第九話

そのときに、二人が出会った事を運命と呼ぶのなら、
間違いなくこの場にこの二人が対峙している事も運命と呼ぶべきであろう。 
飯田橋にあるビルの屋上、変身した涼の眼前には、炎と燃えるアギトの紋章が浮かび上がっている。
その紋章の向こうには、憎悪の炎の化身と化した凪がいる。
涼は、かつて自分の命を救ってくれた少年のアギトの力を召還し、
その凄まじい力に対抗しようとしている。
「なんだよ先輩、そのカッコ。まるで化けモンじゃねぇか…」
凪が、鋭い棘を身体のあちこちに有する涼の姿を見て、そう罵った。
「ああ…。おまえと…おんなじだ。だが、お前と違って、俺は中身は人間だがな」
凪の姿とて、怪物的な容貌である事には変わりない。
「…うるせぇ…。うぜぇんだよ…。
 いっつもいっつも見下してっ、説教臭い事ばっかり言いやがって」
凪が跳んだ。
炎の紋章を蹴り破り、一直線に涼に突っ込んでくる。
「アギトの必殺の蹴りは、一直線に飛んで来る」
涼はそれ良く知っている。真上に跳ぶ。
サッカーのボレーシュートの形で、涼の廻し蹴りが凪の顔面を襲った。
とっさに、凪は両腕を交差。
顔面すれすれで蹴りをブロック。
まともに食らっていれば、必殺の力が込められた物でなくとも、大ダメージを受けた事は間違いない。
それ程の早さと威力を持った蹴りだった。
両者、そのまま床に落ちる。
凪、痺れる腕に構わず、体当たり。
涼、3メートル程も後方に弾き飛ばされる。
そこに、凪の炎の右の拳が襲い掛かる。
これは食らうわけにはいかない。
凪の右側に回り込んでこれを避ける。
大振りのストレートの形で、右拳を放った凪、とっさに重心を戻せない。
涼が叫ぶ。
「UGUYWAAAAAA!!」
凪の脇腹は、G5ユニットの尾室と、大河によって深手を受けている。
そこに、涼の右のショートアッパーがめり込んだ。
「わあああああああっ」
激痛にのたうち回る凪。
涼が畳み掛ける。
涼の叫びと共に、涼の両肩に巻き付いている、
オレンジ色の触手状の物が二本、凪に向かって伸びて行く。
「…!!」
凪の身体は、完全に涼の触手によって拘束され、持ち上げられる。
「こ…はな…せっ…」
じたばたともがく凪。しかし、更に物凄い力が凪を締め付ける。
「ぐあっ」
涼の踵に生えている剣上の突起が大きな物へと変化する。
「凪…。下を見てみろ…」
「なに…」
そこには、G5部隊によって蹴散らされる、彼の率いる集団、
アギトフォース『N・G』の姿が見えた。
「お前がやって来た事なんて、あんなもんだ」
凪は無言だ。
「くやしいか? …それとも、人なんて、また集めればいいなんて考えているのか?
 …もしそうなら、言っといてやる。
 何度同じ事をやっても結果は同じになる。
 俺がぶっ潰してやるからだ…」
「…だまれ…」
言葉を絞り出す凪。
「じゃあ、あんたは何なんだ…?」
涼の目を見つめ、逆に問いかけてくる。
「何?」
凪が何を言いたいのか分からない涼。
「あんたこそ何様なんだ…。
 いつも、いつも頭の上から見下ろして話ししやがって…。
 一番偉そうなのはテメエじゃねえか。
 ああ、あんたはつええよ。だからあんたは特別なんだろ?
 俺達の雲の上にいる人間なんだろ!
 俺は、ただあんたの真似をしてるだけだ!」
「…なん…だと…」
思いもかけない凪の言葉にさすがの涼も困惑する。
「俺があんたより強かったら、あんたも文句はないだろおっ!」
そこに、G3-Xを装着した氷川が屋上にやってくる。
「芦原さん」
「氷川…か?」
その旧友の登場と、それまでの凪の言葉に、
かつて、自分が、氷川に何を言ったのかという記憶が蘇る。
『只の人間には、無理だ』
それは、選民意識と言うべき物ではなかったのか…?
改めて、凪の顔を見る涼。
「…こいつは…。こいつは…」
涼の動揺は、触手の力に影響を与えた。
わずかに締め付けが緩む。
その隙を、凪は見逃さなかった。
拳に炎が宿り、触手を打ち付ける。
「ぐっ…」
激痛に呻く涼。触手が外れた。
凪が逃れる。
「芦原さんっ!」
すぐさま、涼のもとに駆け寄り、GX-05を赤いアギトに向かって構える。
それを制する涼。
「手を出すなっ! 出さないでくれ!」
「あしはら…さん?」
いきなりの展開に戸惑う氷川。
「お前の手を借りたら、絶対に勝てるっ! だから…だから手を出すなっ!」
「な…何を…言って…?」
氷川がとまどう、その時、爆音が鳴り響く。
二人の会話に割ってはいったのは、アギトの力で変型し、
異能の力を得たメルセデスSL『アメイジング・ツイスター』だった。
まるで傷付いた主人を助けに来たように、自立的にそのマシンは、
垂直の壁を駆け上がり、涼と氷川を蹴散らして、凪の元にやって来た。
凪はその愛車に飛び乗ると、東京ドーム方向に向け飛び出して行く。
「凪いっ!」
涼の、やはりアギトの力で変型したバイクが駆け付ける。
即座に、バイクに跨がり凪を追う涼。
「あ、芦原さん…くっ」
氷川も、建物から降りて、二人を追い掛けるようとしたが、そこに小沢からの連絡がはいる。
「氷川君。先に北條君を回収して」
「あ、はい。でも小沢さん。芦原さんが…」
「大丈夫、すでに大勢は決しているわ。
 今や、もう、戦いはあの二人の私闘と言っても良い状態よ。
 彼らがどこで戦おうとしているかも分かっているし、
 あの二人の戦いはそんな短時間では決着は付かないわ。
 それに、あなたのバッテリーも交換しておきたいの」
「…は、はい…。分かりました」 
氷川は、北條を肩に担ぎ、G−トレーラーへと向かった。

物凄い爆音をあげながら、東京ドームへと疾走するアメイジング・ツイスター。
その背後にぴったりとつける涼のマシン。
ドームが見えた。
「Gywaaaaaa!」
涼が吠えた。
涼のバイクがそれに呼応するように跳び上がる。
凪に影がかかる。
「ちっ…!」
上空を見上げ凪が舌打ちする。
アメイジング・ツイスターの真上から襲い掛かる涼。
激突!
その一瞬前に、アメイジング・ツイスターからジャンプし、逃れる凪。
それを追って涼も跳ぶ。
横転し、ビルに飛び込み、炎上するアメイジング・ツイスター。
涼のマシンも激しく弾き飛ばされる。
余りのスピードに上手く着地できず、もんどりうって倒れる凪。
そこに涼が突っ込む。
もつれあって転がる二人。
凄まじいパワーで凪が涼を弾き飛ばす。
一回転して立ち上がる涼。
即座に構える。凪をその視界からは、決して外さない。
ゆらりと、凪も立ち上がる。
涼は、ジリジリと間合いを詰めて行く。
 
警備本部にやって来た氷川。
北條を住友に託し、G3-XType∞のバッテリーを交換する。
この間に、自身の水分補給も済ませる。
すぐに立ち上がる。
「氷川君」
小沢がやってくる。
「氷川君。芦原君を頼むわ。…彼はひょっとすると、あの子を…」
氷川がその続きを遮る。
「わかっています…」
氷川誠は、普段は温厚で、人の良い男だ。
彼の、その顔しか知らない人間が、今の氷川の顔を見れば、きっと言葉を無くすだろう。
それが、戦いに挑む時の氷川の顔だ。
たとえ自分の力の及ばない者とでも、まっ正面から立ち向かう事の出来る男の顔だ。
もし、涼が凪を止める方法を、現在一つしか持っていないのならば、彼は涼を止めなければならない。
それは、きっと氷川にしかできない。

凪が、涼の隙をついて、なんとか東京ドームに向かおうとする。
まともにやり合おうとしない凪に、後を追い掛ける涼のイライラがつのる。
「どうした凪!? 俺と決着を着けるんじゃなかったのかっ」
凪は答えない。無言で疾走する。 
舌打ちをし、涼が凪ぎに飛びかかる。
スピードでは、結局涼の方が早い。
だが、パワーで勝る凪は、それを振りほどく。
「こんな中途半端な所でいいのかよっ!」
涼を振り返り、凪が叫ぶ。
「なんだと? どう言う意味だ」
涼には、凪の言いたい事が分からない。
「その力を、見せつけたいんじゃないのか?」
「何?」
「こんな力…、他に何の役にたつって言うんだよ」
涼が凪を凝視する。
いや、目線を話す事が出来ない。  
何度も、心に浮かんだ言葉。
否定した言葉。
『俺は、強い』
『俺は異常だ』
…それを同時に、しかもっとも正しく具現化した言葉…。
「あなたも、あたしを襲ったやつと同じ…!」
かつての恋人に突き付けられた言葉。
『化け物』
やはり、凪にはわかっていたのだ。
そして、彼は自分の力を、人より優れた物として捉えようとしている。
凪が、もう目の前にある東京ドームを見て、話を続ける。
「みんな…みんな俺達が何なのか知りたいんだろう?
 だから、あそこで、馬鹿げたショーをするんだろうが。
 …みせてやろうぜ先輩。屑共がいっぱい居る前で、俺達が何なのか。
 みんなの前で殺し合いをさ。
 そうしたらどいつも納得するさ、俺達の力を。
 いままでの世界なんて、もう終わりなんだってさ。
 これからは、力がないと生きていけなる。人間の時代は終わりだ。
 俺達の時代に変わるんだ」
だが、その方法を涼は認める訳にはいかない。特に、最後の一言を。
「俺は、人間だ…。どんな身体になっても…。お前もだ」
いや、凪がそのような考えを持っているからこそ、
涼は、凪を止めなければならないと思った。
「あそこには、行かせない。お前を殺してもな」 
改めて、凪と向き合う涼。間合いをつめる。
「さすがだねぇ、先輩…。かっこいいねぇ…」
クスクス笑う凪。
その笑いが、涼の神経を逆撫でる。
「凪っ…!」
「分かったよ…」
凪に襲い掛かる涼。
しかし、その拳も、蹴りも、今までのように凪を捕らえない。
「分かっちゃったよ…」
「何!?」
「先輩に勝てるやり方…」
凪が、顔の前で両手をクロスさせる。
そして。
「あんたを本気で殺したいと思うだけで良かったんだっ!」
両手で、ベルトの腰のボタンを左右同時に押す。
凪のベルトから、黒い光が発せられる。
凪の姿が変わった。
その姿は、芦原涼、氷川誠の友、津上翔一が、
アギトとして最後になった姿に酷似していた。
違いは一つ。
津上翔一の、変身した姿を「シャイニング・フォーム」と呼ぶなら、
それのその白銀である部分と、その目の部分が、漆黒になっている事だった。
違いを説明する為に、仮に名をつけるなら
「ダークネス・フォーム」とでもするべきであろうか。
涼は叫んだ。
そして、凪に突っ込んで行く。
その攻撃はことごとく当たらない。
何ごともないように、涼の猛攻をかわす凪。
凪のベルト部分から、二つの光が飛び出す。
それは回転し、やがて、暗黒の曲刀と化した。
それを中央で二分割する凪。
涼も、その両腕から生えている、クロウで対抗する。
だが、数度斬り結んだ後、涼の脇腹を凪の曲刀が捉える。
「うぐっぅっ!」
涼が崩れ落ちる。
『なんて早さだ…。』
涼の優位だった早さをも、凪は手に入れた。
「もう終わりか。残念だよ。
 あんたの首は、もっと沢山の見物人の前で落としたかった」 
凪、涼へのとどめの一撃をいま振り下ろさんとする。
だが、爆音と共に地面に着弾したガトリング弾が二人を分ける。
「何…」
凪が、その銃弾が発射された方向を見る。
そこには、ガードチェイサーに跨がったG3-XType∞、
氷川誠が、GX-05を構えていた。
「まだ、終わらせない」
「仕事熱心な野郎だ…」
呆れたように凪が呟く。
「邪魔なんだよっ!」
氷川に襲い掛からんとする凪。
しかし、凪が動くより一瞬早く、氷川がGX-05のトリガーを引く。
もろに銃弾を胸に受ける凪。
もんどりうって倒れる。
「ぐっ…がっ」
最強ともいえる形態に変化した凪といえ、
GX-05をマトモに食らったのではただでは済まない。
大きな傷にはなっていないが、地面でのたうち回って痛みと戦う凪。
いや、これが致命傷にならない事の方がむしろ脅威的とも言える。 
打撲までのダメージしか与えていない以上、
痛みが治まれば凪はすぐに起き上がってくるだろう。
その隙に涼に駆け寄る氷川。
それを拒否する涼。
「手を…だすなと言ったはずだ…」
「いい加減にしてくださいっ!」
氷川が叫んだ。
「あなたが…あの子の力を増やしてしているんだ…」
目を見開く涼。
「なんだと…?」
「あなたも、あの子と同じだ…。力に逃げているんだっ」
「力…?」
「そんなのは、強さじゃないっ!」
氷川をはね除ける涼。
「何を言っているか、分からないな」
凪に向かう涼。
凪も、ようやく立ち上がり、曲刀を構える。
「芦原さん、あなたはこの戦いの後に何の夢があるんですかっ」
氷川が叫ぶ。
「そんな物はない」
涼の答えは素っ気無い。
「夢などなくても生きていける!」
涼の声も怒声となる。
「嘘だっ。あなたは夢を、なんでもかんでも津上さんに押し付けているっ!」
その言葉に涼が思わず、氷川に向きなおす。
凪が、その隙を突いて涼に襲い掛かる。
だが、氷川が突進。高周波振動ナイフGK-06を引き抜き、凪の曲刀を受ける。
凪のイライラが頂点に達する。
「うぜえぞ、てめえっ!」
氷川の腹に、蹴りを入れる凪。
氷川が吹っ飛ぶ。
間髪入れず涼が凪に拳を見舞う。
「ああ、うざったいな、凪。だからもう、終わらせる」
「ほお、俺を殺せるかい?」
「いや、お前を殺すのは止めだ。
 それじゃあ、お前と同じだからな。…氷川っ!」
「はいっ!」
氷川がGXランチャーを用意している。
「なにっ!」 
涼が離れる。
GXランチャー発射。
それは、正確に凪の曲刀に命中した。
同時に、涼は跳んでいた。
両足の踵の巨大な爪で曲刀を貫く。
そこからバック転。
曲刀が爆発する。
弾き飛ばされる凪。
さらに氷川が凪にGX-05を打ち込む。
再び涼が跳ぶ。
踵落しの要領で凪の頭上から襲い掛かる。
恐怖に襲われる凪。絶叫。
「見ろ、凪っ! これがお前のしようとしていた事だっ!!」 
涼、そう叫ぶと、踵落しが当たる瞬間に真島の力を放した。
通常の変身の姿での踵落とし。
今の姿の凪には致命傷にはなるまい。
凪の肩口にヒット。
涼、バック転。
凪の胸に蹴りがはいる。
凪が崩れ落ちる。
そして、そのまま変身が解けた。
涼が、その顔を見つめる。
氷川が駆け寄る。
「芦原さん…」
「氷川…。お前の言う通りだ。
 …こいつは、俺だ。俺の影だ…。
 俺達は孤独だ。誰にも愛される資格もなく、誰も愛する資格もない。
 こいつは、それを力で支配する事で埋めようとした。
 俺は、人を遠ざける事で諦めようとした」
「芦原さん。でも、僕達には絆があった。
 津上さんが、『アギトの会』なんて言い方をした絆が…」
涼は、氷川に目を合わせなかった。
ただ、
「そうだな」とだけ言った。
凪達が捕まり、取りあえずのアギト騒ぎは収束した。
しかし、これは始まりに過ぎない。

小沢が涼に会いに来た。氷川もいる。
「芦原君、お疲れさま」
「別にあんたに頼まれてやったわけじゃない」
「…まったく、相変わらずねぇ。
 あ、そうそう、あなたに頼まれた、例のボランティア団体、
 代表をあなたにしといたから、よろしくね」
「な、なんだとぉ?」
涼が文句を言う。
「勝手な事を…」
「あなた以上の適任はいないと思うけど?」
氷川が重ねる。
「僕も忙しいし、津上さんも忙しいし」
「…勝手な事を…!」
吐き捨てるように、涼は言った。
小沢がとどめを刺す。
「こうでもしないと、また逃げるでしょ」
「俺は逃げたりはしない…。…くっ! …勝手にしろっ!」

年が開け、春がその顔を見せようとする頃となった。
しかしいまだ、凪は拘置所で反省の色を見せていないという。
そこに涼が面会に訪れた。
「元気そうだな」
厳重な警戒のもと、涼の前に現れた凪。
涼を見、意外な程うれしそうな笑顔。
「あんたもね」
「相変わらず、暴れているそうじゃないか。出られなくなるぞ」
「まあね。どうせ外に出たって暴れる事しか、俺にはもう出来ないし、別にいいさ。
 …それより、あんたの理想論の方はどうだい?」
「ぼちぼちだ。だが、そのうちいい土産を持って来てやるよ。
 外でできることなんて幾らでもあるって事を証明してやる。だから、待っていろ」
「期待はしないよ。可哀想だから」
「お前との戦いは、まだ終わっていないという事だな」
「もちろんさ」
楽しかった。そう告げて凪は独房へと帰って行く。
涼は、その後ろ姿を黙って見送った。
時代は変わるが、人は変われない。
神に、力を与えられたところで、その心は変わる事がない。
強い部分と弱い部分を内包し、それでも生きて行かねばならない。
先人の犯した、過ちをなぞりながらも、きっと、より良く変われると信じて…。 

そして、時は流れ…。
芦原涼は、3年前まで勤めていたバイク屋に久し振りに顔を出した。
彼は今では有名人である。
「いよお、涼」
おやじさんは、変わらず迎えてくれる。
「ちはっす。芦原さん」
「こんにちはっ」
若いアギト達が働いている。
「俺達、今度、鈴鹿の4耐に出るんすよ。
 でもね、なんか、変身したら失格とか言い出しやがって…」
そんなふうに涼を慕う若いアギトの中には、
かつて、『N・G』に所属していた者もいると言う。

戦いは終わっていない。凪のような連中は次から次へと現れる。
アギトへの偏見も、恐れも無くならない。
だから、涼は戦う。
アギトが人間であると証明する為に。
そしてその戦いは、もう、薄汚くはない。

<戻る