず知らずの男に助けを求められて警戒しない者はいないだろう。
「何もしない!憲兵隊に追われているんだ!何もしない!信じてくれ!」
ノブオだった。憲兵に追われて知らずのうちに健次郎の家まで来ていたのだ。
しかしノブオはそんな事を知っているはずはなかった。
その時裏にある木戸を叩く音が聞こえてきた。
「橋口さん!橋口さん!」呼ぶ声が聞こえてきた。
ノブオは声のする方を警戒した表情で見た。
「橋口さん!橋口さん!」
躊躇する由美子だったが木戸の方に歩を進め木戸の内鍵をはずした。
すると木戸の向こうから警防団の連絡員がいた。
「呉で捕虜が脱走したそうです。十分に気をつけて下さい」
それだけ言うと連絡員は隣に家に向かった。
由美子は植え込みに隠れているノブオの事は話さずすぐ木戸に内鍵をかけた。
由美子は隠れているノブオのところに行き出てくるように言うとノブオはその言葉に従い出てきた。
先ほどの連絡員に何も言わなかったのは自分を助けてくれようとしていると思えたからだ。
由美子はノブオを土蔵の二階へと連れて行った。
「ここに隠れてて」由美子はノブオに言う。
ノブオは部屋の中に入りへたり込んでしまった。
「何か食べる物を持ってきてあげるわ。それに着る物も」
由美子はそう言い階段を下りようとするとノブオが声をかけた。
「あの、どうして助けてくれたんです?」
「憎む理由がないからよ。私には」由美子は振り向き答えた。
ノブオはこの時代にも現代人である自分達と同じ考えを持っている人がいる事に感謝した。
由美子は台所に戻りオムスビを三個作った。
その皿を盆にのせているところへ勝手口から一人の男が入ってきていた。
由美子が盆を持ち上げ持って行こうとして振り返った。
その時に初めて男の存在に気づきハッとした。
男は健次郎へ事前に手入れがあることを教えた特高の刑事、阿藤だった。
「お客様ですか?」阿藤はオニギリを見て聞いた。
由美子はアセってお盆をちゃぶ台に置くと阿藤に向き直った。
「何か用ですか?」
「呉の憲兵隊から、米軍の捕虜が逃げ出した事、ご存知ですか?」
阿藤は疑わしげに由美子を見ている。
「警防団の方に聞きました」由美子は努めて平静を装った。
「何をやるかわからん連中です。十分に気をつけて下さい」
「ありがとうございます」
「それじゃ」
阿藤は軽く会釈をすると土蔵の方を一瞥して去って行った。
ノブオは土蔵の窓からその成り行きを見いていたが阿藤が去ってホッとした。
ノブオはNASAの作業着から由美子が用意したYシャツとズボンに着替えていた。
落ち着いてきたノブオが部屋の中を見回すと壁には古ぼけたポスターが剥がれかけていた。
ポスターのタイトルは"オペラハット"と書いてあった。
ノブオはこの部屋を使っていた人もアメリカを愛してくれていた人だったと思った。
由美子は阿藤が門から出たのを確認すると土蔵の中に入ってきた。
土蔵の戸を閉めて階段を上がろうとすると突然戸が激しく開き先ほどの阿藤が入ってきた。
由美子は驚き振り返り阿藤を見つめた。
阿藤はゆっくりと由美子のいる階段の方に近ずき階段の上の方を見ると、
突然階段の前に立ちふさがる由美子を突き飛ばし階段を上がっていった。
「逃げて!」
由美子は二階に向かって叫んだが阿藤はすでにノブオの前に立ちはだかっていた。
ノブオは阿藤にタックルをしたが阿藤に胴を掴まれ部屋の中へと投げ飛ばされた。
倒れるノブオを組み伏せようと阿藤がノブオに圧し掛かろうとするとノブオは両足で蹴り飛ばした。
阿藤は突き飛ばされ尻餅をついたがすぐに立ち上がり構えなおした。
ノブオは殴りかかったが腕を押さえられ組み伏せられてしまった。
いつの間にか由美子が二階に上がってきており、
阿藤の後頭部を手近に合ったバイオリンケースで殴った。
阿藤は悲鳴を上げ後頭部を押さえ倒れてしまった。
その隙に由美子はノブオを連れて土蔵から出て、表から閂をかけて川まで走って逃げてきた。
桟橋まで来ると手近にあった小船を由美子は引き寄せた。
「乗って!」
由美子がそう言うとノブオはこれ以上由美子に迷惑は掛けられないと思った。
「もう、行って下さい」
「えっ!?」
「そうしないとあなたに迷惑がかかる」
「一人で、どこに逃げたらいいか分かるの?」
由美子は立ち上がりノブオに向かって言った。
「No but(いや、でも)」
ノブオが言いかけると由美子は遮った。
「いいのよ、心配しないで。あなたのためにしてるんじゃない。自分のためにしてるんだから」
ノブオは由美子の言葉に驚きを隠せないでいた。

その頃、健次郎は自宅に戻ってきた。
「只今帰りました」
玄関を開け上がり口で軍靴を脱ごうと腰を下ろしたが、
いつもはいくら忙しくても返事ぐらいは返す由美子の気配がしない。
「義姉さん?」
健次郎は不信に思いもう一度呼びかけてみた。
すると土蔵の方から戸を叩く音が聞こえてくる。
健次郎は外から掛かっている閂をはずし扉を開けると特高の阿藤が飛び出してきた。
健次郎を見た阿藤は気恥ずかしそうに会釈をしたが、
健次郎にはなぜ阿藤が自宅の土蔵に閉じ込められていたのか理解できない。
「例の、米軍の捕虜が、由美子さんと一緒に逃げました」
阿藤の言葉に健次郎は驚いた。
「自分は、応援を呼んできます」
阿藤はそう言うと門から出て行った。
健次郎は土蔵の二階に上がった。
部屋には捕虜の着ていた青い作業服が置いてあった。
それを手に取りようやく事の重大さに気づいた健次郎は、
手にした服を乱暴に床に叩きつけ肩で息をしていた。

一方、由美子たちは海を小船で移動していた。
由美子は艪を使い船をこいでいる。
ノブオは見つかるとまずいので、ムシロの下に身を潜めて時折顔を覗かせ辺りの様子を伺った。

健次郎の自宅では阿藤が応援を呼び集め部下達に命令を下した。
「こないだ捕まえた奴ら以外にも、あの女の仲間がいるはずだ!
逃げ込むとすればそこだ!徹底的に探せ!」
「赤縄の女房だから、必ずなんかやらかすと思って・・・」
別の刑事がそこまで言うと阿藤がそれを制した。健次郎が土蔵の中から出てきたのだ。
健次郎は何も言わなかったがその刑事は深々と頭を下げ土蔵の中に入っていった。
部下の一人が阿藤に耳打ちをした。
阿藤は今入った情報を健次郎に告げた。
「二人が船に乗ったのを見かけた者がおります。
どこか思い当たるところはございませんかなあ?中尉殿」
健次郎には思い当たる節があった。
由美子が船を使って海に逃げたとするならばあそこしかない。

明け方近く、由美子たちの乗った船は目的地に到着した。
船を降りると人目を避け由美子とノブオは隠れた。
由美子が腕を抱えへたり込むとノブオが声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「ええ」
「一晩中船を漕いでたから」
「ええ、とにかく島の人たちが起きる前に遠いところに行きましょ」
二人は人に出会うのを用心しながら急ぎ足で移動をした。

夜も明け日も高く上がった頃二人は人里を離れた海を見下ろす山の上にいた。
急いで山道を登ってきた二人は息を切らし山の中腹に着た。
息を切らす由美子にノブオが声をかける。
「大丈夫ですか?少し休みましょう」
二人はその場に腰を下ろし息を整えます。
ここまでくれば早々見つかるはずもなかった。
「もう少しよ」
へたばっているノブオに由美子は言った。
「うわぁ、セミが鳴いてる。
うちの近所にもいっぱいセミがいたんだけど、
本土に爆撃があるようになってから、いなくなっちゃった」
ノブオは由美子の横顔を見つめた。
「後二週間で戦争は終わります」

突然の言葉に由美子には理解できなかった。
「えっ?」
「八月十五日、日本はアメリカに降伏するんです」
由美子は信じられないと言う顔をした。
「あなたに言っても、信じないでしょうけど、私は今から五十年後の世界で生きていたんです」
「ええ?」由美子には尚分からなかった。
「何かの事故で、落ちてきてしまったんですこの時代に」
由美子はノブオがただの脱走したアメリカ兵であると思っているため、
変なことを言うのはカモフラージュではないかと思いはじめていた。
だからあえて由美子の方から積極的には聞こうとしなかった。
「俺は宇宙飛行士だったんだ」
「宇宙飛行士?」聞きなれない言葉に由美子が聞き返した。
ノブオはうなづき話を続けた。
「ロケットに乗って、宇宙を飛ぶ」
由美子は空を見上げた。
「ふっ、信じないでしょ?こんな話」ノブオは笑みを浮かべた。
この時代の人間に五十年後の技術を語っても無駄な事は分かっていた。
由美子も笑みを浮かべた。
「だって。でも本当に戦争が終わって、もうこれ以上人が死なないですむんだったら・・・
ふっ、夢のような話」
ノブオは眼前に広がる海を見下ろした。
「きれいな海だ」と言い話を続けた。
「宇宙から見ると、地球の海は、信じられないほどきれいなんです。
地球からどんどん遠ざかるにつれて、海や大陸が見えてくる。
やがて地球全体が見えてきて、地球は本当に美しいんですよ。
暗黒の中の、小さな青い宝石みたいで。
でもその地球の向こう側は、何もない暗黒なんだ。
その暗黒の中に、生命を持った青い地球が、ぽっかり浮かんでる。
地球があんなに美しいのは、そこに命があるからなんだって分かってくる。
自分がここに生きてる。遥かなたに、地球がポツンと生きてる。他にはどこにも、生命はない。
そう思うと、涙が出てくるんです。
あんな小さな青い星の中で、人間同士が血を流し合ってる。
そんな事が信じられなくなってくる。
本当に、信じられない」
由美子は黙ってノブオの話を聞いていた。
宇宙の事は分からないけどノブオの言う
"あんな小さな青い星の中で、人間同士が血を流し合ってる。
そんな事が信じられなくなってくる。本当に、信じられない"
この件だけは由美子も同感だと感じた。

その頃二人の見下ろす海の先の方では一双の高速艇が海を渡って来ていた。
その船には特高の刑事たちと憲兵隊、健次郎が乗船していた。
由美子が逃げるとすれば由美子の生家しかないと健次郎は思っていた。

由美子たちは目的地に到着した。
一家の大きな古ぼけた空き家だったが造りがしっかりしているので朽ち果てた様子はない。
由美子は玄関の引き戸を開け中に入り辺りの様子を伺いながら戸を閉めた。
「ここは、私の実家なの。父も母も死んで、もう誰も住んでないの。
戦争が始まる前は、みんなでよく遊びに来たの。主人や主人の弟と」
二人は土間の上がり縁に腰を下ろした。
「結婚してるの?」ノブオが聞いた。
「ええ、でも、主人は戦争で死んだわ」
ノブオは聞いてはいけない事を聞いてしまったと後悔をした。

その頃、高速艇が桟橋に着いた。
特高の刑事たちは下船し由美子の生家へと向かいだした。

由美子たちは畳敷きの部屋に上がった。
雨戸の隙間から漏れる日の光で部屋の中は明るかった。
ノブオはその隙間から外の風景を覗いていた。
「母から聞いた、父の故郷とよく似ています。
山があって、川があって、畑があって。
父は子供の頃、近所に住んでた女の子の実家へ、よく遊びに行ってたそうなんです。
そこがどんなにいいところだったか、父はよく母に話して聞かせたそうです。」
「そう」
由美子はそんな昔の平和で幸せだった頃の話が好きだった。
戦争が始まってからは特にそうだった。
「父はきっとその女の子が、好きだったんです」
「初恋?」
「どうかな?でも大きくなってからもずうっと、好きだったような気がする」
「どうしてるの?その女の子は」
「広島で、死んだそうです」
由美子は話題を変えた。
「お父様は?」
「アメリカのジョージアで、俺が四つの時に死んだんです。
だから僕がこんなに父の事をよく知っているのは、母が一生懸命、話してくれたからなんです。
母はすごく父の事が好きだった」
「素敵なお母様ね」
「それで俺も、ずっといた人のように、父の事が好きになったんです」

その頃、健次郎たちは由美子の生家に向かって歩いていた。
健次郎の本心としては由美子が警察に捕まってほしくないと思う反面、
無事に生きて生家にいる事を期待していた。

ノブオが"オーバー・ザ・レインボー"を口ずさんでいると由美子はハッとした。
「その歌?」
由美子が真剣な面持ちでノブオに尋ねた。
「あぁ、父が好きだった歌なんです。よく歌ってたって母が言ってました。
アメリカの歌を歌って、父は日本を思い出していたんです。
フッ、変な人でしょって母は笑ってました」
ノブオの言葉に由美子はますます確信を得たようだった。
先ほどの父親の幼い頃の事、今の歌の事。
「お父様の名前はなんていうの?」
「ケンジロウ」
「健次郎?」
由美子の予想はほぼ的確に当たったようだ。
ノブオの苗字が合っていれば間違いないだろうと思った。
「あなたの名前は?」
「ウエノ・ノブオ」
「ウエノ?」
苗字が違う、取り越し苦労かと思った。
ノブオが言う未来から来たという言葉を信じるならばもしかしたらと思ったが。
「ウエノは、母方の名前なんです。僕は・・・」
由美子はノブオの話を遮った。
母方の苗字だとすれば、やはりと思ったからだ。
「他に覚えている事ない?お父様の事で何か?」
ノブオは幼い頃の記憶を辿った。
「そう、あっ、左腕のここのところに大きな傷跡があった」
ノブオは自分の左腕の中ほどを指して言った。
「えっ!」
「弾が、腕を突き抜けていったんだって言ってた。
傷跡は盛り上がっていて、赤ん坊の頃俺がそれに触ってるのが好きだったって」
由美子の予感は的中した。
全ての特徴が健次郎と一致したのだ。
ノブオの言う未来から来たと言う話も本当の事だと思わざるおえなかった。
そんな事が本当にあるとは信じ切れない由美子だったが。
「どうかした?」
見つめる由美子の様子がおかしい事にノブオは聞いた。
「どうしたの?」
由美子がやっと口を開いた。
「あなたの話は本当なの?」
「えっ?」
「宇宙から来たって話!」
「本当なんだよ!戦争は後もう少しで終わるんだ!」
ノブオは未来から来た事を信じてもらおうと戦争の話を持ち出したが、
由美子には戦争よりノブオが健次郎の息子である事の方がショックだった。
そんな由美子の青ざめた顔をノブオは不思議がった。
「どうしたの?」
「もし、あなたの話が本当なら、五十年後の世界から来たって言う話が本当なら」
「本当なら?」
「あなたは・・・」
その時突然雨戸が激しい音を立てて開いた。
外の光が薄暗い部屋を明るく照らし出した。
そこには、特高の刑事たちと健次郎の姿があった。
健次郎は由美子を無言でじっと見詰めている。
刑事達は二人の後ろに周り二人を押さえつけた。
今まで無言で立っていた健次郎はノブオの胸倉を掴み立たせた。
「なぜ、義姉さんを巻き込んだ!なぜ巻き込んだ!」
健次郎は今にもノブオを絞め殺すような勢いで怒鳴り散らした。

ノブオが刑事たちに連行され桟橋まで来ると、先に別の船に乗せられている由美子の方を見た。
由美子の手には手錠がはめられていた。
ノブオが別の船に乗せられると、健次郎は由美子の方を見た。
由美子は健次郎がノブオの父親だという事を伝えなければと思うのだが、
健次郎に見つめられるほど声が出なくなってしまうのだった。
健次郎も同様に由美子の何か言いたげな表情に声を掛けることができずに、
由美子の乗った船が出発しても尚、健次郎は由美子の顔を見つめていた。
由美子の乗った船を見送っているのは健次郎ばかりではなかった。
ノブオも同様に由美子の事が気に掛かっていた。
自分を助けたばかりに警察に逮捕されていまい、健次郎の言った言葉を噛み締めていた。
離れていく船の上で由美子は突然立ち上がった。
由美子はノブオに向かって先ほど言いかけた言葉を伝えた。

「あなたの言うことがもし本当なら、その人はあなたのお父様よ!」
ノブオは由美子の言った言葉に思わず健次郎を見つめた。
健次郎は由美子の言った言葉の意味が理解できずにいたがノブオの方に顔を向けた。
ノブオは健次郎と由美子を振り返り信じられないと思いもしたが、
自分が未来から来たのであれば、当然過去の日本に父親がいてもおかしくはないと思った。
しかし目の前にいるこの自分と同じ歳ぐらいの青年が、
捕虜として拘束されていた時に目の前で捕虜を切り殺した男が父親だとは思いたくなかった。
健次郎はノブオに近づき由美子の言った言葉の意味を尋ねた。
「何のことだ?」
近づいてきた健次郎の顔を真近に見ると、初めて健次郎にあった時の事を思い出した。
どこかで会った事があるような気がする、と。
「何のことだ?」健次郎は再度聞く。

ノブオは軍法会議に掛けられていた。
今は最後の被告人陳述をしているところだった。

どうして信じない!?
俺の言っている事はみんな本当のことなんだ。
あれはスペースシャトルなんだ。
宇宙観測船なんだ。
八月六日、広島に原爆が落ちる。
八月九日、長崎に原爆が落ちる。
八月十五日、政府がポツダム宣言を受諾することを発表する。
九月二日、ミズーリ艦上で降伏文書に調印。
戦争が終わる。
これが、俺の習った歴史なんだ」
判決が下りる。
「米軍中尉、ウエノ・ノブオ、スパイ容疑で銃殺刑に処する」

留置場に戻されたノブオの元に健次郎が面会に現れた。
いや、面会ではなく死刑執行の告知に来たのであった。

健次郎は牢の中に入りノブオに告げた。
「俺が刑の指揮を執ることになった」
ノブオは無反応で頭を抱えていた。
「義姉が貴様に言った事はどういう意味だ?」
健次郎は逮捕時に言った由美子の言葉を理解できないでいた。
ノブオは健次郎の方を向くと言った。
「あの人は、こう言ったんだ。あなたは、俺の父だと」
「なに?」
「初めてあなたに会った時に、ずっと昔から知ってるような気がした」
「何を言ってるんだ貴様は?」
「なぜか懐かしい気がした」
「ふざけた事を言って、刑を逃れようとしてもだめだぞ」
「俺はきっと、あなたに会うためにこの国にやってきたんだ。
俺の心の中の、心の中で生き続けていたあなたに・・・」
「ふざけた事を言うな!」健次郎はノブオの言葉を遮り怒鳴り飛ばした。
「優しい父だったって、母は言ってた。
俺は父を信じて生きてきたんだ。
アメリカ人に何を言われようとガンバってきたんだ、日本人として」
「だまれ!」
健次郎は踵を返し牢から出ようとするとノブオが健次郎に聞かせようと歌を歌った。
"オーバー・ザ・レインボー"の曲だった。
健次郎は後ろ向きでしばらく聞いていたが振り返りノブオの方を見た。
「知ってるだろう?父の好きだった歌だったんだ。
この歌を歌って、父は日本を思い出しながら死んだんだ」
ノブオが又歌を口ずさんだ。
「やめろ!」
健次郎は何かの思いを振り切ろうとするように怒鳴った。
「看守!」
看守を呼ぶと牢の扉の鍵を開けさせ牢から出た。
ノブオは脇に積んであった布団に横に倒れこんだ。
「刑の執行は八月六日午前八時だ」
健次郎が鉄格子越しに刑の執行日時を告知すると、
ノブオはその日時の偶然性に驚いた。
八月六日午前八時十五分が広島の原爆投下の日時だ。
「八月六日?」
「そうだ」
ノブオは突然思い出したように飛び起き鉄格子に近づいた。
「あの人はどこにいる?」
「あの人?」
「俺を助けてくれたあの人だ」
ノブオは自分を助けてくれた由美子の名前さえ聞いていなかった。
「広島の警察本部だ」
「早く、どっかよそに移すんだ!八月六日までにどっかよそに!
広島の司令部に連絡して、できるだけ多くの人間を広島から出すんだ!出せ!
八月六日、広島に原爆が落ちる」
「原爆?」
ノブオは頷いた。
「本当なんだこれは!」
「刑の執行を延ばそうとしても無駄だ!」
健次郎はノブオが刑を逃れようとする言い訳にとっていた。
「どうして信じない!なぜ俺の言うことを信じない?
あんたは、俺の父だ!」
健次郎はそれ以上ノブオの言葉に耳を貸さずに留置場を後にした。

昭和二十年八月六日の広島の天候は晴れ雲ひとつない晴天だった。
低気圧が日本全土を覆う中、広島上空に小さな高気圧が発生していたため、
第1目標の広島上空周辺には厚い雲の壁があったが、
広島の上空は雲ひとつない晴天となっていたのである。
その日の朝八時、ノブオは処刑場に連行された。
処刑場は原爆の中心地より数キロ離れた場所にあった。
ノブオは太い杭に後ろ手に縛られている間、健次郎をじっと見つめていた。
ノブオは死ぬ事は軍人として覚悟を決めていたが心残りがあった。
目の前にいる健次郎という父親と自分を助けてくれた由美子の安否だった。
健次郎が父親ならば由美子は母から聞いていた、
父健次郎の幼いころ亡くなったという女の子に他ならない。
兵がノブオに目隠しをしようと前に立つとノブオは目隠しを断った。
「No.(ノー)」

健次郎はノブオの前に進み出るとノブオに最後の言葉を残させようと言った。
「何か言い残したい事はないのか?」
「あの人を移したか?どっかよそへ?」由美子の事を心配して言った。
安全な場所に由美子を移せば由美子は死なずにすむ。
しかし死んだはずの人間が生き残ってしまえば歴史は狂い自分が生まれないかもしれない。
ノブオには自分の事よりも父が愛した由美子が、
平和を愛した由美子の方が大事であった。
だから健次郎も由美子を愛していたのだと思ったのだ。
「お前の言う事を信じる人間がいると思っているのか?」
健次郎はかたくなにノブオの事を信じようとはしなかった。
いや本当は信じて万が一の事に備えて由美子を安全な場所に移してやりたかった。
しかしそれは軍人としての、また由美子の後見人としてできなかった。
もしノブオの言う事がウソであったなら、その後の由美子を守ってやる事ができなくなってしまう。
健次郎は心の中で葛藤を繰り返していたが、
軍人である健次郎にとっては現実の方を取らざるおえなかったのだ。
「あの人が好きなんじゃないのか?」
健次郎はノブオに心を見透かされていると思ったが黙ったままだ。
「どうして、助けようとしない!?」
健次郎は踵を返すと後方に並んだ狙撃兵の方に歩いていった。
他の兵達もノブオのそばから離れ処刑の準備に入った。
健次郎は狙撃兵の並びにくると踵を返しノブオの方へ向き直った。
これから処刑されるとしてもノブオは米軍の軍人である。
健次郎は軍人としての最後の礼を尽くしノブオに敬礼をおくった。
健次郎は敬礼を下ろし狙撃兵の方に向きを変えた。
「構え!」
狙撃兵が三八式歩兵銃をノブオに向け構えた。
ノブオは自分を狙っている銃口を見渡した。
平和な時代にアメリカで生まれ生きてきた自分が、
終戦間近の日本で処刑されるとは思ってもいなかった。
「I love my country.(俺は祖国を愛してる)
Country of freedom!(自由の国、アメリカ!)」ノブオは思いの丈をこの言葉に集めて言った。
「撃てえ!」
健次郎が号令を発した瞬間広島が目も眩むほどの光と灼熱の炎に包まれた。
狙撃兵達は全員引き金を引くどころかその光に目が眩んでしまった。
健次郎もノブオも広島の光の方に目を向けた。
轟音が轟き光が去ると突風が吹き荒れた。
全員その突風に煽られ身動きが取れなかったがその突風はものの数秒で終わった。
見上げると広島の中心地の方から巨大なきのこの形をした雲が上空に広がっていた。

広島の町は爆心地に行けば行くほど、跡形もなく吹き飛ばされていた。
放射能を含む煤の混じった黒い雨が広島の町に降り注いだ。
この黒い雨は上空でジェット気流に乗り関西、関東、東北へと降り注いだ。

八月九日午前十一時二分、
長崎市北部に二度目の原爆が炸裂した。

八月十五日正午
ラジオから天皇陛下のポツダム宣言受諾の玉音が流れている。
日本はこのポツダム宣言を受諾し無条件降伏をした。

九月二日、ミズーリ艦上にて降伏文書に調印。
この降伏文書に調印した事によって戦争は完全に終結したのである。

全てがノブオの知っている歴史道理に動いてしまった。
由美子も原爆の犠牲者となってしまっていた。
歴史は変わらないのか?
変わらないのならなぜ自分はここにいるのだろうとノブオは思った。
ノブオは健次郎に身柄を引き取られ由美子の生家に身を寄せていた。
健次郎がノブオを引き取るにあたり、広島の健次郎の家は焼失していたため、
由美子の生家への転居届けをだしていた。
ノブオは確かに米軍軍人の中尉ではあったが、
この時代の軍人ではないため米軍の在籍登録にはなかった。
健次郎がノブオを引き取った理由はそれだけではない。
確かにノブオの言う通りに歴史は動いた。
だがノブオが米軍のスパイであれば軍の機密事項を知っていても当然だし、
重要事項を担ったスパイが在籍を抹消されていてもおかしくはない。
ただ由美子が言っていた、ノブオの父親が自分であると言う事だった。
仏壇のあった場所には由美子の遺影と花が置かれていた。
健次郎は部屋で正座をして庭を見つめていた。
その脇の少し後ろにノブオが腰を下ろして同じように庭を見つめていた。

「お前の父親の話をしてくれ」健次郎が口を開いた。
「えっ?」ノブオは突然の事に聞き返した。
「戦争が終わって、どうしたんだ?」
健次郎は自分がノブオの父親ならこの後のノブオの父親の行動が自分の行動になるのかもと考えた。
「父は、広島で、捕虜を切った事が噂となって、戦犯として逮捕されたんだ」
ノブオは父親の事を語りだした。
「でもアメリカ政府は、原爆を落とした広島に、
自分の国の捕虜がいた事を認めたくなくて、それですぐに釈放になった。
戦後の日本は、あっという間に変わって行った。」
ノブオは健次郎の左腕の傷痕を見た。
ノブオの記憶にある父親の傷痕とそっくりだった。
今まで軍服の長袖を着ていたため傷痕が分からなかったが今は平服で袖をたくし上げていた。
「父はそれがいたたまれなかったのか、アメリカへ渡った」
「なぜだ?なぜアメリカなんかに?」
健次郎はノブオの父親に自分を重ねてみてなぜそうしたのかが理解できなかった。
ついこの間まで敵として戦っていたアメリカになぜ行ったのか。
「それは分からない。母にも、理由は言ってなかったらしい。
でも父は、本当にアメリカが好きだって言ってた。
アメリカが好きで、アメリカのジャズや映画や自由が好きだったと、母は言ってた。
でもその頃のアメリカは、日本人には甘くはなかった。
父にとってアメリカは、ゲーリー・クーパーの国でもフレット・アステアの国でもなかった。
そんなどん底の時に、父は母と出会った。
母は日系の二世で、シカゴの紡績工場で働いていた。
父は母と結婚した。
母には市民権が有ったから、母方の姓を名乗った。
父は、一生懸命働いてくれたんだと、母は言っていた。
でも、その頃の無理が祟って、父は体を壊して、母の田舎のジョージアに帰ったんだ。
小さな畑を耕して、二人で暮らしていた。
お金が無い時は、二人で近所の農場に働きに行ったんだって、母は言った。
子供が生まれて、その頃が一番幸せだった。
父は近所のアメリカ人とも一生懸命に仲良くしようとした。
でも、父の心の中にも、アメリカ人の心に中にも何か拘りがあって、なかなかうまくはいかなかった。
日本人の心からも、アメリカ人の心からも拘りがなくなるには、長い時間が必要だったんだよ。
僕は今、アメリカ人の妻と暮らしている。スーザンっていうんだ。子供もいる」
ノブオは健次郎の方に少し近寄った。
ノブオは健次郎に思い出話を話す口調ではなくなっていた。
目の前にいる父親に、自分の成人した姿を見せられなかった父親に語っていた。
「スーザンは、僕が日系である事に何の拘りも持ってない。
やっと仲良くなれたんだ、アメリカ人と日本人は。
憎しみや拘りも無く、アメリカ人と対等に付き合っている。
それが父さんの望んでいた事なんだよ。
父さんがそうしたかった事、俺はやっと実現したんだよ。
父さんを信じて、そうしてきたんだよ。
何か言ってくれよ」
長い沈黙の後、健次郎の口が開いた。
「もう一度歌ってくれ。お前の父親が好きだったという歌だ」
ノブオは話す事のできなかった父親に、
今の自分を見てもらえた事に胸がいっぱいになり熱いものが頬を伝わった。
ノブオが"オーバー・ザ・レインボー"を口ずさむと、
健次郎は声こそ出さなかったがノブオの歌にあわせ唇を動かしていた。
健次郎の目にも熱いものがこみ上げてきていた。

米軍の憲兵隊のジープがやってきた。
健次郎は軍服に着替え庭に出て行くと手錠をかけられジープに乗せられて連行された。
ノブオの知っている通りの歴史なら、
健次郎はすぐに釈放されるはずだったが家には戻ってこなかった。
ノブオは確認のために米軍第十軍団司令部を訪れた。
ノブオとすれ違ったアメリカ兵と日本人技術者のうち日本人の方がノブオに声をかけてきた。
「上野さん?」
ノブオは立ち止まり日本人の顔を見る。
「わ、私」日本人は自分の顔を指差しアピールする。
彼は捕虜の時ビデオを見せたあの技術者だった。
「あ、あなたは」
「今、ここの配線工事を請け負っているんです」
「Hey. Let's Go!」アメリカ兵が先を促す。
「上野さん、あなたに見せてもらったテレビジョン、素晴らしい。
あれと同じものをね、私絶対作りますから」
技術者はそう言うとアメリカ兵と一緒に行ってしまった。
ノブオは未来の技術を見せてしまった事が本当に良かったのかと一瞬躊躇した。

ノブオが受付で聞くと中に通され担当者が調べてくれた。
「Mr,Hashiguchi Kenjirou?(橋口健次郎?)」
「Yes.(はい)」
担当者はリストを括って橋口健次郎の名前を見つけ出した。
「He is already released.(彼はもう釈放されているよ)」
「released?(釈放?)
Where he went?(どこに行ったか分かりますか?」
「I don't know.No idea.(さあ、知らんね)」
そう言うと担当者は自分の席に戻ってしまった。
ノブオがその場を離れようとした時奥のデスクにいた女性が声をかけてきた。
「Are you Nobuo?(ノブオさん?)」
「Yes?(はい?)」ノブオは振り返り返事をした。
「I have kept letter.(手紙を預かってるわ)」
そう言うと彼女は机の引き出しから封筒を取り出しノブオに手渡した。
「From hashiguchi kenjirou.(橋口健次郎からよ)」
ノブオは受け取った封筒を開けると中に一枚の紙が入っていた。
たった一言"俺はお前の言う事を信じない"とだけ書かれていた。

憲兵に逮捕される直前までの会話で健次郎が自分の話を信じてくれているものだと思っていた。
しかしそうではなかったのか?
あまりにもノブオの言う通りに事が進んでしまったため、
健次郎はノブオの話した未来を変えてみる気になったのだろうか?
いくら未来から来てこれから起こる事が分かっていても、
由美子を助ける事ができなかった事で、未来は変わらない事をノブオは実感している。
自分が消えていないという事は、健次郎は歴史通りに母と結婚し自分をこの世に出したのだと。
つまり由美子が逮捕されなくても、原爆により亡くなってしまっただろう。
また健次郎に未来の話をしたところで健次郎は必ずアメリカに渡るだろうと思えた。
ふと、ノブオはスペースシャトルがどうなったのか知りたくなった。
もしかしたら、未来に帰る何らかの手がかりがあるかも知れなかった。
米軍に頼み込んで最初に不時着した地点までジープで送ってもらった。
ジープがその地点に到着したがスペースシャトルは跡形もなく消え去っていた。
深くえぐれていた穴の痕さえ初めから存在していなかったかのように無くなっていた。
ジープから降りたノブオは辺りを見回した。
「There are Shuttle over here!(ここにシャトルがあったんだ!)」
「What's Shuttle?(シャトルって?)」一人の憲兵が聞いた。
「Landing here.Space Shuttle.(不時着したスペースシャトルだ)」
「Space Shuttle?(スペースシャトル?)
When we came here.There was nothing.(我々がここに来た時には何も無かった)」
もう一人の憲兵が答えた。
「Talk of mysterous airplane was asked to japanese.(不思議な飛行機の話は日本人に聞いたが)」
「It's Space Shuttle!(それがスペースシャトルだ)
Where is it naw?(どこに?)」
「It is said that it disappeared suddenly on the day when the atomic bomb fell. 
(原爆が落ちた日に突然消えたそうだ)」
ノブオは置いてけぼりをくってしまったようだ。
原爆が落ちた日に消えたなんてでき過ぎてはいないだろうか?
運命の神はノブオに何をさせようとしていたのだろうか?
確かに父親に今まで言いたかった事をじかに伝えることはできた。
では自分のこれからの運命は一体どうなるのか?
自分の家族には一体いつになったら会えるのだろうか?
「When do you return to the United States?( 君はいつアメリカに帰るんだ?)」
ノブオにはもう帰る家もないのであった。
ノブオは一人砂丘を越え海に向かった。

波打ち際まで来たノブオは、
海の向こう五十年後の世界にいるはずの妻の名を叫んだ。
必ずどんな事があろうとスーザンの元に帰ろうと、
スーザンとの約束を守ろうと誓った。

現代に戻り、老人が手にしている写真立てには三人の家族が写っていた。
ノブオとスーザンと娘のアイラがこちらを見て微笑んでいた。
老人は写真立てを元のマントルピースの上に戻すとジャケットのポケットをまさぐっていた。
ポケットから手を出すと金のブレスレットを手にしていた。

そのブレスレットを写真立ての前に置くとアイラにもう帰る事を伝えた。
アイラは老人の手を取り玄関を出て上がり口の階段を降りた。
庭に出ると老人はアイラの前にしゃがみ顔を見つめた。
アイラは老人の後方に目をやると老人の背後へと走った。
「マミーが来たー、mammy(マミー)」
その言葉に老人はハッとした。
老人が振り返ると向こうの方にいる女性がこちらに向かって歩いてきていた。
写真に写っていたスーザンであった。
老人は立ち上がりスーザンを見つめた。
スーザンは老人を見ると不信そうな顔をした。
このような老人には知り合いはいなかったからだ。

「Who aer you?(あなたは?)」スーザンが聞いた。
老人はなんと答えていいのか考えてしまった。
「He lived in this house before. (前にここに住んでたんだって)」アイラはスーザンに言った。
「Oh It lived before us? (私達の前に?)」
「Yes,I,This house is very nostalgic. (ええ、とても懐かしくてね)」
「Comes to a house. How is also tea? (お茶でもどうですか?)」
「No Thanks .I have to go.(いや、もう行かねば)」
「Please do not withhold. (遠慮なさらなくてもいいのよ)」
老人は首を横に振った。
「Ira .Carry out the preparations which go to an uncle's house.
(アイラ、叔父さんの家に行く支度をしなさい)」スーザンはアイラに言った。
「Nice me to you.bye bye .(それじゃ、さようなら)」
 スーザンはどこかで見たような老人だと思いながらも別れを告げ家の方に向かった。
老人は二人の後姿を見送っていたが、
スーザンがドアの前まで来ると老人の方に振り返り疑問を口に出した。
「Have I met you by somewhere before? (前にどこかでお会いしました?)」
「No.(いいや)」老人は首を振り答えた。
スーザンはどこかで会ったような気がしたんだけどという表情で老人に手を振ってドアを開け家に入った。
老人はずっと見つめたままだったが、思いを振り切るようにリムジンの方に歩き出した。
運転手がドアを開けて待っている。
その時犬が庭から老人の方に駆けてきた。
老人は犬の声に振り返ると犬が尻尾を振って老人の元にやってきた。
老人は犬の前にしゃがみ込み頭を撫でてやった。

「Misty、Misty.(ミスティ)
You understand me.(お前には俺が分かるんだな)」
老人はミスティを抱きしめた。
ミスティに別れを告げると後ろ髪を引かれる思いでリムジンの座席に着いた。
ミスティも思いは同じようでいつまでも鳴いていた。
運転手が運転席に着くと老人が出発するように言った。
「OK,Let go(行ってくれ)」
「Is it all right? (よろしいんでしょうか?)」
「Yes,just fain.(いいんだ)」

スーザンがリビングに入るとマントルピースの上にあるブレスレットに気がついた。
ブレスレットを手に取るとアイラに聞いた。

「What's this?(これは?)」
「That grandfather placed. (あのおじいちゃんが置いてった)」
スーザンはブレスレットを見て思い出した。
ノブオが宇宙に行く前に約束していた事を。
先ほどどこかで会ったような気がしたのはノブオに似ていたからだ。
その時外から車の発進する音が聞こえてきた。
スーザンは急いで外へ出た。
老人にもっと話を聞きたかった、あの時無理にでもお茶に誘っていればと悔やんだ。
老人が誰なのかは分からないがノブオに関係のある人に間違いはない。
ノブオがどうなってしまったのか聞きたかった。
もしかしたらあの老人自身がノブオなのかもと思うようになったが、
リムジンはもう走り出して追いつける距離ではなくなっていた。
それでもスーザンは途中まで追いかけた。
スーザンの代わりを果たすようにミスティはリムジンの後を追いかけていた。
スーザンはミスティに自分の思いを託したかのようにリムジンの走り去る方向を見送った。

「It took in 50 years until I came here. (ここに来るまで50年かかった)
Long time was required. Susan .(長い時間がいったんだよ、スーザン)」

老人は目に涙を浮かべた。
二度と家族には会えないものと思っていた。
スーザンとの約束を果たすため五十年の歳月を掛けてやっと戻って来る事ができたのだ。
もう二度と会うことはないだろうと思うと止めどもなく涙が溢れ出た。
運命の神はノブオへ父親に会わせるため時間を跳躍させノブオの思いを伝える事を手伝った。
健次郎もノブオの言った事を信じないと書き残して行ってしまったが、
ノブオの知る歴史と変わっていない事から健次郎も同じ運命を辿ったのだろう。
確かにノブオは歴史を知っていたのでこの時代までに富を築く事ができた。
しかし心の隙間を埋めるために五十年という歳月は長すぎると思った。
外に出たスーザンを心配してアイラが表に飛び出してきた。
「What is the matter?mammy (どうしたの?マミー)」アイラが聞いた。
スーザンは何も言わずにアイラを抱きしめリムジンの去って行った方を見つめたままだった。

リムジンは元来た田園の風景を、ノブオが五十年前に見た景色の中を走っていた。


おしまい