第一話

夏。今年も太陽は暑かった。
浮かれた季節の到来、だが、それは誰も知らない夏の訪れであった。
そう、人類にとって、新しい時代のはじまりと呼ぶべき現象が、
まるで当然の事のようにその夏にはじまった。

『アギト』

そう呼ばれる、人が手に入れた新しい力の発現。
今では誰もが『アギト』なる奇妙な言葉を知っている。
だが、『アギト』に好意的な感情を持つ者は少ない。 

「渋谷・高校生集団アギト化事件」。 
『アギト』の名を一気に社会に浸透させた事件である。

夏休みの渋谷で、十五歳から十八歳まで、女子三名を含む八人という人数で構成された、
いずれも家出中の少年グループが、
以前から軋轢のあった二十人程で構成される少年グループと乱闘となった。
多勢に無勢、前述の少年グループは、誰も逃げる事も出来ず、袋だたきのような状態となった。
そのとき、警察も、通報は受けていたが、とても現場に間に合う状態ではなく、
八人のグループはただ暴行を受け続けた。
だがそんな時、八人の腹部が次々と発光した。
そして、彼らは黄金の角、赤い複眼を持つ黒いボディの異様な姿へと変身したのだった。
いままで弱者をいたぶる快楽に没頭していた少年達には、何が起こったのか理解できなかった。
変身した少年達が逆襲に転じた。
その拳はコンクリートを打ち砕き、跳躍力は一飛び十メートルを越える。
まさに超人の力だった。
彼らは、『喧嘩』に、その力を惜し気もなく使用した。
ひき肉となり飛び散る仲間を目の当たりにした、
一瞬前まで加害者側と言えた少年グループはパニックとなり逃走をはかったが、
変身により驚異的な身体能力を獲た八人によって、
あっという間追い詰められ、次々と惨殺された。
警察が、いまや凶悪な怪物と化した「通報当時、暴行されていたはずの少年達」を
助けんが為に駆け付けた時、
当初、二十人程の「加害者少年グループ」は五名にまで人数を減らしていた。
その異常な光景を目の当たりにした四名の巡査は、逃げて来た少年達を保護しようとしたが、
変身した少年達によって、逆に二人が負傷。
一人が拳銃を発砲するものの、相手には心理的なショックを与えるも、
肉体的なダメージは確認されなかった。
事態ここに至り、警視庁本庁に連絡がはいる。
『未知人害生物対策特種班、G5ユニット』の出動が要請された。
G5ユニットとは、もともと、『未確認生命体』と称された異生物に対抗する為に組織された、
機動外骨格G5と呼ばれる、ダークブルーをイメージカラーとする装甲服を装備する特種班である。
その一世代前にはG3ユニットと呼ばれる物があり、
2機種が『アンノウン』と呼称された前出の物とは別の異生物に対抗して、
実戦に投入された記録がある。
また余談ではあるが、ナンバリングされている3の次がいきなり5になる事については、
機密事項とされている。
G5は、背中のランドセル状のバッテリーケースから電源を得、装着員の身体能力を拡張する。
そして、人間の脳波とシンクロする事ができる特殊な人工知能を搭載し、
装着員の思い通りに動作速度、モーター出力を調整する。
岩を砕くと思えば岩を砕くパワーを、豆腐を掴みたいと思えば崩れない
適当な出力にパワーが調節されるのだ。
Gトレーラーと呼ばれる指揮車を母艦とし、ガードチェイサーという白バイで機動力をまかなう。
Gトレーラー1台につき、三機のG5とガードチェイサー、
3名の装着員に3名のバックアップメンバーが配備され、それを最小単位として行動する。
マシンガン、警棒、高周波ブレード・ナイフなどの専用装備も充実している。
小型のミサイルを装備することもできる、ガトリングガンも存在するほどだ。
そのG5が、渋谷に十二機到着した。
Gトレーラー1号車には、司令官・尾室隆弘が乗っている。
彼自身、かつてのG3ユニットの一員であり、G3システムをその身に纏った数少ない警察官である。
尾室は、経験と、かつて彼の直属の上司だった人間の教えから、
こういう場合の迅速な対処方を知っていた。
通報を受けたG5ユニットがただちにスクランブルを駆ける事が出来たのは、
彼の判断が早かったからだ。
その能力は確かに、警視庁の記録上、
G3システムをその身に纏った伝説の三名の内の一人として相応しい物と言える。
実は、噂ではG3装着員はもう一名いるという話もあるが、記録としてそれは残っていない。
尾室は、当時のレギュラー装着員で、「英雄」の通り名を持つ捜査一課の氷川誠には及ばないが、
若い警官にとっては憧れの存在である。
ハンドマシンガン、GM-01を装備したG5は、
尾室の的確な指事もあって、暴走する変身少年集団を確実に追い詰めていった。
バラバラになった少年達を三機のG5で囲み、
マシンガンで牽制、動きが止まったところを一機が接近し、
G5の拳によって、ベルト部に一撃を与える。
これが相手をアギトと断定していた尾室のとった戦術であった。
彼は、アギトを知っていたのだ。
G5も、実際はこれが実戦に投入された初舞台ではあったが、
いかに高い身体能力を持つとはいえ、素人の少年達では、
一対一、更に組織としてはひとたまりもなかった。
渋谷は、十数分の後に沈静化される。

補導される少年達。
だがこの時、G5部隊は、男女1名づつを取り逃がしている。
それについて尾室は、3号車のバックアッパーの住友から、少し引っ掛かる報告を受けた。
「リーダー格の二人を見失ったそうだな」
「も、申し訳ありません」
「装着した連中はどうした?まだ二人を追っているのか?」
「いえ、それが…」
「どうした?」
「…やられ…ました…。3にん…とも。怪我はないようですが…」
「ばかなっ! 子供にかっ?」
「いえ、それが…」
「取りあえず、この場は沈静化した。報告は後で聞く。全員帰投する」
「はっ、はいっ」

警視庁、G5ユニット作戦室では、尾室が少年達の逃走の様子を報告させていた。
「ふむ、少年達に対しては作戦通りに事が運んだんだな」
畏まり、尾室のデスクの前で立つ、3号隊のバックアッパー達。おのおの頷く。
「はい…。ところが…」
装着員とバックアッパー六人の班長を勤める住友が無念そうに続ける。
「そのとき、バイクに乗った妙な男が通りかかりました」
「妙な男?」
「やせ形で、短かめの髪を軽く逆立てた、背の高い男です。
 逆光になって顔などは良く見えませんでしたが、髪は染めていたと思われます」
「…」
「男はG5を見て、装着員達が警官と分かったみたいです」
住友の右隣のバックアッパーが続けた。
「私のバックアップした竹村機のマイクが、会話を拾いました。
 男はまず少年達に『ガキか、仕方ないな』と声をかけ、
 続けて装着員に対し『お前ら警官だな。悪く思うな』と言って、
 おもむろに手を交差させてから腰にやり、変身しました」
「男も…アギトだったんだな?」
「はぁ、ただ、アギトと言うには少し変わった形だったような…。
 どちらにしろ、子供達と違って恐ろしく強かったのは確かです。
 記録映像はこちらのディスクに収録してお持ちしました」
尾室の机に、映像記録用の光学ディスクが置かれる。
住友が、苦虫を噛み締めたような顔で口を開く。
「3人とも、何もできませんでした。
 圧倒的なスピードとパワーでした…。
 一瞬の内にバッテリーパックを破壊されて…」
「…しかし、それで3人に怪我がなかったのは幸いだったな。
 …いや、相手はこちらが警察と分かって、手加減したと考えるべきか…」
尾室の声は淡々としている。
悔しさに震える声で住友が返事をする。
「…はいっ…」
涙ぐむ住友達を退出させ、尾室はディスクを見ようとデッキの用意をした。
ディスクには、カメラの調子が悪かったらしく、ちゃんとした映像は写っていなかった。
「懐かしい現象だな…」
口元に笑みさえ浮かべて尾室は呟いた。
それは、尾室達がはじめてアンノウンと、アギトを収録したビデオが、
全く資料として使い物にならなかった時と同じ、乱れた映像だった。

次に尾室を訪ねたのは、3人の警視庁幹部だった。
「尾室君。報告をもらったよ」
「アギト…だったのかね。間違いなく…」
「なんと言う事だ…。やはりあの時…」
立場上、三幹部の前で直立し、話を聞く尾室。
内心、辟易しているのだが。
「尾室君。渋谷と言う歓楽街で十人以上が死亡し、
 通行人に大量の負傷者を出した今度の事件は小さくはない」
「しかも、二人を逃がしたそうではないかっ。対社会的にどのように発表するつもりかね」
「アギトの説明もせねばならんし。
 もし、話をうまくまとめられなければ、結果としてアギトを野放しにした、警察の立場が…」
三人に口々に「どうするつもりか」と責められる尾室。
しったこっちゃないと思いつつも、尾室は口を開いた。
「とにかく、補導した少年達は、少年法に基づき、処分する事になるでしょう」
「アギトをかね?」
「子供達です。アギトでない子供達でも、罪をおかす事がある事には変わりでしょう?」
「…しかし…」
「それから、対社会的にうまく私には説明する事は出来ません」
「そんな無責任なっ」
「君は現場責任者としての立場を分かっているのかね」
あーもぉー、と頭を振って。尾室は口を開いた。
「私よりも、頭の良い、口のたつ人を呼んでいただきたい。
 できれば、そのまま私のサポートをしていただく条件もつけて」
「この現状を理解し、説明できる人間などいるものか」
「いますよ。イギリスの、ロンドンに…」
「それは…っ、まさかっ!!」
うろたえる三幹部。
「小沢澄子教授に、御協力を要請したいと思います」

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