第二話

激しい夕立は、その日起こった事件を知った人々の心象風景そのままであった。
渋谷の街には、消防隊が未だ作業を続けている。
マスコミと野次馬があふれ、活気と言う点でのみ普段と変わらない。
その質は別の物だが…。

警視庁所属のG5ユニットは、すみやに、適切な処理を行ったと言えるであろう。
喧嘩によって狂乱状態になった、八人もの、コンクリートを素手で打ち砕く超人と、
また、それに匹敵する力を持つ特種装備に身を固めた、
十二人の警官による戦闘があった事を考えると、街の破壊は最低限度に納まっている。
当事者以外の死者も出なかった。
しかし、少年グループ同士の乱闘と言う、分類するならばその言葉に集約されるであろうこの事件が、
日本の、いや世界の人々の心に与えた衝撃は、巨大な天災、戦争すらも上回る。

「異形な者へと変化した少年達による暴走」

確かに、ここ5年間、日本では異常な事件が続いていた。
それは、「人間以外の知的生物による、市民の殺害」である。
最初のそれは、「未確認生命体」事件と呼ばれ、その行動論理をはかり難い知的生物との戦いだった。
強靱な肉体と、特殊な能力を持つ未確認生命体は、ゲームとして一般市民を殺害した。
その能力に、当初、警視庁は対抗するすべを持たなかった。
それを結果的に救ったのは、未確認生命体として目撃された、第4番目の存在。
一般にはマスコミ報道により、そのまま「4号」と呼ばれた者が、
まるで他の未確認生命体の邪魔をするかのような行動を起こし、次々と未確認生命体を倒していった。
やがて、警察側も対未確認生命体装備を整え、
「4号」との協力関係を打ち立てたとする話もあり、異生物をひとり残らず打ち倒したとされている。
もっともこの部分は、ネット上などに流れた何者かによる創作とされている説があったりするように、
警察等から公式な発表がなされたことはない。
その後、「4号」が人々の前に現れたという話は聞かれない。

次に起こったのは、続発した「不可能犯罪」としか説明できない殺人事件郡である。
そして、これらもまた未確認生命体のような、奇妙な生物を目撃したという市民が少なからず存在した。
だが、これらの事件には連続性は報道されなかった。
更に、前述の事件に於ける4号に相当するような存在が確かにいたとする声もある。
しかし、やはりこれも大きく報道されてはいない。
ただ警察によって、対未確認生命体装備「G3システム」の使用があった事は確かな事とされている。
人々は、これらの事件を受け入れて生活して来た。
しかし、だからといって人間の中に、今まで謎の存在であった異形の物が、
一見、普通の人間として混ざってるという事態を受け入れる事はそう簡単にできる事ではない。
「未確認生命体とは人間ではなかったのか…?」
「私の隣人、家族は未確認生物ではないのか?」
全く新しい恐怖が、人々を襲おうとしていた。

東京都内のあるマンション。
芦原涼はここに住んでいる。
ベットの上には、怪我をした二人の高校生ぐらいの男女の子供が眠っている。
男の方は、金色に染めた髪を短く刈り込んだ頭。
痩せているが、腕や腹筋と言った筋肉だけは妙に鍛えたような体つきをしている。
女の方は、少し赤っぽくした髪の毛で、顔つきはまだ幼い。
コーヒーを飲みながら、何かを考え、涼は二人に目をやる。
昨晩、渋谷で大暴れした八人のうちの二人である。
涼は警察のG5から、この二人を奪った。
二人はそれからずっと眠っている。
勤めているバイク屋には、今日は休むと電話しておいた。
この二人と、話をしなければならない。

男の方が目を覚ました。
自分がどこにいるか分からず、きょろきょろしている。
そして、涼と目が合う。
とっさに身構える少年。少女をかばうようにする。
だが、彼の身体に蓄積された疲労の根は深く、そのまま倒れ込んでしまった。
「大丈夫か?」
涼が無表情に声を掛ける。
少年が涼を改めて見る。
「俺達をどうするつもりだ…」
少年の目に怯えを認める涼。
「さてな」
冷たい響き。
少年が左拳を甲を下に左腰にあて、右手をそれに添える。
少年の腰に、ベルトのような物が出現する。
「へん…」
「止めておけ」
全く動じた様子もなく涼は続ける。
「お前の身体はまだ、変身に慣れていない。まだ変身する度に身体がきついはずだ」
「…!」
幾秒か考える少年。ベルトが消える。
「…あんた、なにもんだ?」
「そうだな、お前達の先輩って所かな」
「…せんぱい…?」
少年の脳裏に蘇った記憶。
奇妙な甲冑軍団に銃を撃たれ、追い詰められる。
その衝撃と恐怖、そして初めての長時間の変身による疲労から意識を失おうとしたその時、
甲冑軍団の前に立ちはだかった人影。
確かにそれは変身したような気がした。
「あんたが…俺達を助けて…?」
「さあな。助けたのかな?」
その涼の言葉は、自分自身に問いかけたようでもあった。
「とにかく、そっちの女が目を覚ましてから、俺の話はする。同じ話を二度するのは面倒だ」
涼がパンをひと袋とって少年に見せる。
「食うか?」

警視庁の会議室。
3人の幹部による報道各社への、説明記者会見が行われようとしていた。
会議室にぎっしりと押し寄せた報道陣。
只でさえ不快な季節の空気を、殺気にも似た雰囲気が更に高密度にしていて、
会議室のエアコンでは追い付かない程だ。
だが、この重大事の記事を、頭の中で見出しと共に既に造りつつあった報道陣の気合いは、
裏切られる事となる。
幹部達から発表されたのは、街の建造物に対する被害報告。
渋谷にたむろする少年グループの喧嘩による殺人。
この2点だけを淡々と報告し
「発表は以上とし、質問は受け付けません」
そう言い残し、幹部は席を立った。
その後、警視庁玄関から会議室に至るまでの空間で、暴動と言ってもいい騒ぎが起こったが、
結局記者達は何の収穫も得る事もできず、排除された。

滝のような大汗をかいて、幹部達は控え室に帰って来た。
そこで待っていた、まだ若い口ひげの男に、幹部は怒声に近い調子で尋ねた。
「あれで本当によかったのかね? 尾室君」
「ええ、お見事でした。どのみちあれ以上、われわれは報告できる事は何もないのです。
 アギトの力そのものの、統一された見解すら我々は持っておりません。
 子供達も未成年であるうえ、どうやら、アギトの力の危険さを自覚していない節も認められる以上、
 名前や顔を出すわけにもいけないでしょう?
 あとは精々、G5ユニットを大々的に発表する事くらいでしょうか。
 下手な事を突っ込まれて、市民の不安をあおる返答をしてしまったり、
 嘘の報告をする事に比べれば、実に良心的で、賢い選択と、小沢教授はおっしゃっておられました」
「小沢澄子か…。彼女は我々に恥をかかしたいだけだったのではないのか?」
「まさか」
尾室は笑ってそう答えたが、
心の内では「そう言う部分が数%、あり得ないとはいいませんがね」と続けていた。
「彼女はいつ日本に?」
「そうですね。
 本人は飛んでいくと言っておられましたが、色々準備もあるでしょうし、
 飛行機の都合もあるでしょうから、早くても明日…。でしょうね」
彼女以外、この混乱を収める事のできる者はいないと、尾室は確信していた。
また、逆に言うと、彼女がいない限り、尾室達は動く事ができない。
一刻も早い彼女の到着を心待ちにする尾室であった。

「俺達にあんたの手下になれっていうのか?」
涼のマンション、少女が目を覚まし、涼は二人の子供達に自らの行動を説明をした。
そして、その涼の話を聞いた少年の反応はその言葉だった。
「そんなつもりはないが、お前がそう思うのは勝手だ」
涼は、変身能力を突然持ってしまって混乱した者達に、
自分の身体に起きた事の説明と決して力に取り込まれてはならないとする
警告を与える事をして回るつもりだと告げた。
だが、一人でそれをする事には限界がある。
そのため、二人には協力をしてもらい、変身した人間の噂、
急にいなくなった人間の噂などを報告してもらうように告げた。
「冗談じゃない。そんな面倒な事、なんで俺らがやらなきゃ何ないんだ?
 俺達は勝手にやる。いくぞ梢」
「凪…」
梢と呼ばれた少女は、態度を決めかねているようだった。
少年の名は、凪というようだ。
「こんなやつにつき合う事はないよ。それよりみんなを助けなきゃ。行くぞ」
「でも凪…」
「助ける? どうするつもりだ?」
凪の不穏な態度に、思わず涼が声を出す。
「けーさつに行って、仲間を助ける。それだけだ。
 アギトつうんだって? あの力があるんだ。なんだってできるさ」
険しい表情で涼が立ち上がる。
「やめておけ。お前みたいな馬鹿がいるから、俺は戦い続けなきゃならないんだ」
「あんただって、警察から俺達を助けたろ?
 立派な公務執行妨害じゃねーか。カッコつけんな。
 ああ、礼は言っておいてやるよ。あ・り・が・と。せ・ん・ぱ・い」
凪が光に包まれる。
凪は、黒いベースに金の甲冑を身に纏った、赤い目と金の角を持つ、
かつて涼の友人がなった物と同じ、良く見知った姿へと変身した。
「口で言ってもわからないか…」
涼が両手を胸の前で交差させ、一気にそれを解き、手を腰にやる。
「変身っ!」
涼も姿を変える。
黒いベース、赤い目を持つ事は同じだが、その装甲部、角が緑で、より怪物的な姿に。
「なぎぃっ! やめてよ二人ともっ!」
凪は、制止しようとする梢の腕を構わずにとった。
そして、梢を抱えると一目散に窓を破って逃げ出した。
慌てて後を追う、涼。
後ろを気にする凪。その腕の中で暴れはじめた梢。
「凪っ! 止めてよっ、おかしいよ、こんなのっ!」
涼が凄い勢いで追い掛けてくる。
力の使い方の熟練度がまるで違う。
このままでは、凪がすぐ追い付かれるは明らかだった。
自分より遥かに強い者がいる。
その事実が彼をいらだたせた。
そして、腕の中で、彼の思い通りにしてくれない少女も…。
「仲間が捕まってんだぞ。おかしいのはお前だっ!」
突然、凪が梢を涼に向かって投げ付けた。
おもちゃのように、宙に舞う梢。
「お前なんて仲間じゃねぇっ! お前なんてもういらねぇっ!」
「きゃああああああっ」
突然の凪の脈絡のない行動に、吃驚したのは涼だった。
あわてて、梢を受け止める。
「お前なんかに何がわかるっ!」
そう言い残し、凪は去っていった。
友人と思っていた少年の余りの仕打ちに呆然とした梢を下ろし、涼は変身を解いた。
「どうしようもなく、よわっちい奴だ。俺の知っているアギトは、二人とも強い男だったが…」
忌々し気に涼は呟いた。

あくる日。
成田空港のロビーに、尾室隆弘の姿があった。
彼の敬愛するかつての上司が、間もなく到着する。
そのまだ若く、小柄な身体に、強靱な精神と、凄まじい頭脳という武器を持つ、
G5システムの生みの親。
小沢澄子。
その姿を認めた時、不覚にも尾室は涙を止められなかった。
「おざわさぁぁぁん」
「久しぶりね、尾室君。予定通りの再会だわ」

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