第1章:『蒼(あお)』 

(1)
美杉家の朝、いつものように朝食の準備をしている翔一。
配膳が終わると二階に向かって叫ぶ。
「真魚ちゃーん!朝ご飯の準備できたよー!!」
しばらくして、まだ眠いのか欠伸をしながらのそのそと真魚がやってきた。
「ふわぁぁぁ・・・。おはよ、翔一くん・・・」
「おっ!おはよう真魚ちゃん。今日はちゃんと一回で起きれたね。」
「やだ、それじゃいつも私が寝坊ばっかりしてるみたいじゃない!」
反論しているものの、目はまだ焦点が合っていない。
「あ、そーだ真魚ちゃん。
 昨日も言ったけどオレ今日からバイトだから帰り少し遅くなるよ。」
真魚の朝食を装いながら翔一はそう告げた。
「え?バイトって今日からだったっけ?。
 ・・・んー・・・あれ?おじさんは学会で出張してるし、
 太一もキャンプで明後日までいないって言ってたよね。
 夜ご飯どうするの?まさか、あたしが作るの!?」
自分が作ったものなんて自慢じゃないけど食べられない、真魚の顔はそう訴えていた。
「だーいじょうぶ。帰ってきてからオレがやるよ。」
「そっか、なら安心。でバイトって何やるんだったっけ?」
安堵し翔一がついでくれた味噌汁をすすりながら、真魚は洗い物をしている翔一に尋ねた。
「喫茶店。親戚の女の子が手伝ってたらしいんだけど、
 その子が忙しくなって続けられなくなったんだって。
 で、面接に行ったらなんかそこのマスターと話が合ってさ。
 一気にイキイキ、意気投合ってやつ。」
ピタッ、と味噌汁をすする真魚の動きが止まる。
「・・・。」
「で、明日からでも来てくれ、ってね。」
「ふ、ふーん・・・。」
焼き魚をほぐしながら真魚は適当に相槌をうった。
「おっと、もうこんな時間か。ごめん真魚ちゃん。じゃあオレ行って来るね。」
洗い物を終えてふと時計を見た翔一が、慌てて駆け出す。
「え、もう?なんでそんな早いのよ。」
手早く出発の準備を整え、翔一が戻ってくる。
「仕込みとかがあるんだよ。
 あ、それとコレが店の住所と電話番号。何かあったら連絡して。じゃ!」
メモらしきものを机に置き、出て行く翔一。
バイクを発進させる音を聞きながら真魚は嘆息した。
「うーん、それにしても翔一くんが喫茶店なんて勤まるのかなぁ。
 お客さんにヘンな冗談言わなきゃいいけど。」
ふとさっき翔一の置いたメモが目に留まる。ひょいっと拾い上げ目を通すが・・・
「・・・?何て書いてあるの、これ・・・」
しばらく真魚はミミズがはったような翔一の殴り書きと格闘していたが、遂に諦めた。
「ま、まぁ電話番号は判別できるし、良しとしよう・・・。」
そう自分に言い聞かせる真魚であった。

(2)
昼尚暗い森のさらにその奥、今や主無きはずの古い洋館の一室に、ゆらめく影があった。
「サテ・・・ヨウヤク、コイツモ復活ノ準備ガ整ッタナ。」
それは何かを見つめるあの黒い怪人。
そして同じ部屋の中には赤と白の怪人の姿も見える。
「ソレモイイガ、戦士ヲ探ス方ハドウナッテイルノダ?」
白い怪人は苛立ちを抑えながら、黒い怪人に問いかけた。
「慌テルナ。ソチラモ同時ニ進メラレル上手イ方法ガアル。『一石二鳥』トイウ奴ダ。」
「ヘェ、ドンナ方法?」
そう言った赤い怪人だが、さほど興味はなさげである。
「今、コノ世界デ争イ事ヲ治メテイルノハ、『警察』トイウモノラシイ。
 私ガ喰ッタ男ノ記憶デハ最近、戦士ノモノト思ワレル争イガアッタラシイ。
『警察』ヲ襲イ、コイツニ吸収サセレバ戦士ニ関スル情報モ手ニ入ルハズダ・・・」
そう言って黒い怪人は先程から見つめていたもの・・・例の青い石を手にとった。
「ヨカロウ・・・ソノ任、俺ガ引キ受ケタ!」
白い怪人は黒い怪人から青い石を掴み取ると、部屋を後にしていった。
「珍シイネェ、アイツガ自分カラ名乗リ出ルナンテ?」
「・・・戦士ニ一番恨ミガアルノハ、アイツダロウカラナ。『臥薪嘗胆』トイウ奴カ・・・」
「アンタノ難シイ言葉好キモ、相変ワラズダネェ・・・」

森の中を、疾風のように駆け抜ける白い怪人。
「・・・待ッテイロ、コノ左眼ノ借リ・・・アノ屈辱、忘レハセン・・・待ッテイロ!戦士!!」
その隻眼がまだ見ぬ獲物を求め光る。
グオオオオー!
白い怪人の雄叫びが、深い森に木霊していた。

(3)
科警研に向かう車の中で、氷川誠は今朝の対策会議を思い出していた。
「・・・アンノウンとも未確認生命体とも違う新たなる敵、か・・・」
「人間を捕食する・・・確かに今までの敵には見られない行動ではあるな。」
「うむ、人類にとってはある意味最も恐ろしい存在と言えるな。天敵、と言うべきか。」
「しかし、アンノウンだけでも手を焼いているのに、この上更に新しい脅威が現れるとは・・・」
「小沢さんは我々にとって『イレギュラー』な敵だ、と言っていました。」
上層部の議論が続く中、誠が一言口を挟む。
「イレギュラーか。まさにその通りだ。
 よし、今よりこの新たなる敵の総称を『イレギュラー』とする。」
「アンノウン絡みと思われる事件がこの所発生していないのは不幸中の幸いでしたな。
 対策班であるG3ユニットが事実上壊滅状態なのですからな。」
「それに関しては小沢管理官らが回復し現場に復帰するまでの間の暫定処置であるが、
 かつての未確認生命体対策班の中から選りすぐったメンバーで新たなチームを編成する事になった。
 敵の能力が未知数である以上、実戦経験があるというのは大きいからな。
 選出したメンバーには既に召集もかけてある。
 もちろん、氷川主任にはG3・X装着員としてそこに加わってもらう事になる。
 いいな、氷川君?」
「は、はい!」
未確認生命体対策班。
今や伝説となりつつある戦士・通称「4号」と協力し、
ゲームと称した連続殺人を繰り返す脅威の怪人たちに立ち向かい、これを打ち倒した者たち。
一連の事件が終結し解散となった後も、誰一人として4号の正体を口外する者が居ないという事実は、
彼らの結束の強さと4号への信頼の深さを何より雄弁に物語る。
警察内では一種憧れの存在となっており、誠もまたそんな彼らを尊敬していた。

科警研に到着した誠は、責任者である榎田ひかりの元に通されていた。
「キミが氷川くんね。私は榎田ひかり。
 澄子ちゃん・・・と、小沢管理官が復帰するまでG3・Xのメンテとかをする事になったから。
 よろしくね。」
「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします!」
緊張している誠に、榎田は苦笑する。
「そーんな堅くなる事ないって。
 Gトレーラーは急ピッチで修理中だけど、まだしばらく時間がかかりそうなのよ。
 それまでは不便だけど、ここまで来て装着してもらう事になるんだけど・・・いい?」
「あ、構いません。」
いちいち真面目に返答する誠を見ているうちに、榎田は一人の刑事の姿を思い出していた。
(彼も、最初はこんな風に真面目一徹だったっけなぁ。もう一人の「彼」に出会うまでは・・・)
「敵が現れない事を祈るけどね。あ、G3・Xの方は修理終わってるから、ちょっと見ていく?」
「お願いします。」
部屋を出て、ハンガーへ向かう二人。

「どう?新品同然にピッカピカでしょ。」
「はい!ありがとうございます。」
誠の目の前にあるG3・Xはまさに言葉どおり傷一つ付いていない完全な状態に修理されていた。
と、ハンガールームの奥に目が行く。
ガードチェイサーも置いてある。
それは判るが、その奥にあるのは・・・
「G3?」
誠の視線の先にあるものに気付いた榎田が答える。
「ああ、あれね。以前キミが使ってた奴よ。回収して修復してあるの。
 G3・Xが完成してお払い箱になったから捨てられるトコだったのを、
 ウチで実験用にもらったのよ。」
「そうだったんですか。」
思いがけない再会に、誠は少し嬉しかった。
てっきり廃棄されたものだとばかり思っていたのだ。
そして嬉しさの余り、ハンガールームの更に奥、
扉に親指を立てたマークの書かれた部屋の存在には気づかなかったのだった。
と、そこに所員が駆けてきた。
「榎田さーん!お客さんです!」
「あ、はーい!とと、氷川くん、どうする?」
「あ、僕ならお構いなく。これから病院と、あと行く所がありますから、これで失礼します。」
「そっか。お見舞いね。よろしく言っといて。じゃあね!」
所員の方へ走っていく榎田に軽く一礼し、誠は科警研を後にした。

(4)
誠は小沢たちが入院している関東医大病院に来ていた。
「すいません氷川さん。こんな大変な時にリタイアしちゃって・・・」
尾室はそう言ってすまなさそうに誠に頭を下げた。
「いいえ、大した事が無くて良かったですよ。気にしないで、今はゆっくり体を休めてください。」
「ホントにすみません。それで氷川さん、あの怪物はどうなりました?」
「Gトレーラー、そして各地の研究所を襲撃した一連の怪物たちにはついては、
 今後はかつて未確認対策班に所属されていた方達と協力して捜査にあたる事になりました。」
「未確認対策班!?あ、あの未確認対策班ですか!
 いいなぁ、僕あの人達と一緒に仕事するの夢なんですよぉ。
 羨ましいなぁ氷川さん!あ、痛てて・・・」
まだ安静にしていなければならないのに興奮して起き上がろうとしたため、
全身に激痛が走り尾室はうめいた。
「ほら、まだ寝てないと駄目ですよ。」
誠にベッドに寝かせてもらいながら、尾室は小沢のことを思い出していた。
「僕より小沢さんの方が酷かったんでしょ?
 あの人の事ですから大丈夫だとは思いますけど・・・」
「小沢さんなら、目を醒ました途端に勝手に抜け出そうとして見つかって暴れたらしくて・・・。
 今は鎮静剤を投与してもらってぐっすり眠ってますよ。」
誠は苦笑していた。その時の光景が目に浮かぶようだった。
「ハハ、小沢さんらしいや。あ、そう言えば忘れてた。北條さんはどうなったんです?」
「北條さんはココとは別の病院に搬送されたそうです。頭を強く打ってるらしくて・・・」
「はぁ、僕がこのぐらいで済んだのはラッキーだったんですね。
 って、そうだ!氷川さんは大丈夫なんですか?」
一瞬、表情が曇りかけた誠だったが、すぐに笑顔で答える。
「私なら全然平気ですよ。G3・Xを装着してましたからね。」
「そうですか。やっぱりスゴいですね!G3・Xって。」
「ええ、ですから後は任せて、ゆっくり眠っててください。」
そう言いながら、ガッツポーズをとってみせる誠。
その姿に安心したように、ゆっくり目を閉じる尾室。
尾室が寝息をたて始めたのを確認すると、誠は大きな音をたてないようにしながら病室を後にした。

「っく・・・」
病室のドアを閉めると、誠は壁にもたれながら胸を押さえた。
息が荒くなり、脂汗がにじむ。
しばらく誠が痛みの治まるの待っていると、一人の看護婦が声をかけてきた。
「あ、居た居た。さきほど検査を受けられた方ですよね?
 先生が話があるからとおっしゃってます。」
話の内容は見当がつく。
だが、今その内容を聞き入れる訳にはいかなかった。
「すみません。今から行く所がありますので。」
誠は看護婦の逆方向に駆け出した。
「あ、ちょっと!待ってください!!」
制止する看護婦を振り切った誠だったが、勢い余って前から歩いて来た人にぶつかってしまう。
「うわっととと!」
「すみません!今は急いでますので!!」
気が引けるが、今捕まるわけにはいかない。
やらねばならない事があると、誠は自分に言い聞かせた。
車に乗り込み、誠は次なる目的地へと向かう。
『イレギュラー』の出現を予言していたと言う女性の居る城南大学・考古学研究室へ、と。

(5)
城南大学に到着した誠は、目的の女性がいる研究室を探していた。
「考古学研究室、考古学研究室・・・あ、あったココだ。」
コンコンとドアをノックすると、中から女性の返事が聞こえてきた。
『はい、どなたですか?』
「先程訪問の約束をしました、氷川と言う者ですが。」
『あ、はいはい。どうぞ、開いてますよ。』
「失礼します。」
ドアを開いて中に入った誠は部屋を見回す。
空になったサイフォン、整理されているが物凄い量の資料の山・山・山。
また、部屋の一角には一見場違いと思われる
東南アジア風のお面や民芸品の人形が所狭しと置かれたスペースがあり、
そこだけ別世界といった雰囲気を醸し出していた。
と、パソコンデスクの奥から一人の女性が立ち上がり、入り口に立っている誠の方に歩いて来た。
「あなたが沢渡桜子さん、ですか?」
「はい、そうです。さっき電話をくださった刑事さんですね?
 散らかってますけど、どうぞお掛けください。」
応接用のテーブルに、向かい合わせに座る誠と桜子。
「早速ですが沢渡さんはイレギュラー・・・あ、例の連続研究所襲撃事件の犯人の事ですが、
 その出現を予期されていたとお聞きしましたが?」
誠がこの話を上から聞かされたのは、朝の対策会議が終わった後の事であった。
「予測、って程でもないんですけどね。
 未確認の事件が解決した後、全国的に遺跡の調査が行われましたよね?
 私もその一員として何かのお役に立てればと、
 未確認が復活した長野の九郎ヶ岳周辺の再調査を行っていたんです。
 そして立入禁止が解除された聖櫃のあった部屋で、更に奥へ繋がる隠し通路を発見したんです。」
「隠し通路・・・?」
「はい。その先には一つの部屋があったんです。
 0号が復活する時、遺跡は見る影もなく崩れ落ちてしまったと言うのに、
 その部屋は全く無傷でした。それに造りも遺跡のそれとは違ってて・・・
 なんだか、その部屋を隠すか守るようにその上に遺跡を立てたって感じでした。」
「なるほど。それで、その部屋には何があったんですか?」
「その部屋にあったのは全面に書かれた壁画と、
 古代リントが使っていたものより古いと思われる文字で書かれた石碑でした。」
と言うと桜子は席を立ち、積まれた資料の山の一つから何冊かの本とファイルを引き抜き、
ページを捲りながら戻ってきた。
「これがその時の写真なんですが・・・」
「拝見します。」
桜子からファイルを受け取ると、誠は写真一枚一枚にを念入りに目を通した。
ふと、その中の一枚の写真に目が止まる。
「この黒い怪物は・・・この前戦ったイレギュラー!?」
他の写真には赤い怪人らしき絵もあった。
そしまだ見ぬ白と青の怪人・・・描かれている怪人は計4体。
「その怪物と戦ってる戦士の姿・・・見た事ありませんか?」
怪人ばかりに気を取られていた誠は、桜子の言葉で改めて写真を見直した。
そこに描かれていたのは、怪人と闘う赤い戦士の姿。
「これは・・・アギト?いや少し違うような・・・沢渡さんはご存知なんですか?」
「私が知っている・・・氷川さんには第4号って言った方が通じるのかな?
 その戦士とも若干違うみたいなんですよ。
 そっか、今アンノウンと戦ってるって言う戦士とも違うんだ・・・。」
ソファーに寄りかかり、天井を見上げながらウーンと桜子が唸る。
その光景に苦笑した誠は、ふともう一つの石碑の事を思い出した。
「沢渡さん、石碑の方は・・・」
「あ、はいはい!」
慌ててファイルのページをめくる桜子。
「あ、これです。
 基本的に以前解読してた古代リントの文字と似た部分もあったんですけど、
 解読するのに結構苦労しましたよー。」
「それで、一体何と書かれているんですか?」
桜子は深呼吸をひとつして、目を閉じ、ゆっくりと語り始めた。
「大いなる戦いの記録をここに記す。
 神の創りたもうた聖なる石、この地に大いなる恵と安らぎを与えん。
 されど汝、心許す事なかれ。
 大いなる力はまた、大いなる災いの元たらん。
 心弱き者が力求めるとき、石に秘められし力邪悪を呼び、大いなる闇を招く。
 心清き者が力求めるとき、石に秘められし力希望を呼び、大いなる光をもたらす。
 四方の石より邪悪出で、この地を大いなる闇が覆う。
 されど聖石の戦士、大いなる戦を治め、彼の者を封ず。
 四方の石、決して触れることなかれ。
 封破れしとき闇はまた大地を覆うであろう。
 されど汝、心乱す事なかれ。
 聖石の力、その守護たる者と共にここに祭る。
 再び闇がこの地を覆うならば、心清き者よ、聖石を取れ。
 我は願う。
 汝、光とならんことを・・・」
語り終えた桜子がゆっくりと目を開く。
誠は神妙な面持ちで聞き入っていた。
「・・・つまり、その四方の石に封印されていたのがイレギュラーだ、と?」
「そう思います。
 それと、石碑の下には窪みがあったんですが、大きさや形、
 そして石碑の記述から考えて、どうも第4号が使っていたベルトが収められてたみたいなんです。
 そうなると、古代リント時代の戦士の前にもう一人違う戦士が居た、って事になるんですけど。」
「それでこの事を警察に?」
「言ったんですけどね・・・あんまり相手にしてもらえなくて。
 実際に事件が起こってないから、急ぐ事もないだろう、って感じで・・・。」
桜子は呆れたような、怒ったような顔でため息をついた。
「すみません、もっと沢渡さんのご忠告に適切な対応をしていれば、
 今回の事は未然に防げたかもしれないのに・・・。
 本当に何とお詫びしていいか・・・」
誠は本当に自分の落ち度であるかのように沈痛な面持ちで何度も桜子に頭を下げた。
そんなバカ正直で真面目な誠の姿を見て、思わず桜子は吹き出してしまった。
「ふふ・・・氷川さん見てると、何だか以前お手伝いさせてもらってた刑事さん思い出しちゃいました。
 その人も凄くひたむきな方だったんですよ。」
「え?それってまさか、未確認対策班の方ですか?」
「ええ。」
尊敬する未確認対策班の話題が出て、誠の目が輝く。
「よろしければ、当時のお話とか聞かせていただけませんか!?」
「いいですよ。あ、その前に飲み物でも入れますね。氷川さん、コーヒーでいいですか?」
桜子は席を立ち、自分が空にしたサイフォンの方に向かう。
「あ、はい。いただきます。」
それからしばらく、2年前の話に興じる二人であった。

「・・・それにしても・・・」
飲み終えたコーヒーカップを置きながら、誠はふと思った疑問を桜子に尋ねてみた。
「沢渡さん程の方でしたら、もっと大きな所で研究に打ち込めると思うのですが?
 何かこの大学に拘る理由がおありなんですか?」
すると桜子は何故か頬を染め、照れくさそうな顔をする。
「・・・約束してるんです、ある人と。
 ・・・この部屋の窓、いつも開けて待ってるから、って・・・。
 いつ帰ってきても良いように・・・。」
桜子は、部屋の一角にあるあの別世界のような雰囲気漂う面や人形達に、
懐かしそうな愛しそうな眼差しを送る。
「もしかして、その人って言うのは・・・」

ピリリリ・・・!

誠がそう言いかけた時、胸の携帯がけたたましく鳴り響く。
誠は急いで取り出し、応答する。
「はい、氷川です。」
「氷川君、イレギュラーが出現したわ!」
それは今臨時にG3ユニット司令室となっている科警研の榎田からであった。
手短に現場を聞くと、通信を切る。
「すみません沢渡さん、イレギュラーが現れたので、私は現場に向かいます!!」
「わかりました。お気をつけて。」
「失礼します!!」
研究室を駆け出す誠を見送ると、桜子は例の面を手にとった。
「また・・・こんな事件が起きるようになっちゃったよ・・・。
 せっかく君が青空にしてくれたって言うのにね・・・。」
面をキュッと胸に抱きしめながら、桜子は窓の外の空を見上げた。
「曇り空・・・」
だがその時雲が流れ、切れ間から少しだけ太陽と青い空が覗く。思わずハッとする桜子。
「!?・・・うん、そうだよね。笑顔は忘れないよ。」
誰に言うでもなくそう呟くと、桜子は空に向かって大きくサムズアップした。

(6)
誠が研究室を飛び出すより少し時間を遡った、都内のとある喫茶店。
中では翔一が火にかけられた鍋の前に立ち、レシピを見ながら何やら料理の真っ最中。
鍋の中身からすると、どうやら作っているのはカレーのようだ。
まだ客は一人も居ない。
「へぇー、こんな作り方もあるんだなぁ。今度、ウチでも試してみるかな。」
翔一が中身をかき混ぜながら感心していると、
店の前に一台の車が止まり、中から一人の男が降り立った。
店の看板を横目で見ながら、男は店の中に入ってきた。どうやら客のようである。
「いらっしゃいませ!」
威勢良く出迎える翔一に、男は一瞬驚いた顔をするが、すぐに落ち着きを取り戻した。
しかし、何か探しているのか店の中をきょろきょろと見渡している。
「あの、何かお探しですか?」
水を差し出しながら尋ねる翔一に気付いて、男はばつが悪そうに頭をかいた。
「ああ、すみません。以前東京にいた頃によくお邪魔させてもらってたんです。
 今度またしばらくこっちにいる事になったもので、
 知り合いの方でも居ないかとちょっと寄ってみたんですが・・・
 マスターも変わられたんですね。」
「あ、違います違います。俺は単なるバイトですよ。
 おやっさんは今買い物に出てるんです。」
「ああ、そうだったんですか。」
「それでお客さん、ご注文は何になさいますか?」
「じゃあ、コーヒーを。」
「かしこまりました!」
元気良く答え、翔一はカウンターの中を飛び回るようにしながらコーヒーを用意する。
その光景をじっと見つめる男の視線はどこか懐かしいものを見ているようだった。
ふと、翔一がそんな男の視線に気付く。
「あれ?俺に何か付いてます?」
そう言いながら体のあちこちを見回す翔一に、男は慌てて釈明した。
「ああ失礼。
 君の楽しそうに仕事している姿を見ていると、昔ここで働いていた友人を思い出したもので。」
「ここで働いてた?おやっさんの親戚の女の子ですか?」
「いや、男ですよ。私にとって生涯最高の、親友です・・・」
「へぇー、なんかいいですね、そういうの。」
と、コポコポ・・・とサイフォンがコーヒーが出来た合図を送る。
翔一はカップにコーヒーを注ぎ、男に差し出す。
「お待たせしました。熱いですから、気をつけてください。」
「どうも・・・」
男はカップを受け取り、軽く口をつけた。
「美味しいですね。ここに勤められて、もう長いんですか?」
「いや、コーヒーはウチでよく入れてますから。
 まだまだ今日からなんですよ。昨日面接でおやっさんと話が合っちゃって。」
「あの人と、話が合う・・・?」
「面白い人ですよねー。ユーモアのセンスもすごいし。
 俺なんて勉強させてもらいたいくらいですよ。」
「面白い・・・?」
「あ、でも・・・」
突然何かを思い出し、翔一はカウンターの奥にかけられている山の写真の所へ歩いていく。
そこに写っているのは世界最高峰の山、チョモランマだった。
「この山をチョモラマンて言うんですよねー。
 名前はちゃんと覚えなきゃ駄目ですよね。」
腕組みしながら翔一がそう言うと、男はなぜか苦笑し、コーヒーを口に運ぼうとした、が。
「それに、やっぱチョモランマじゃなくて、エレベストって言った方がピッタリしますよね。」
翔一が続けた言葉に、思わず男はコーヒーを吹き出しそうになる。
「なんたって世界一の山ですからね。
 こう。エレ・・ベストォー!って。ベストってのが良いですよねぇ。」
男は何か言いたそうだが、コーヒーにむせて言葉が出ない。
その後しばらく、まくしたてる翔一に圧倒されながら男は話に突き合わされる事になった。

「そう言えばお客さん、お仕事何をされてる方なんですか?」
話続けていた翔一が、ふと思い出したように男に尋ねた。
「あ、いやそれは・・・」
なぜか男は口ごもる。
「あ、ちょっと待ってください。俺が当ててみせますから。
 俺、こういうの得意なんですよ。えーっと・・・」
目を閉じ、額に指を当てて考え込む翔一。
かっと目を見開くと、男を指差し
「ズバリ!刑事さんでしょう!
 俺の知ってる刑事さんに、なんか話し方とか、物腰っていうか似てるんですよ。
 まあお客さんの方が全然有能っぽいですけど。どうです?当たりました?」
「いや、その・・・」
見るからに動揺している男が店中に視線を泳がせると、壁にかかった時計が目に留まった。
「おっと、もうこんな時間か。どうもご馳走様です。
 代金、ここに置いときます!それでは失礼!」
慌ただしく男は店を後にする。
「・・・あれはどう考えても正解です、って反応だったよなぁ。」
半ば呆れたように翔一がつぶやく。と、いきなり電話が鳴り響く。
「はいはい。っとと、電話に出るときは言う事があったんだっけ。」
マスターに言われたことを思い出しながら、翔一は受話器を取る。
「はい。オーリエンタルな味と、香りの店、『ポレポレ』です・・・」

『ポレポレ』を後にした男は、走る車の中で一息ついていた。
「ふぅ。すっかり彼のペースにハマってしまったな。
 ・・・しかし、彼を見ていると思い出すな。アイツのことを。
 まだ・・・戻ってこないのか・・・」
翔一と自らの親友を重ね合わせ、少し感傷的になる男。
穏やかな時間が過ぎていく。だがそれを破るかの如く・・・

ピリリリ・・・・!

突然、男の携帯が鳴る。
車を止め、男は胸ポケットから電話を取り出す。
「はい。」
『おう、久しぶりだな。
 俺だ、杉田だ!早速ですまないが事件だ。
 例のイレギュラーって奴が現れた!場所は・・・』
「了解!ただちに急行します!」
男、一条薫は即座に刑事の顔になると非常灯を取り出し、報告のあった場所へと車を向けた。

一条が杉田からの電話を受けた頃、ポレポレの翔一もまた、異変を感じ取っていた。
だが、それはいつもアンノウン出現の際に感じるものとはどこか異なるものであった。
いつもの感覚が頭に直接響くとすれば、今回の感覚は腹部、
いや変身ベルトに納められた『賢者の石』を通じて感じられた。
「なんか、いつもと違うけど・・・
 でも多分、俺行かなくちゃいけないんだ。
 あーでも店このままには出来ないし・・・」
と、そこへ
「おー翔一君ご苦労さん。今帰ったよ。
 いやー、今日はスーパーワンが休みでさ。遅くなっちゃった。」
買い物を終え、おやっさんが帰ってきた。
「すみません、おやっさん!昼休み入ります!」
エプロンをカウンターに放り出すと、翔一は表に停めてあったバイクで走り去った。
「なんだぁ?いきなり飛び出すなんて、ますますアイツにそっくりだな。」
ぼやきながら、おやっさんはチョモランマの写真に目をやる。
「今頃・・・何やってんのかなぁアイツ。そろそろ帰ってくりゃいいのに。」

(7)
都内の警察署、その前で白い怪人と警官隊のにらみ合いが続いていたが、
見ると白い怪人の方が玄関を背にしている。
警官隊は通報を受けて駆けつけた救援であり、白い怪人は今署内で行われている、
ある行為を邪魔されぬよう立ちはだかっているのだった。
ある行為・・・それはあの青い石が人を喰らい、復活する事に他ならない。
今、署内の警官は男女問わず次々と餌食とされていた。
「くそっ!このまま睨めっこしてたって埒が開かないぞ!こうしている間にも中のヤツラは・・・!」
だが、闇雲には突っ込めなかった。
白い怪人から放たれる闘気が、見えない壁となって警官隊を牽制しているのだ。
どうすることも出来ない不甲斐無さに、杉田はが歯噛みした。
「俺もこんな仕事は好きではないんだがな・・・。悪く思うな。」
「!しゃべった!?日本語を話せるのか?」
かつて、未確認生命体は人間社会に潜伏している間に徐々に言葉を覚えていった。
だが、彼らイレギュラーは出現してからまだ日が浅い。それが何故・・・?
「俺達は、吸収した人間から自分達に有益な情報を引き出す能力を持っている。
 お前達の言葉を話せるのも、そういう訳だ。」
杉田の疑問を察したかのように、怪人は答える。
付け加えると、吸収した数が多いほど話し方も普通になって行くのだ。
「お前達の目的は何だ!?まさか、またゲームなんて言うんじゃないだろうな!」
「ゲームだと?違うな。我らが人間を襲うのは単に『生きる』ためだ。
 お前達も他の生物を殺し食料とするだろう。我々も同じだ。
 ただその標的がお前達人間だという事・・・それだけだ。」
「なっ・・・!?」
事も無げにそう答える怪人に、警官隊は全員が言葉を失う。
そこに杉田の連絡を受けた一条も到着した。
「杉田さん!」
「お、おう一条・・・」
呆然としていた杉田がはっと我に返り、駆け寄る一条の方にふり向いた、その時!
「たっ、助けてぇー!!」
署内から一人の婦人警官が玄関を目指して逃げ出して来ようとしていた。
だが、あと一歩で外に出られるという瞬間、
背後から不定形の『モノ』が恐ろしい速さで近づいたかと思うと、
先端が手のような形に変わり婦警の後頭部を鷲づかみにした。
「ダメ・ダヨ?モウ少シナンダカラ・・・」
婦警を捉えた『モノ』がそう言うと、婦警の体が『モノ』から放たれる光に包まれ始めた。
「いやぁー!誰か、助けてぇー!!」
悲鳴も虚しく婦警の全身は光に包まれ、次の瞬間には跡形も無く消え去った。
これが先程白い怪人の言った「吸収」なのか。
婦警を吸収した『モノ』は徐々に人の型に固定され始めた。
いや、人ではない。
固定し終わったその姿は龍を思わせる異形の青い怪人であった。
「フウ・・・トリアエズ・腹八分ッテトコ・カナ?」
青い怪人はそのまま玄関を抜け、外に出る。
「ネエ・食後ノ運動ッテヤツ・ヤッテイイカナ?」
まるで子どものように、白い怪人にそう尋ねる。
白い怪人はチッと舌を鳴らし、
「好きにしろ。」
とはき捨てるように告げると、自分の仕事は終わったとばかりに踵を返した。
その言葉を待っていたかのように、青い怪人は舌なめずりしながら警官隊に向かって歩き出す。
「マタ・オ腹スイチャウ・カモネ。デモ・ソシタラ又食ベレバ・イイカ。」
警官隊はまるで蛇に睨まれた蛙のように動けない。
勇猛で鳴らした杉田でさえ、手にしたマグナムが小刻みに震えている。
だが唯一人、一条だけが恐怖心に打ち勝ち、青い怪人に銃を向ける。
「ほう?」
そんな一条を、白い怪人が歩を留め興味深げに見つめるが、一条本人にそれに気付く余裕はなかった。
青い怪人は確実に近づいてくる。
「くっ!」
一条が引き金を握る指に力を入れようとした時、警察署に向かって走り込んでくるバイクがあった。
「変身!」
その声に合わせ、バイクと乗っている男の姿が変わる。
それはベルトの感覚を頼りにやってきた翔一:アギトとマシントルネイダー!
アギトは青い怪人目掛けて突っ込み、寸前で自らは飛び降りる。
「ガッ!?」
トルネイダーの直撃を受け、署内へと吹き飛ばされる青い怪人。
アギトはそのまま一条の目前に着地する。
「クウガ・・・?いや、違う。そうか、報告書にあったアギト・・・」
一条のもらした呟きに、白い怪人の耳がピクリと反応する。
頭の中で一つの言葉が復唱されながら段々と増幅されて行く。
(ク・ウ・ガ・・・!)
「やっぱり刑事さんだったんですね。」
「!?」
「危ないですから、早く逃げてください!」
アギトは青い怪人に向かって走り出す。
だが、つぶやくように言ったその一言を、一条は聞き逃さなかった。
「まさか・・・彼は・・・?。」
「うわぁぁぁっ!」
アギトの後姿を見つめながら何事か考えていた一条の背後から、警官隊の悲鳴が響く。
「ひとつ尋ねるが・・・。」
はっと一条が振り返ると、警官隊を一蹴した白い怪人がゆっくりと近づいてきていた。
その奥では杉田たちが倒れている。
「杉田さん!」
「心配無用・・・。
 俺は腹も減っていない時に無駄な殺生はせん。
 それより今、『クウガ』、と言っていたな・・・?
 知っているのか、奴を・・・?」
じりじりと迫る怪人と距離をとろうとする一条だったが、たちまち壁際に追い詰められてしまう。
「いけない!」
白い怪人に気付き引き返そうとするアギト、だが、突然何かが襲い掛かってきた。
それは跳ね飛ばされた復讐に燃える青い怪人!
「ヨクモ・ヤッタナァァァ!!」
「な、なんて力だ!」
青い怪人は怒りに任せて喉元をギリギリと締め上げながら、
アギトを一条のいる方とは逆に引きずって行く。
一条はまさに孤立無援となってしまった。
「答えろ!知っているのか、クウガを!
 奴もこの時代に復活しているのか!?言わねば貴様を殺す!!!」
先程までの冷静さが嘘のように、白い怪人は興奮状態だった。
クウガ、その言葉が否応無く彼の感情を高ぶらせていた。
「例え知っていても・・・殺されることになろうとも・・・友を売るような真似はできない!」
一条は覚悟を決めた。
例え今この場で果てる事になろうとも構わない、と。
彼にとっては、何時の日か帰るだろう友の笑顔を
真っ直ぐ見れなくなる過ちを犯す事の方がはるかに堪えられなかったのだ。
キッと白い怪人を睨み返す一条。その瞳の決意を見て取った怪人は、冷静さを取り戻した。
「・・・先程一人だけ立ち向かおうとした勇気、命に換えて友を庇おうとする決意・・・
 貴様を武人と認め、相応の最期をくれてやろう。」
白い怪人の右手の爪が一回り大きく、鋭く変わる。
その右腕が大きく振りかぶられ、今まさに一条目掛け振り下ろされる・・・!

フオオン・・・!!

それは一瞬の出来事だった。
突如一台の銀色のバイクが怪人の前に走り込んで来たかと思うと、
そのまま急制動をかけて後輪を浮かせ怪人を跳ね飛ばしたのだ。
不意を突かれた怪人は宙を舞い、そばに置いてあった資材に突っ込む。
一条は突然現れたマシンと謎のライダーを見つめて呆然としていた。
覚えている・・・かつて、自ら託したそのマシンを。
覚えている・・・かつて、お互いに預けあったその背中を。
謎のライダーはマシンを降りメットを取ると、起き上がろうとしている白い怪人の方へと向き直る。
それは忘れられるはずがない顔。
かつて共に生死を架けた戦いをくぐりぬけ、仲間に勇気と、とびっきりの笑顔をくれた男・・・
その名は五代雄介!
雄介が両手を腹部にかざすと、変身ベルト・アークルが出現する。
右手を突き出し、雄介が叫ぶ!
「変身!」

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