- 第3話 -

「ぜ ぜろ はい いらない」
「ぜろはいらない? ぜろとはなんですか?」
氷川はあくまでも落ちついた口調で訊く。
「ぜ ろ いらな い」
「だからぜろってなんなんだ? 教えてくれ。」
何度も同じことを繰り返すだけのクローンにいらだった古東がつい声を荒げた。
「・・・」
クローン人間の口は再び閉ざされた。
それは古東の言葉に反応したのではなく、言葉がでない様子だった。
「古東、何かあればすぐに連絡してくれ」
取調室からでたG7ユニット、すぐさま氷川は尾室と城西大学に向かった。
クローン人間が口にした「ぜろ」の謎を解き明かすヒントを得るために天本教授と接触を試みるためだ。

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- 城西大学

「そうですか、それでは天本教授は今日はいらっしゃらないんですか。
 すみません、お手数をおかけしました。では明日、うかがわせていただきます。」
氷川は大学事務課受付で天本教授の出勤を尋ねた。

「氷川部長、そんなにあっさり引き下がっていいんですか?
 一刻も早く「ぜろ」の謎を調べないと・・・」
「ですが、いまここで大学側に警察内の大きな動きを知られてはすぐに天本教授にも知られてしまいます。
 もし、天本教授がクローン人間との関係がなくても、
 警察が動くような事態と知れれば天本教授にご迷惑をおかけするでしょう。
 今日のところは戻りましょう。」
「なるほど、氷川部長、さすがですねー。僕なんかそんなことぜんぜん考えもしなかったですよ。」
感心しきりの尾室と氷川は城西大学をあとにした。 

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「氷川部長、あれからまったく口を開きませんよ。
 やっぱり僕の質問の仕方が悪いんですかね、
 やっぱり僕は頭よりも身体を動かすほうがいいみたいです。」
「まあまあ、古東、そう焦るなよ。
 クローン人間の取り調べなんて初めてなんだから仕方ないさ。
 なぁ、焼肉でも食いにいくか? 悩みがあればなんでも話してくれ。」
また尾室の悪いクセが始まった。
とにかく焼肉につれていけばできた上司だとでも思っているのだろうか。
「今日は無理よ、尾室君。
 7時から緊急の対策会議があるでしょ、今日は長引くわよー。」
「今後の報道規制や新生物への対策、
 小沢教授もご出席いただいてG7ユニットの活動範囲拡大の検討もなされるそうです。」
「なんだ、焼肉はまた今度か。
 残念だな、古東。」
「あ、はい、ホントに残念です。あはは は。」
焼肉とは名ばかりの尾室のワンマン宴会が流れたことを古東は喜んだのだが、
尾室に残念だなと言われては残念だと言わざるを得ない。
古東も上下社会に生きる人間なのだ。
「そうそう、氷川君、「小沢教授」って言うのやめてくれないかしら。
 ちょっと私のガラじゃないのよね。」 
遠くを見ながら口を半開きで笑顔をつくる古東をよそに小沢が言う。
「え?じゃあ、何とお呼びすれば・・・」
「昔みたいに小沢さんでいいじゃない。ね、尾室君?」
「ぼ、ボクですか?そりゃ、「小沢さん」ってほうが呼びやすいですよ。」
「よし、じゃあ決まりね。あなたたちも役職で呼ぶの、やめなさい。堅苦しいから。」
「はあ。じゃあ、「氷川さん」でいいんですか?」
「ええ、私も昔のように「尾室さん」と呼ばせてもらいます。」
「どう?古東君もそれでいいでしょ?」
「いえいえ、でも氷川部長は氷川部長ですから。ね?尾室さん?」
「おい、俺だけ変わってるじゃないか!」
またも口を半開きで遠くをみる古東であった。
 

その日、緊急対策会議では対新生物へのG7ユニットの活動範囲や規定の大幅な見直しが行われた。
未確認生命体、アンノウン事件の際は一警察官の判断力によって多くの人命を救うことができた。
しかし当時は警察機関のひとりとして、その行動は命令無視や規定違反とされるものも少なくなく、
素晴らしい功績を残しながらも書類の上では処分が下される場合もあった。
現G7ユニット最高指揮官である氷川誠も白バイでのGトレーナー走行妨害、
G3-Xの強奪によりアンノウンを撃破したものの、規定上、警察上層部は処分を下すほかなかった。
上層部の配慮により最低限の処分で済んだものの、
やはり緊急事態での行動を制限する規定は一瞬でも躊躇を産み出す。
そこで警視庁上層部はG7ユニットではこれまでの規制・制限を大幅に緩和し、
G7ユニット、G7装着員の独自の判断による行動が許可された。

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- Gトレーラー

「氷川君、昨日はお疲れさま。
 ところで、G7ユニットの活動範囲拡大でね、クローン人間の彼に心理カウンセラーを会わせたいの。
 もしかしたらなにか口を開くかもしれないわよ。」
「そうですね、私も考えていたんですが、適任者がいるんですよ。」
「あら、ホント?
 私も大学での知り合いなんかをあたろうと思っていたんだけど、じゃあ氷川君に任せるわ。」
「わかりました、では早速連絡しておきます。」
「で、氷川君、そのカウンセラーって誰なの?あのテレビによく出てるヒゲ面の人?」
「いえいえ、違いますよ。小沢さんもご存知の方ですよ。」
「へぇー、ま、期待してるわ。」

2日後、氷川が連絡をとった心理カウンセラーによるクローン人間への面会が行われた。
取調室から出てきたカウンセラーを見た小沢の目が点になった。
「あ、あなたが心理カウンセラーさん? お久しぶりね。」
「小沢さん、お久しぶりです。覚えていただいていて嬉しいです。」
「古東、心理カウンセラーの風谷真魚さんだ。」
氷川が古東に紹介した。
「はじめまして、風谷真魚です。よろしくお願いします。」
「こ、古東良介とも、申します、よろしくお願いします!」
単純な男、古東。
真魚の容姿に平常心を失っている。
「ところで、真魚さん、なにか口を開きましたか?」
「はい、例のぜろの件などいろいろと聞くことができました。
 うーん、でも聞いたっていうよりも見たんですけど・・・」
「見た?ということは力を?」
「ホントは使っちゃいけないんですが、今回だけは特別です。
 また人類に危機が迫っているのかも知れませんから。
 彼の記憶からすごいことが分かりました。」

真魚がその能力で見たクローン人間の記憶は予想だにしないものだった。
「ぜろ」とは「ゼロシステム」のことでありクローン人間は彼以外にも多く存在する。
真魚の見た様子は後日、G7ユニットに書類で提出されることになった。

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「では、真魚さん、詳細なレポート、お願いします。」
真魚を自宅まで送る車の中で氷川が言った。
「はい、内容を整理してできるだけ詳細に書きますので、明後日でもいいですか?」
「ええ、よろしくお願いします。」
「そうだ、氷川さん、翔一君に会いにいかれたんですよね?」
「ええ、一連の事件で津上さんに異変はないかと思い、お伺いしたんですが・・・」
「翔一君には感じないんです。でもなぜか私には分かるんです、クローンの出現が。
 たぶん、特殊な能力のせいでしょうけど、さっきお聞きした葦原さんと同じ衝動なんです。」
「え?真魚さんにも衝動が?
 いったいどういうことなんでしょうか。」
「わかりません。でも私が衝動を感じれば翔一君にもすぐに連絡できますから。」
 !!! 氷川さん、大変です、現れました!
 翔一君には私から連絡します。氷川さんははやく現場に!」
「は、はい!お願いします!」
氷川は真魚をその場に降ろし、現場に急行した。
G7ユニットに緊急連絡を入れようとしたそのとき、氷川の携帯電話が鳴った。
「氷川、俺だ、葦原だ。現れたぞ!」
「千代田区の大船公園ですよね!」
「な、なんで知ってるんだ?!」
「それはのちほどお話します、今は現場へ!」
電話を切った氷川はG7ユニットに緊急連絡を入れた。
「古東、G7出動だ! 現場までの詳細はグライドのナビに表示する!」 

G7は超高速移動用バイク・グライドチェイサーで現場に急行する。
G7ユニットはメンバーの単独行動時の緊急通報にも対応できるように
メンバーそれぞれにGトレーラーの簡易版のシステムを搭載した車両が配備されている。
氷川はこの車載のシステムを使ってGトレーラーに緊急連絡をし、
グライドチェイサーのナビゲーションに現場への詳細なマップを転送するのだ。

「了解!G7ユニット出動します!」

GトレーラーはG3時のそれとは異なり、
専用バイク・グライドチェイサーの発進口は左右にそれぞれ設けられており、
Gトレーラーの走行状況によって左右どちらからでも発進が可能だ。
Gトレーラーの右側から出動したグライドチェイサーは
氷川から転送されたマップデータにより自動走行を開始した。

グライドチェイサーの車載モニターに表示される情報
「283km/h  目的地=千代田区大船公園=まで2分13秒」
いよいよG7オペレーション開始である。 

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