仮面ライダーLEGEND Episode0      「激戦の後」





 俺がたどり着いたとき、五代雄介と未確認生命体第0号は雪原の中、互いに大の字になって倒れていた。
 彼等の周りには、激戦を物語るかのように真っ赤な鮮血が飛び散っていた。
 俺は、叫んだ。心から叫んだ。
 自らを犠牲にし、人々の笑顔を守るために戦った1人の男の名を。
「五代ーーーーーーーーーー!!」








   仮面ライダーLEGEND Episode0
                             「激戦の後」








 ここは吹雪吹き荒れる長野県、九郎ヶ岳。俺と五代は第0号を追って、ここまで来た。
 数日前、クウガは負けた。金の力をもっても0号には敵わなかった。
 0号はさらに人々を殺していった。まるでゲームを楽しむ子どものように、死に恐怖しのたうち回る人々を楽しむかのように・・・。
 ニュースで殺された人の名がテロップで流れる度、俺は自分の無力さを呪った。クウガが破れた今、人類は0号に滅びるしかないのか・・・。
 その時、意を決した五代が言った。
「俺、凄まじき戦士になります。」
 俺にはどうしようもなかった。
 0号に対抗できる手段はこれしか無いのだから。




「五代!! しっかりしろ!!」
 俺は雪に足を取られながら、五代の元に急いだ。五代は倒れたままピクリとも動かない。
「しっかりしろ、五代!! 目を開けろ!!」
 俺は五代を抱き起こし、何度も名を呼んだ。しかし五代は全く動かない。
 嫌な予感がした。
 俺は五代の口に手を当ててみた。
 息が無かった。
 血の気が引いていくのが自分でも解った。
 次に五代の胸に耳を当ててみた。
 鼓動がない・・・。
 五代が・・・、死んだ・・・?
「そんな・・・、目を覚ませ、しっかりしろ、五代!!」
 俺は何度も何度も五代の頬を叩き、呼びかけた。しかし、それでも五代は目を開かなかった。まるで静かに眠るように。
「五代・・・、目を開けてくれ・・・。お前には、たくさんの人がお前の帰りを待ってるいるんだ。だから、死ぬな、死なないでくれ・・・。」
 俺はすがるように横たわる五代の亡骸に泣き崩れた。
 俺の脳裏に数々の思い出が甦ってきた。




―――――こんな奴のために、これ以上みんなの涙を見たくない! みんなに笑顔でいてほしいから! だから、見ててください、俺の、変身!!
――――― 一条さん、俺もすみません。バイク壊れちゃったんです。
――――― 一条さん、とにかく奴等を追います。
―――――俺、良かったと思ってます。・・・だって、一条さんに会えたから。




 なぜこの男が死ななければならなかったのか。
 これが自らを犠牲にし、人々の笑顔のために戦い続けた男の末路なのか?
 俺は初めて『神』を呪った。
 と、その時だった。
 俺の後ろに気配を感じた。
 この雪原の中にいるのは、俺と五代とあと1人・・・。
 俺は再び血の気が引いていくのを感じた。
 震えながら後ろを振り返ると、やはりあの男がいた。
 白いシャツを血で真っ赤に染め、俺達を蔑むように見下ろす未確認生命体第0号が。
 0号への恐怖に支配されていく中、俺の心の中にふつふつと怒りの念が湧いてくるのを感じた。
 なぜ、この男が・・・?
 なぜ、人々のために戦った五代が死んで、己の快楽を満たすために人々を殺していったこの男が生きているのか。
 俺はすぐさま懐にある神経断裂弾の入った拳銃を抜き、0号に向けた。
 だが、0号はそれを蹴飛ばすと、俺の首を掴み持ち上げた。
「ぐ、ぐああああ・・・。」
「・・・・・・・・・。」
 俺の心はみるみる恐怖へと支配されていった。
 殺される・・・。
 俺は死を覚悟した。
 だが、その時、0号は思いもかけない言葉を口にした。
「なんで・・・?」
「・・・・・・!?」
「なんでこいつは泣いてたんだ?」
「・・・・・・・・・。」
 口から血を流しながら一つ一つの言葉を噛みしめるように話す0号。
 五代が泣いた?
 そう言えば五代の顔にはうっすらと涙のあとがある。
 なぜ五代は泣きながら戦っていたのだろうか。
 それは俺にも解らなかった。
 だが、その時だった。
「・・・・・・それは、俺がお前と戦ったから。」
「!!」
「五代!?」
 五代が甦った。
 いや、眠りから覚めたというのが正しいのかもしれない。
「俺は戦うのがいやだ。」
「なんで? どうして? こんなに楽しいじゃない。」
「楽しい? これがか?」
 五代はよろめきながら立ち上がると0号に殴りかかった。だが、五代には力がなかった。0号の頬に当たったパンチは力無くペコッと鳴るだけ。
「・・・・・・・・・。」
「痛いだろう。痛いだろう。」
「五代・・・。」
「これが楽しいか? 自分よりも強い奴に殴られて楽しいか? 楽しいわけないじゃないか・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「俺はいつも泣きながら戦ってきた。悲しくて、辛くて、せつなくて・・・。それでもお前達は人を殺すから・・・。」
「五代・・・。」
 知らなかった。戦い終わるといつも笑顔でサムズアップするから。俺はそんなことに気がつかなかった自分を情けなく思った。
「暴力は暴力しか生まない。暴力は悲しみしか生まない。暴力から『笑顔』は絶対に生まれないんだ!」
 俺はここで五代のことをようやく解ったような気がした。暴力が嫌いで、でも人を守るために変身して戦って、それでも自分が嫌っていた暴力で人を殺していく未確認生命体と同じことをしている自分が嫌で。でもそれでも戦って・・・。いつもあの仮面の奥には涙で満たされていた。
 何を思ったか、五代が突然0号を抱きしめた。思いもしない行動に俺も驚いたが、五代の瞳から再び涙が零れ落ちた。
「できれば、お前とも戦いたくなかった・・・。」
 五代はやさしいヤツだ。こんな奴にまでそんなことを言うなんて・・・。そんな優しいヤツを俺は、俺達は、戦いに駆り立てていたんだ。きっとお前は笑顔で「大丈夫」とか言うだろうな。でも俺は、俺達は最後までお前に頼りきってしまったんだな。結局何もしてやることはできなかったな。すまない、五代・・・。
「わからない・・・。そんなのわからないよ・・・。・・・きもち、わるい・・・。」
 そう呟いて0号は崩れ落ち、二度と起き上がることはなかった。
 吹き荒ぶ九郎ヶ岳。雪原に立ち尽くす俺達二人。
 0号の瞳から涙が零れ落ちたのを、俺は見逃さなかった。








「思えば・・・、可哀想な奴だったのかもしれませんね。」
「・・・そうだな。」
 俺達二人とも無言でバイクのもとに戻ったとき、五代がふと口を開いた。おそらく0号の涙を五代も見たのだろう。
「『聖なる泉』が枯れたんですよ。もし、そう、ほんの水たまり程度でもいい、少しでも残っていれば、きっとこんな悲しいことは起きなかったと思うんです。」
「・・・そうだな。だがな、五代。それはお前にもいれることだ。」
 五代が目を丸くして俺の顔を見つめる。俺は一つずつ言葉をつむいでいく。
「やはり俺はお前に闘わせるべきではなかった。おまえのような優しいヤツが、戦うことはなかったんだ。」
「そんなこと・・・。」
「B−1号が『リントはやがて我等と等しくなる』と言っていた。・・・そうかもしれん。近い将来、俺たち人間も未確認生命体のような恐ろしい罪を犯すかもしれない。だからこそ、お前のようなヤツが必要なんだ。優しいヤツが。なのに俺は、お前を戦わせてしまった。お前の『泉』を枯れさせたのは、俺かもしれない。五代、すまない・・・。そして、ありがとう。」
 俺は言わずにはいられなかった。好きだった冒険を後回しにしてまでみんなのために戦ってくれた五代へ謝罪と感謝を。俺は深く頭を下げた。すると五代は静かに語りだした。
「うぬぼれるわけじゃないですけど、きっと、俺がクウガになることは、最初から決まっていたように思えるんです。」
「・・・・・・・・・。」
「きっと先代のクウガは、俺なら最後まで闘いぬけるって、みんなを守ることが出来るって、そう思って俺に託したんだと思います。」
「・・・・・・・・・。」
「もちろん、皆さんがいてくれたから、俺は最後まで闘い抜けたんですけど・・・。」
「・・・そうだな。」
 たしかにそうかもしれん。「聖なる泉」、優しい心があったからこそ五代はクウガになれた。戦い抜けた。だが、
「・・・・・・伝説は、塗り替える、モノ・・・。」
「え?」
「いや、なんでもない。」
 きっと先代のクウガはここまで予測できなかっただろう。
 本当ならば0号と等しくなるはずだった五代が、いつもとなんら変わらぬ姿でここにいる。五代の泉は完全に枯れ果ててはいない。五代の心はまだ清い。
 伝説は、塗り替えられた。
 俺はそう、信じたい。








 俺と五代のバイクが併走する。九郎ヶ岳に来たときと同じように、来た道を今2人で戻っている。
 ここに来るまで2人で帰れる、それを信じていた。だが最悪の方が大きかった。
 これほど嬉しいことはない。
 だが、別れは訪れた。
 道が二手に分かれてた。一方は東京、俺たちが来た道。もう片方は・・・。
「一条さん、ここでお別れです。」
「そうか・・・。」
 俺はバイクを止めた。俺は五代のほうを見ると、ヘルメットを脱いだ五代が寂しそうに笑っていた。
 わかっていた。五代はきっと、戦いが終わったらその足で冒険に出ることを。
「どこに、行くつもりだ?」
「わかりません。でも・・・。」
「でも・・・?」
「青空が、雲一つない青空が見られるところへ、行ってみたいです。」
「そうか・・・。」
 青空。雲一つない無限に広がる青空。五代雄介によく似合う。
 願わくは、この戦いで傷ついた五代の心が、少しでも癒されれば、と俺は強く願った。
 その時、これまで厚い雲におおわれていた空から光が射した。厚い雲が切れ、所々で「天国の階段」と言われる日の光が射しこむその様子は、これまで未確認生命体事件で混沌と混乱に満ち溢れていた世界の終わりを示しているように思えた。その幻想的な風景に、俺と五代はしばし見とれていた。
 そして、
「一条さん、俺、そろそろ行きます。」
「そうか・・・。」
 五代はヘルメットをかぶり直すと、再びバイクへと跨った。
「気を、つけてな。」
「はい。もし・・・。」
「?」
「もし、また何かあったら、俺を呼んでください。俺、地球の裏側からでも駆けつけますから。」
「・・・いや、君はもう戦わなくてもいい。君は好きな冒険を続けているほうがよく似合う。」
「でも俺、『クウガ』ですから。また何かあったら、戦います。・・・でも、しばらくは戦いのことを忘れたいです。・・・これが俺の本音ですけどね。」
「そうだな。・・・もし君が帰ってきたとき、戦い必要のない平和な日本になっているよう、俺も、がんばるよ。」
「はい! それじゃあ、いってきます。」
「五代、警察を代表して、そして、一条薫個人として例を言う。ありがとう!」
 俺は力強く親指を立てた。そして五代も目を細め、親指を立てた。
 サムズアップ。古代ローマで満足できる、納得できる行動をした者にだけ与えられる仕草。俺たちは戦い抜いた。凄惨な戦いに心を痛め傷つきながらも、俺たちはやりきった。だから、今なら迷うことなく示せるだろう、この仕草を。五代、お前も同じだろう。




 走り去っていく五代の後ろ姿。光に包まれながら走り去っていく五代雄介。いつの日か、平和な世での再会を信じて俺は、その姿が見えなくなるまでその姿を見送った。








 あれから2年の月日が流れた。








 俺は長野に戻り、事件の前と同じ生活に戻った。
 あの頃と変わらず、現場に立ち、捜査し、書類に追われる日々。
 2年前と唯一変わったことといえば、俺が警部に昇進したこと。
 そして、目を覆いたくなるような凄惨な事件が増えたこと・・・。
 年々低年齢、増加の一途をたどる少年犯罪、己の肉親を手に掛ける殺人事件、なんら罪の意識を感じることなく人を殺める愚者、そしてアメリカ同時多発テロから始まった争いの数々・・・。
 「リントはやがて我等と等しくなる」。B−1号のこの言葉を思い出さずにはいられない。
 今の俺たちは、未確認生命体と同じ存在、いや、それ以上なのかもしれない。
 仕事上、俺も凶悪事件に立ち会うときがある。
 取調べの際、俺は未確認生命体事件、五代雄介の話を目の前にいる男に話した。
 だが彼から出た言葉は、
「だから、何?」
 俺は、彼の姿が未確認生命体の姿とだぶった。
 すでに未確認生命体事件は過去の事件として忘れ去られようとしている。
 そしてそれと入れ替わるように起こる俺たち人間の凶悪で凄惨な事件。
 俺はそれがたまらなく寂しく、悲しい。
 そんな中、俺の元に驚くべき知らせが飛び込んできた。




 未確認生命体、再び出現。




 その知らせを聞いてまもなく、俺に再び本庁への転属の令が出た。




 俺の本庁配属最初の仕事はある人物の護衛。
 とは言っても、聞いた話では必要ないのかもしれない。
 何故なら、25年前に世界征服を目論む秘密結社「ショッカー」と戦った戦士達だからだ。
 そう、まるで五代雄介のように。
 そして彼等から聞かされたのは、その「ショッカー」が復活し不穏な動きをしているらしい。
 新たな未確認生命体、そして「ショッカー」の復活・・・。
 時代は、再び五代雄介を必要としていた・・・。








 俺は悩んだ。五代を日本に呼び戻すべきかを。
 あれほど平和な世での再会を心に決めていたのに。
 そのためにがんばる、と息巻いてたのに。
 再び五代を戦わせようとしている。五代の心を傷つけようとしている。
 だがその時、あの2人、本郷猛さんと一文字隼人さんの言葉を思い出される。
「俺たちも同じさ。できることなら、拳は振るいたくないさ。」
「だが誰かがやらねばならん時がある。誰かがすべてを背負い拳を握り締めねばならんときがある。もし、五代が苦しいのならば。」
「俺たちもその苦しみを分かち合おう。仲間として、友として、そして同志として。」
 そうだ。
 五代、俺はまたお前を戦いにかり出そうとしている。許してくれ。
 だが俺も分かち合う。お前の苦しみ、痛みを俺も彼らと共に分かち合おう。
 だから・・・・・・。




「五代か? 実は急で悪いのだが、頼みたいことがあるんだ。日本に帰ってきてもらいたいんだ。」




 また、共に戦おう。

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