第5話:神の領域 「南さん、東京へ行きましょう。」 「・・・はい!」 雄介と一条が沖縄で光太郎を仲間にしたちょうどその頃、 本郷と滝はアメリカ、フロリダ州のハイウェイを走っていた。 本郷のバイクが先行し、その後を追うように滝のバイクが走っていた。 滝は先行する本郷のバイクのテールランプを見つめながら、一人考え込んでいた。 (あいつがあんなに取り乱すなんて、あいつ一体、『あの場所』で何があったんだ?) 「滝! なにモタモタしてるんだ! 置いていくぞ!」 「わーってるよ。ったく、そう急かすなっての。」 本郷のバイクがスピードを上げると、 滝の大型バイクも轟音を響かせ本郷の後へと続いた。 本来、Xとコンタクトを取るために室戸海洋研究所へ向かったはずの2人がなぜ、 アメリカにいるのか。それはまだ、雄介と一条が沖縄にたどり着いた前日にさかのぼる。 雄介と一条が沖縄に出発する1日早く出発したため、 本郷と滝の2人は一足早く四国、高知県室戸に到着していた。 彼等が向かっている室戸海洋研究所は、 その名の通り室戸岬近くにある海について様々な研究を行う研究所で、 そこから発表される数々の研究結果によって、世界的に有名な場所である。 一時期ブームになった「海洋深層水」もこの付近で収集される。 神敬介はそこの研究員として働いている。 本郷と滝は、飛行機から降りると休むことなく海洋研究所へ向けてバイクを走らせた。 時折、南国高知の暖かい風が二人の体を包み込んだ。 おそらくかの英雄、坂本竜馬が嗅いだであろう磯の香りもした。 そんな心地いい風の中数時間。 二人は室戸海洋研究所にたどり着いた。 早速二人は敬介を訪ねたが、敬介はここにはいなかった。 聞けば敬介は、以前よりアメリカの海洋研究所に海底調査依頼をしていたが、 ようやく許可が下りたため、つい2日前アメリカに飛び、帰国日は未定だという。 Xは本来、深海開発用改造人間カイゾークを元にしていたため、 その能力を使い頻繁に海底調査へと出かけているという。 最近ではある沈没船の引き上げ作業の手助けをした。 「どうする本郷。」 「やつらが動き出した後では遅い。直接行くしかないだろう。」 「かぁー、アメリカに戻るのかよ。めんどくせえなぁ。」 とは言うものの、敬介の居場所を聞くところは、さすがはFBI捜査官である。 「それで、敬介って奴が何処に行ったか知ってるか?」 「ええ、たしか・・・、『バミューダ海域』だと言ってました。」 「何!? バミューダ海域だと!?」 突然隣で聞いていた本郷が大声を上げ、対応している研究員に掴みかかった。 「本当なのか? それは本当なのか!?」 「は、はい、たしかに神さんはそんなことを言っていました・・・。」 「なぜだ! なぜ止めなかった!!」 「お、おい、本郷、何やってんだ、おめーわよ!」 普段は見せることの無い表情で詰め寄る本郷に滝は、 羽交い締めにし、力ずくで引き離した。 すると本郷はそれをはずし、今度は滝の胸ぐらを掴んだ。 「滝、今すぐアメリカ行きのチケットを取るんだ! キャンセル待ちでも何でもいい! とにかく早く取るんだ!! 早く!!」 「いいかげんにしろよ! 何そんなに取り乱してるんだよ。お前らしくないぞ。」 「・・・すまん。」 滝に怒鳴られ、冷静を取り戻した本郷は静かに滝の襟元から手を外した。 「一体どうしたんだ? 何をそんなにあわててるんだ?」 「・・・話は後でする。 とにかく今すぐにアメリカに行かなければ、 今すぐ調査を中止せねば、みんな殺されてしまう!!」 「殺される!? そりゃ一体どういうことだ!」 「後で話す。とにかく今すぐアメリカ行きのチケットを取らなければ!」 「わかった。なんとかしてみる。」 滝は意味も解らぬまま、最も近く国際線がある空港、関西国際空港へ連絡をとった。 ちょうど次の日の便にキャンセルがあり、二人はすぐさま関西国際空港へと向かった。 月日は戻り、アメリカ。 本郷と滝が敬介の元に向かっているとき、敬介はすでに海に出ていた。 向かうところはもちろん、バミューダ海域。 空は晴天、風は無く、波はおだやかとまるで嵐の前を予感させるようなほど 不気味な海を調査船は海水を切って進んでいた。 クルーは敬介以外は全員アメリカ人。近付きつつあるバミューダ海域に向け、 機材の用意で英語が飛び交う中、敬介は船の先頭に片足を乗せ、遙か彼方を見つめていた。 バミューダ海域とはフロリダのほぼ南東に位置する海域。 この海域が一躍有名になったのは船や飛行機の謎の消失事件である。 特にフロリダ半島、バミューダ諸島、プエルトリコを結んだ三角形、 俗に言う『バミューダトライアングル』と呼ばれる場所での消失事件が多数報告されている。 転覆、墜落の形跡を残さないまま船や飛行機が消えるという この不可解な事件に多くの科学者が様々な説を唱えた。 暴風雨などの自然現象説、宇宙人による誘拐説、電磁波説などが上げられたが、 いずれも全く根拠が無く、長い間謎とされてきた。だが、 (今日、その謎がすべて解ける。俺はそのためにここに来た。) 一人意欲を燃やす敬介。 その時、クルーの一人が敬介を呼んだ。 これから今回の調査の確認を行うらしく、敬介は船内へと戻った。 船内の会議室には敬介の他にアメリカの海洋研究所の教授とその助手、 そしてこの船の船長と副船長が集まっていた。 机の上にはバミューダ海域周辺の海洋図が置かれ、 バミューダトライアングルの二つの島や半島は赤鉛筆で結ばれていた。 「あと数分でここの目標地点に到着します。」 立派な髭をたくわえた船長がそう言うと、 フロリダ半島とプエルトリコを結んだ赤線の外側にある×印に船の模型を置いた。 「我々はここで待機、 あとは神教授がこの三角形の中に入り調査をしてくるということでよろしいですな。」 「ええ、よろしくおねがいします。」 「しかし本当に我々は行かなくてもいいんですか?」 小さな丸いメガネをかけた20歳後半の助手が敬介に尋ねた。 「私はUFOだとかの超状現象は信じないたちなんでね。」 「俺もそういうものはあまり信じてないが、ここは何が起こるか正直わからん。 俺はともかく、あなた達を危険にさらすわけにはいかない。」 「たしかに、海は女性のように気まぐれだ。我々に牙を向くこともありえる。」 ブロンズの髪にポツポツと白髪が混じった頭をした初老の教授が納得したように静かに答えた。 「だが、君一人だけをこの中へ行かせるのは気が引けるな。」 船長は地図の三角形を指でなぞりながら言った。 やはり海の男として、みすみす危険な場所へ行かせるのは気が引けるのだろう。 「気持ちはうれしいですが、今まで不可解な事件が多い場所なんです。 元々、俺が無理なお願いでここに来ることになったんです。 危険な目に合うのは俺一人で十分です。 これから先は俺一人で行きますが、 もし連絡が途絶えたりしたらその時は、俺にかまわずここから逃げてください。」 「・・・わかった、言うとおりにしよう。」 船長は納得がいかないながらも、承諾した。 その時、船の汽笛が鳴った。 どうやら目標地点へ到着したようだ。 碇が降ろされ、船はその地点で固定された。 敬介と船内にいた4人は船後部の甲板にいた。 そこにはカタパルトに固定されたXのマシン、クルーザーがあった。 このマシンは全ライダーマシンで唯一の水陸両用の万能マシンである。 これから敬介はこれに乗って調査に行く。 敬介は4人から一、二歩前に出ると、両手を空に向けて振り上げた。 「大・変・身!!」 かけ声とともに敬介の姿は変わり、 仮面が左、右と装着され、最後にパーフェクターが口に装着された。 写真ではこの姿を何度も見たことのある彼らも 目の前で敬介の姿が変わったのには驚きを隠せないようだ。 「では、行ってきます。」 Xはマイクロカメラ付きのインカムをつけると、クルーザーへと跨った。 「あとはたのんだぞ。」 船長が言うとXは強く頷き、クルーザーを起動させた。 カタパルトから発射されたXはしばらく海面を滑るように滑空した後、 着水し海の中へと消えていった。 海の中は神秘の世界だった。 一面真っ青な世界が広がり、 上の海面は太陽光と波によってキラキラと輝きながら揺れていた。 敬介はこんな風景が好きだった。 ずっと見ていたかったが、そうも言っていられない。 Xは気を引き締め、クルーザーのスロットルを絞った。 排気口から吹き出ている水流が強さを増し、クルーザーのスピードが上がった。 『もうすぐ三角形の中です。』 インカムから教授の声が聞こえてきた。 船ではXのインカムのカメラとクルーザーのあちこちに取り付けられた カメラの映像を皆、凝視していた。 「了解、調査を始めます。」 Xはそう答えると領域内へと入っていった。 静かな海だった。 魚など海の生物が全く生息しておらず、 どこかに悪魔が息を潜めてこちらを探っているかのような静寂の世界だった。 (この海は、死んでいる・・・。) まるで生きることを放棄したかのように静まり返るこの海に、 Xはこれまで潜ってきたどの深海よりも冷たさを感じた。 「・・・もう少し奥へ行ってみるか。」 Xはスロットルをひねり、領域のさらに奥へと進んでいった。 Xがこの海の異変に気付いたのはそれからしばらく経ってからのことだった。 この海域にあるべきはずのモノが一つもないのだ。それは、 「・・・ない、残骸が一つもない・・・。」 もし飛行機や船がこの海域で墜落、転覆したのならば、機体の残骸が横たわっているはずである。 しかし、海底にはそんなものは一つもなく、 ただ、段々畑のように波打っている砂が敷き詰められているだけであった。 Xはクルーザーを止め、砂の上に降り立った。 そして両手で砂をすくい上げた。それは砂鉄だった。 (砂鉄・・・? なぜこんな所に?) それからXはあちらこちらの砂を調べ始めた。 だが、それらはすべて、砂鉄、いや、正確には鉄分を多く含んだ砂だった。 なぜこの海底にそのようなものがあるのか解らない、 いや、Xは何となく予想はついていた。 だが、それはあまりにも非科学的なものだった。 この砂は・・・。 とりあえず砂を回収し再びクルーザーを発進させたとき、 Xの視線の先にあるものが飛び込んできた。 「・・・なんだ、あれは?」 それは真横真っ直ぐに裂けている100mほどの巨大なクレバスだった。 クレバスは大きく深く裂け、近付いたXさえも飲み込まんばかりに口を開けていた。 Xはサーチライトを照らしたが、底はそうとう深く、光が届かなかった。 (車一台くらいは入りそうだな。) 敬介の研究心が燃えた。 ここまで来た以上、やることは一つしかない。 Xはクルーザーに跨り、発進させようとした。 その時、通信が入った。 船に残っている教授からだった。 『神君、これ以上は危険だ。帰還してくれ。』 「しかし教授、もしかしたらここに謎を解く鍵があるかもしれないんですよ。」 『わかってる。だが、嫌な予感がするんだ。』 「大丈夫です。こちらの方も、危険を感じたらすぐに退却しますんで。」 『しかし・・・。』 「教授、俺のわがままです。俺はどうしても謎を解きたいんです。 お願いです、行かせて下さい。」 『むぅ・・・。わかった。』 危機感も研究心には勝らなかった。口ごもりながらも教授は敬介の要求を受け入れた。 「・・・ありがとうございます。」 敬介は静かに頭を下げた。 だが、この敬介のわがままがこの後、悲劇を呼ぶとは、当の本人でさえも知る由もない。 クルーザーは静かにクレバスの中へと降りていった。 クレバスは底へ行く度に逆錘(すい)のように広くなり、光は遮られ、 ついにはクルーザーのあちらこちらに取り付けられたサーチライトだけが硬い岩肌を照らしていた。 相変わらず異形な深海魚すらいない。 まるで地獄に堕ちていくような感覚にとらわれた。 どれだけ底へ降りていったのだろうか。 なかなか底へ着かないうえ、暗黒と無音の世界に徐々に恐怖が生まれてきたその時だった。 潮の流れが変わった。 「!?」 まるで突風が吹き荒れたように煽られるX。 すぐさま体勢を立て直し、サーチライトを手に辺りを見回した。 深海では潮の流れというのが僅かしかない。 そのため、急に潮の流れが変わることはありえない。 何かがいるはず。 だが、いくら探しても姿はおろか、気配すら感じることはできなかった。 「・・・・・・。」 そのうち、これは自分の思いこみではないか、と思うようになった。 長い間暗闇の中にいたため、平行感覚が狂い潮を受けたような錯覚を覚えただけではないか、と。 身の危険を感じたXはいったん明るい場所へ出ようとサーチライトを納め、 クルーザーのスロットルを握った。その時だった。 オオオオオオオオオオオオオ・・・・ 「!?」 突然腹に響くような低いうめき声のような音が聞こえた。 Xはすぐさまサーチライトを手に取り再び辺りを見回した。 うめき声はするがやはり姿はなかった。 「・・・・・ぜ・・こに・・・んが・・いる。」 「!!?」 今度は声が聞こえた。 途切れ途切れだが幻聴ではない。 間違いなくこの耳で聞いた。 恐ろしいくらい低く重い声を。 「・・・ちぃ、くそっ!」 Xとクルーザーは海底へ向かって急降下した。 降下しながらXは声の主を捜した。 「誰だ! 誰かいるのか!」 海底へ向かえば向かうほど何者かの気配が強くなっていった。 そして謎の声も徐々に鮮明に聞こえるようになってきた。 「なぜ・・・人間が・・・ここにいる・・・。」 明らかに何かがいる。Xはそう感じていた。 だが、その時、一直線に底へ向かっていたXの前方に海底が見えてきた。 急いで状態を起こし、スピードを落とそうとしたが、 クルーザーは止まることが出来ず、海底へと激突した。 暗黒の海底に柔らかい砂が水中に舞った。 「うう・・・、くっ・・・。」 舞った砂が再び海底へ戻り始めたとき、Xはゆっくりと身を起こした。 降り積もった柔らかい砂がクッションになったため、Xは無事だった。 虚ろだった頭が徐々に鮮明になってくると、Xは隣に横たわるクルーザーを起こした。 「!?」 その時、真っ直ぐに延びたクルーザーのヘッドライトの先に信じられないものが映し出された。 「そんなバカな。こんな深海に、人が・・・?」 驚愕した。 ライトの先には人間がいた。ただの人間ではない。 ウェットスーツどころか、酸素ボンベすら背負っていない生身の人間がそこにいた。 エメラルドグリーンの長い髪が水中に漂い、装飾か刺繍がところどころされた服を着、 そしてなぜか両手足に重そうな枷(かせ)を付けられ禅を組んでいた。 「お前は、一体、何者なんだ・・・。」 その男はXに気がつくと静かに瞳を開いた。 「・・・なぜ人間がここにいる。」 「・・・は?」 「なぜ人間がここにいる。」 「お前こそ何者だ。生身の人間が生きていられる所じゃない。 お前は何者なんだ。まさかお前がここで起きている事件のすべての元凶なのか?!」 「・・・そうか、人間も『神』にも勝る力を手に入れたというのか。」 「・・・なに?!」 全く会話がかみ合わない。この男はXの話に一切耳を貸そうとはしなかった。Xはこの得体の知れない男に対し恐怖を 覚えていた。 ただでさえここに生身で居ること自体気味が悪いのに、 この男から発せられる威圧が恐怖感をさらに倍増させていた。 「人も神に近付いたというのか・・・。ならば・・・。」 「・・・え?」 「生きては帰さん!!」 「!?」 その刹那。 男は、三つ又の槍を手にし、Xに襲いかかった。 抵抗がある水中にもかかわらず、その早さは並ではなく、Xが気付いたときには男は目の前にいた。 「くっ。」 槍は左脇腹をかすめたものの、Xは紙一重で攻撃をかわした。 「ほう、この一撃をかわすとは。」 「・・・・・・。」 「だが、次はかわせまい!!」 男は再び襲いかかった。Xに無数の槍が襲いかかるが、傷を負いながらもそれをかわし、ベルトのライドルスティック を引き抜き槍を受け止めた。 「なかなかやるな。人間の分際で。」 「貴様は一体何者なんだ、『神』とは一体どういうことだ。」 「話す必要はない。お前はここで死ぬのだからな!!」 男はライドルを弾くと、Xの腹部目掛けて槍を突き刺した。 体勢を崩したXに刃が迫る。 だが、それを救ったのは、クルーザーだった。 前輪で槍を弾き飛ばし、そして後輪で男を蹴り飛ばした。 「よ、よし、今だ!」 Xは自分の目の前に止まったクルーザーに跨り、 男が怯んでいる隙にフルスピードでこの場を去った。 「逃がさん。」 男も急浮上していくクルーザーの後を追った。 信じられない速さだった。 潜水病になってもおかしくないほどの速さで浮上するクルーザーを追い抜くと、 三度、Xに襲いかかった。 Xはライドルスティックをサーベル状のライドルホイップに変え、 攻撃をなぎ払うが、ただでさえ安定性の悪いバイクのうえ、 さらに男の異常なまでの速さに、Xは防御が間に合わずまたも体中に傷を負った。 そんなXにようやく太陽の光が射した。 Xは攻撃を受けながらも、避けながらもなんとか振り切り、クレバスの中から外へと飛び出した。 「愚かな、これで逃げ切ったと思ったか!」 振り切ったと思い安心しきっていたXを竜巻のような渦が襲いかかり、 Xはクルーザーから振り落とされ海底へと叩きつけられた。 「逃がしはせんよ。神に近付きつつあるお前を、ましてや、『神威の戦士』によく似たお前を。」 (『神威の戦士』・・・?) Xは立ち上がろうとした。 だが、目の前がグニャリと歪み、そのまま再び海底へ倒れた。 やはり急激な浮上が無理を祟り、Xは潜水病になっていた。 Xはライドルスティックを支えにし、ようやく立ち上がった。 「お前には、聞きたいことが、山ほどある。お前は一体、何者なんだ。」 「いいだろう、教えてやろう。我が名はポセイドン。海を司る神也。」 「か、神、だと・・・?」 神を見た人間はこの世に一人も居ない。 ましては、あのキリストでさえも実は架空の人物だったのではと唱える者もいる。 Xは信じられなかった。 その神が今、自分の目の前にいる。 全く非科学、非常識なことだが、よく考えてみれば、 生身の人間が海底にいるということが非科学的、非常識なことである。 Xは本当に神ではないかと心にも無いことを思い始めていた。 「では、ここで起こっている船や飛行機の行方不明事件、すべての元凶はお前なのか?」 「・・・そうだ。」 「何!? 何故だ、何故そんなことをした!」 「知りたいか? ならば力ずくで聞き出せばいい。」 ポセイドンはそう言うと、服の装飾を外し、それを三つ又の槍に変えた。 Xもおぼつかないながらも両足で立ち、ライドルを構えた。 「うおおおおおっ!」 一時の睨み合いの後、先手を取ったのはXだった。 一直線にポセイドンに向かっていき、ライドルを振り下ろした。 だがポセイドンはそれを軽く受け止めた。 「先ほどは視界が悪くて何もできなかったが、今度はそうはいかない!」 「ほぉ、ならばどうするつもりだ?」 「お前が元凶だというのならば、俺はお前を倒さねばならない。」 「神に刃を向けておいて、よく言う。」 「お前が神であろうがなんであろうが、人の命を奪うお前を許しておくわけにはいかない。」 「そうか、ならば倒すがいい、この我を!!」 ポセイドンは足を払いをし倒れたX目掛けて槍を突き刺した。 Xは横転してこれを避け、グリップのボタンを押した。 「ロングポール!!」 ロングポールはライドルを棒高跳びの棒のように長く伸ばした状態で、 最大10メートルまで伸縮が可能である。 ロングポールはポセイドンに向かって伸び、そのままボディに命中した。 それからロングポールを振り上げ、頭目掛けて振り下ろした。 だが、そこはポセイドン、それを槍で受け止め防いだが、目線の先にXの姿は無かった。 ロングポールを手放し、ポセイドンに向かってきたXはポセイドンの顔面を殴りとばした。 「うぐっ・・・、はぁ、はぁ。」 だが、結果的には無理な動きが潜水病を悪化させ、Xは急に苦しみだし片膝をついた。 「ふっ、やはりまだまだ出来損ないのようだな。」 殴り飛ばされ大の字になって倒れていたポセイドンは起きあがり口から流れていた血を拭った。 「くそぉぉぉぉぉ!!」 Xはロングポールをスティックに戻し、 おぼつかない足ながらも再びライドルを振り上げ向かっていった。 その時、ポセイドンは両手を横に大きく広げた。 そしてライドルを振り下ろしたXの腹目掛けて両手を突きだした。 ドンッ!!! 「!!?」 何が起こったのか解らなかった。ただ、肉が捻れ、骨が軋む音が脳に響いた。 Xはポセイドンの奥義、『龍の波動』をまともに受けた。 体は投げ出され、海底の柔らかい砂に叩きつけられた。 「わかったか。人間の分際で神に刃向かうからだ。」 ポセイドンは虚ろな意識の中、砂の上でもだえていたXの頭を踏みつけた。 「お前達人間は、こうやって神に跪いていればいいんだよ!」 そしてXの頭を何度も踏みつけ始めた。 「下等生物の分際でいい気になりおって、あの時も。 我ら神が地上を支配していた時、人間が我らに謀反した時も、 二人の『裏切り者』と、『神威の戦士』が居なければ何も出来なかったものを!!」 「・・・・・・。」 「何が神威の戦士だ。奴らとて元々は下等な人間のくせに。 我をこの結界の中に閉じこめおって!!」 「・・・うう。」 「我がここで惨めに生きているなか、貴様らは我が物顔で地上にのさばりおって!!」 「・・・だから沈めたのか。」 気がついたXが踏みつけていたポセイドンの足を掴み、睨み付けた。 「だからここの海域を通った船や飛行機を沈めたのか?」 「・・・そうだ。 それにな、我の領域に勝手に足を踏み入れて、我を跨いで行くのが気に入らなくてな。 だから沈めた。」 「なんてことを・・・。なら、投げ出された人はどうした。まさか・・・。」 「ああ、人間か。奴らなら・・・。」 このあと、Xは我が耳を疑うことになる。 「喰った。」 「―――――――!!」 ポセイドンは唇に舌を這わせながら答えた。 Xは愕然とした。 人を喰らうのは鬼か悪魔だけかと思っていた。 だが、目の前にいる神と名乗る男は、平然と当たり前のように「喰った」と言った。 何の訳もない。ただ己の欲、それだけのために。 敬介は目の前が真っ暗になるのを感じた。 「く、喰った、だと?」 「ふん、勘違いするな。喰ったといっても鬼や獣、貴様ら人間のように死肉を喰らうわけではない。 我が喰ったのは生命のエネルギーだ。」 「生命の、エネルギー・・・?」 「そうだ。この世界に生きる物、すべてに備わっている生きる力。 我々神が口からその生命エネルギーを吸い取れば、エネルギーは神の力として蓄えられる。」 「・・・・・・。」 「ここに封印されたとき、我の神の力はほぼ皆無だった。 だが、こうやって生命エネルギーを蓄えることによって、私は再び神の力を取り戻していく。 そうすれば、神威の戦士がつけたこの『封印の枷』など壊して、ここから出られるからな。」 「・・・だから殺したのか。」 「そうだ。海に住む魚や獣は賢くてな。ここの領域には決して近付こうとしない。 その点、人間は愚かでな。 かつての仲間が命を懸けて我をここに封印したのにもかかわらず、 それを解こうとしているのだからな。 もちろん、用が済んだ人間は魚の餌にしてやったがな。フフフフフ、ハハハハハハ。」 「・・・許さん。」 「ハ?」 「・・・許さんぞ、貴様ぁ!!!」 敬介の中で何かがキレた。 Xは掴んでいた足を放り投げると、ライドルを掴みゆっくりと立ち上がった。 そして拳が軋むほど強く握りしめ、ポセイドンを鋭く睨み付けた。 「貴様が殺した人たちの中には、帰りを待ちわびる大事な家族がいたはずだ! ましてや、彼らも家族と会えるのを何よりも楽しみにしていたはずだ! 貴様はそれを踏みにじった!! 貴様だけは許せん!! たとえ神であろうとも、生かしてはおけん!!!」 「ほお、ならばどうするつもりだ?」 「ここで貴様を、倒す!!!」 Xはライドルを振りかざし海底を蹴った。 Xは銀色の弾丸となり、水の抵抗さえも切り裂いてポセイドン目掛けて飛んでいった。 潜水病に侵され、龍の波動を受けたXの体はもはやボロボロだった。 これが最後の一撃だった。 だが、それでも勝利の女神はXに微笑むことはなかった。 激突し舞い上がった砂に二人のシルエットが浮かんだ。 ポセイドンの槍が腹に突き刺さったXの姿だった。 「ウグッ、ガハッ、ゴホッゴホッ!」 パーフェクターから逆流した血が噴き出した。 槍が食い込んだ腹からも大量の血が海水へと流れ出ていた。 ポセイドンは槍を持ち上げXを高く掲げた。さらに食い込む槍の切っ先。 「ぐっ、ぐあああああ・・・。」 「お前は弱いなりによく楽しませてくれたよ。だがもう十分だ。」 ポセイドンは手を後ろに引いた。もう一度、『龍の波動』を使おうとしていた。 「くっ、くそっ、くそぉ・・・。」 「神に逆らった己の愚かさと、弱さを憎むんだな。」 掌底がX目掛けて飛んだ。 まるで龍が大口を開けて襲いかかるかのような掌だった。 だが、当たる寸前、ポセイドンは掌底を止めた。 何が起こったのか判らず、うっすらと目を開くX。 一方ポセイドンは腕を下ろし、しばらく辺りを見回すとポツリ呟いた。 「ふっ、愚かな。またこの海域に入ってきた愚か者がいる。」 (・・・まさか!?) そのまさかだった。 愚か者はXと共に来た調査団の面々だった。 Xがしていたインカムは龍の波動を受けたときに壊れていた。 それによって全く通信が途絶え、Xの身を案じたクルーが危険を覚悟でXの救出に向かっていた。 「ダメだ・・・、来ちゃダメだ・・・。」 Xの声は届かなかった。 もうすでに遙か高く海上にポツンと小さく船の船底が見えていた。 ポセイドンはXの体から槍を引き抜いた。 Xの体はまるでスロー再生のようにゆっくりと静かに海底へ横たわった。 「そこで見ていろ。人間達がどうなっていくかをな。」 ポセイドンは船底へ向けて両手を振り上げた。 すると、両手の周りに少しずつ渦ができ始めた。 そしてそれは徐々に大きくなり、上の船底へと延びていった。 「ああ・・・。」 巨大になった渦は船底を飲み込んでいった。 もはや絶望的だった。 Xは自分のあまりの無力さを呪い、打ちひしがれていた。 まるで洗濯機を見ているような巨大な渦を見上げているXにポセイドンが近付いた。 そして両手を引いた。今度こそ龍の波動を撃とうとしていた。 「次はお前だ。」 「・・・・・・。」 Xの意識は無かった。 体はもうどこも動かず、腹部の三つの穴から血液が絶え間なく流れているだけだった。 Xは死の覚悟をしていた。 そして龍の波動が撃ち出された。 これまでにないほどの巨大な砂煙が水中に舞い上がったが、 その直後クルーザーが砂煙を突き破って出てきた。 そのクルーザーのカウルにはXが力無く体を預けていた。 「・・・くっ、おのれ、この私を足蹴にするなど!!」 この場を逃げるように走り去るクルーザーを追ってポセイドンも砂煙から飛び出した。 実はあの時、龍の波動を撃とうとしたポセイドンの後ろからクルーザーが体当たりした。 体勢を崩したポセイドンは標的を外し海底へと龍の波動を撃ってしまい、 自分自身の視界が悪くなるほど砂煙をたててしまった。 一方、外したといえど、龍の波動の衝撃をまともに受けたXは 海中に舞い上がりきりもみ状態で海中に浮いていた。 そのXをクルーザーが助け、そのままこの場から逃げ出した。 クルーザーにはXの脳波による遠隔操作装置が組み込まれている。 おそらく瀕死のXが無意識のうちにクルーザーに助けを求めたのだろう。 だが、もしもクルーザーに意志があったとしたら。 長年連れ添った主人であるXを見捨てることはどうしても出来なかったのだろう。 「ふん。逃がさん。」 逃げるクルーザーに、追うポセイドン。 クルーザーは瀕死の自分の主人の生命を救うことを最優先させていた。 その証拠に、ポセイドンが投げつけたモリがハリネズミのようにクルーザーのボディに突き刺さっていた。 エンジン、ブレーキオイルがまるで血のように流れ出ても怯むことはなかった。 だがどんなに逃げてもスピードはポセイドンの方が上だった。 モリによるダメージもあるが、徐々に差は縮まり、ついにポセイドンの射程に入った。 「そんなに主人と別れたくないのならば、二度と離れぬようにしてやるわぁ!!」 ポセイドンは切っ先が一つの一本槍を手にし、串刺しにせんと突っ込んできた。 もはや横に避けることすら不可能だった。万事休す、まさにその時だった。 「!? ぬ、ぬおおおおおおおお!!!」 ポセイドンの前に見えない壁が立ち塞がり、 それを拒絶するようにポセイドンの体に電流のようなエネルギーが取り巻いた。 その隙にクルーザーはポセイドンから離れていった。 「くぅ、結界外に出たか。」 ポセイドンが悔しそうに見えない壁を叩いた。 離れていくクルーザーに取り付けられた緯度経度を示すメーターは ここがバミューダトライアングル外だということを示していた。 そう、ポセイドンが言う結界とは、このバミューダトライアングルのことだった。 はるか昔、『神威の戦士』は現在のフロリダ半島、バミューダ諸島、 プエルトリの三点を結ぶように結界を張りここにポセイドンを閉じこめたのだった。 「ふん、まあいい。奴はもう、助かるまい。さて、そろそろ神の力を蓄えるとするか。」 すでに点になっていたクルーザーを見送ると、ポセイドンは舌なめずりをし、 船が沈んだ付近へと戻っていった。 バミューダトライアングルを離れていくクルーザー。 Xは虚ろながら意識を取り戻した。 そんなXが見たものは、ポセイドンの後ろ、真っ二つに折れ、 ゆっくりと沈んでいく船と、つい先ほどまで談笑していたクルー達の姿だった。 「・・・・・・。」 敬介の脳裏に蘇ってきたのは、この任務が終わった後のこと、 明日のこと、そしてこれからのことを笑いながら話していたクルー達の笑顔だった。 「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」 敬介は血の涙を流し叫んだ。 やりきれない思いを、やり場のない怒りをすべて詰め込み、海が震えるほど叫んだ。 これはすべてにおいてXの完全敗北だった・・・。 次の日、バハマ諸島のエリューセラ島の海岸に、 たくさんのモリが突き刺さったクルーザーと、腹部に深い傷を負った敬介が打ち上げられた。 |