第六話

必死に急いだG5ユニットではあったが、渋谷署は、既にその機能を維持できない程に破壊されていた。
G5部隊のエース・大河護は、ガードチェイサーを止め、部下二人と共に負傷者をさがす。
GM-01を構え、居残っている『N・G』のメンバーを警戒しながら、
火も出始めている署内に入って行った。
氷川誠に憧れ、G5ユニット入りを志願した男である。
その髪は、氷川と同じ長髪にしている。
全ての訓練、試験でチーム1の成績をほこる。
いつもと同じだった。
すでにやつらの姿はない。
「卑怯な連中だ…」
大河はそう思う。
だが、そのヒットアンドアウェーとでも言うべき行動が、
通報を受けてからしか動く事の出来ない自分達に、いかに効果的か、それも大河は思い知るのだ。
G5ユニットはパトロールにはでる事が出来ない。
活動時間に限界があり、それほどは長時間動けない事、
そして、小沢の言う不良アギトに対して、数的に不利な状況を作る事だけは避けたいという事情がある。
いかなG5と言えども、能力的にはアギトの力と互角が良いところなのだ。
一人の隊員が、数名の少年達に囲まれては、敗北は必至だった。
それだけに、彼らはチームを分けて行動する事を極力控えていた。
「今日も、逃げ遅れた奴をひっ捕まえることくらいしかできないのか…」
そう、大河が思った瞬間だった。
廊下の窓を粉砕して、十人を越えるアギトが大河達に襲い掛かった。
このタイミングは一斉だった。
G5、4隊は、ほぼ同時にアギトの群れに襲われた。
「下がれーっ!、走れっ! 囲まれるなーっ!」
尾室が叫ぶ。
「不味いわね。
 連中、数に物を言わせて、こっちが本来とろうとしていた分断、
 各個撃破の戦術をとろうとしている」
「小沢さんっ」
「尾室君、G5部隊を一ケ所に集合させて。
 できれば、退却しやすく、細く、狭いところがいい。それが無理なら、すぐに退却よ」
そのとき、Gトレーラー一号機のバックアッパーが叫ぶ。
「尾室さんっ、大河チーム、孤立しましたっ」
「なんだとおっ!」
大河、竹村、松沢の3人はアギトに囲まれた。
アギトの一人が、大河達の前に出てくる。
「安心しなよ。別に、フクロにしようって気はねぇんだ」
「なら、どう言うつもりなんだ」
大河が聞き返す。
「お前ら3人と、俺一人、それで遊んでやろうかと思ってさ」
「ガキが…なめるな」
大河のその言葉が終わらない内に、松沢がそのアギトに殴り掛かった。
もろに当たる。
ひっくり返るアギト。
「なんだ?」
余りの呆気無さに、毒気を抜かれる大河達。
しかし、本番はこれからだった。
「ふっふふふ。だめじゃん。正義の味方の警官が、不意打ちなんかしちゃ」
アギトがゆっくりと立ち上がる。
「いたかったよぉ〜」
そのアギトが、突然炎上した。
赤い、炎を纏った姿にそのアギトは変身した。
「なんだっ?」
「だめだっ逃げろっっ」
「にげなさいっ!」
モニターを見ていた小沢と、尾室が同時に叫ぶ。
ふたりは、その姿を見た事がある。
大河には、その二人の声が届いた。
非常に危険な状態に自分達が置かれているのがそれで理解できた。
「竹村っ、松沢っ」
大河は、二人をリードして、再変身したアギトと、
反対方向の人(アギト)垣に向けて、GM-01を集中済射した。
囲みが破れる。
「バカっ、てめえら何やってるっ」
赤いアギトが叫ぶ。そのほころびから、3人は一気に飛び出した。
必死で逃げる3人。
ロビーに逃げ延びる、そこで、他のG5チームと合流する。
どこのチームも、ほうほうの体で逃げ延びて来た。
渋谷署から脱出する。
全員、ガードチェイサーに乗る。
後ろから、アギトの大軍が押し寄せてくる。
あの、赤いアギトを先頭にして。
他のみんなが、ガードチェイサーにまたがった事まで確認して、大河は尾室に連絡した。
「尾室さんっ、GX-05の使用許可を…っ!私が、追っ手をここで食い止めますっ!」
「しかし、お前は…?」
「自分には、考えがあります。お任せをっ!」
尾室には考える時間など、無い。
「…大河…っ、分かった、GX-05の使用を許可する。
 他の者は全員帰投せよ。大河っ! 絶対にお前も帰ってこいっ!」
「ありがとうございます」
ただそう答え、大河はガードチェイサーに向き直る。
ガードチェイサーの後部座席に搭載されているアタッシュケース。
その正体は、G5システムの最強装備、折り畳み式のガトリングガン・GX-05である。
それを手に取るが早いか、安全装置の解除キーを入力。
アタッシュケースが、ガトリングガンに、一瞬にして変型する。
他のメンバーのガードチェイサーが発進する。
その音を確認して、大河はGX-05を済射した。
その爆音に、アギト達の足が止まる。
「死にたい奴から、前に出ろおっ!」
大河が叫ぶ。 
「おもしれぇ」
あの、赤いアギトが前に出る。
「警察が、人を殺せるのかよ」
赤いアギトが笑う。
「きさまを倒せるのなら、懲戒免職も業務上過失致死も、いや、殺人罪を食らう事も恐くないね」
大河は本気だった。雰囲気で分かる。
こいつが頭だ。こいつさえ潰せば、『N・G』は瓦解する。その為なら…。
赤いアギトの拳が燃える。
「くらえええええっ!」
大河がGX-05を発射する。
「うおおおおおおおおっ」
赤いアギトが拳をくり出す。あかい、炎のエネルギーがGX-05の弾丸を相殺する。
「なんだとっ!」
「終わったな…」
赤いアギトが突進。間合いが詰まる。再び赤いアギトの拳が炎を上げる。
大河は、GX-05が通用しなかったショックから、一瞬反応が遅れた。
「やられる…」
大河がそう覚悟した時、突然身体が持ち上げられた。
何者かが、大河の背後から手を廻し、大きく跳んだ。
「ちっ…」
つまらなさそうに、赤いアギトがつぶやく。
そして、変身を解き、
「先輩よお、ちょっと、カッコ付け過ぎじゃねえか…?」
それだけ言い捨て、グループを解散させた。 

「きさまは…」
大河は、自分を助けたように見えるその、アギトらしい者を凝視した。
「…あの時の…」
渋谷高校生集団アギト化事件。
その時、奇妙なアギトに打ち倒された三機のG5。
そのチームを率いているのが大河だった。
いま、大河の目の前にいるのは、その時の緑のアギトだ。
あわてて、GX-05を向ける大河。
それを見た、緑のアギト。
だが、なんの興味も無いかのように、後ろを向き、すたすたと歩き始める。
「あいつ…」
GX-05を下げる大河。後ろを向いた相手を撃てる男ではなかった。
それから、大河は部隊に合流した。
バックアッパーとの接続が切れてしまっていた為、
その生存が心配されていただけに、尾室はじめ、一同に物凄い歓迎を受けた。
その大河の心の内は「あの、赤いやつと、緑のやつ…。決着は必ずつけてやる」その思いに燃えていた。
もっとも、その両者に対する感情は、微妙に違っていた。

この事件を切っ掛けに、警察上層部の動きが変わった。
それまで、遅々として進まなかったG5の増産が、急に進んだといわれている。
それからも、G5チームと、『N・G』は何度かの衝突があったが、
それは小競り合いという域をでなかった。
しかし、それが『N・G』が大人しくなった為だなどとは、誰も思ってはいなかった。
そして、いよいよ明くる日は、
人類史に残るこの年の最後を締める「アギト・フェスタ」が行われる大晦日。
ところが、G5ユニットは警備の最終打ち合せが出来ていない。
結局、予算、期間の都合もあり、用意できたG5は十機。合計、二十二機に過ぎなかった。
装着員はもっと悲惨だ。
実戦可能と尾室の判断できる新人は六人。
結局、十八機のG5しか、動かす事はできない。
さらに、芦原涼からも連絡がない。
Gトレーラー1号機の中で、尾室は考え込んでいた。
そこに小沢がやって来た。
「くよくよ考え立って仕方ないでしょう。現有の戦力で、最善を尽くすだけよ」
「…小沢さん。僕考えたんですけど」
「何よ?」
「超法規的に、明日の指揮、とっていただけませんか…」
「何言ってんのよ。あなた、何考えているのよ」
「…現場には、一機でも多くのG5が必要なんです」
「…あなた…。G5を装着して、前線に出るつもり…?」
尾室の目は、真剣だった。しかし、さすがの小沢もすぐに返事が出来ない。
突然背後から声がかかる。
「尾室さんの意見に賛成ですね」
出入り口を見る小沢と尾室。
そこには、二人の刑事が立っていた。
「あなた達…」
小沢の表情に、笑みが浮かぶ。
最初に声を掛けた方の刑事は北條透。
「私達は少しばかり、面倒な事件に関わりましてね。
 …もっとも、私の名推理によってそれも解決しましたが…。
 我々もG5装着員としてこの警備プランに参加します。
 まっ、我々二人で、二十人分の戦力と計算していただきましょうか」
間髪入れずに、どこか楽しそうに小沢が返す。
「あなたがその、二十の内の、五ってところかしら」
「おや、珍しい。私が五人分の戦力と認めていただけるのですか?」
「今日は、大サービスよ。本気にとって油断しないことね」
小沢はそう言うと、視線を隣の男に動かした。
二人の会話を懐かしみ、穏やかな笑みをたたえた長身、長髪の男に…。
「お久しぶりです。小沢さん。ここ半年、すれ違いばかりでしたね」
氷川誠。
警視庁の英雄の帰還であった。

「何があっても、お前は、手を出すな」
芦原涼は、食後のコーヒーを飲みながら、彼の向いに座る男に言い放った。
とある住宅街にあるレストラン。
午後五時。
晩のオープン直前のそれ程まだ忙しくない時間に、ふらりと涼はその店に入った。
あの男と話をする為に。
テーブルのセットをしていたホールの従業員も、涼の事は良く知っていて、
すぐその男を呼んで来てくれた。
その男は、涼にとって、友と言える数少ない人物で、このレストランのオーナーシェフでもある。
男は、オープン前にも関わらず、涼に食事を用意してくれた。
テーブルを挟んで、お互いの近況などを話す。
そして、話があくる日の東京ドームのイベントに至った時、冒頭の言葉が出た。
不満げな顔をする男に、涼は反論を許さなかった。
「お前の戦いは、この店にある。
 ここで、みんなの笑顔の為にうまい飯を作れ。
 お前はみんなの希望だ。
 明るい世界で、アギトでも、あんなふうに成れるんだとガキどもに思わせてやってくれ。
 薄汚い戦いにその手を汚すな。
 そんなことは、…俺に任せていればいい」
涼が席から立ち上がる。
「旨かった。明日のスピーチ、楽しみにしている」
自分に出来る一番の笑顔でそう言い、涼は店から出て行った。

警視庁、G5ユニット訓練施設。
一人の装着員がG5を身に纏い、その感触を確かめていた。
「…成る程。軽い」
北條透は、以前身につけた、G3シリーズとのレスポンスの違いをそう表現した。
「尾室さん。それではお願いします」
北條が、GM-01シリーズというマシンガンの最新モデルを構えて、
オペレーションルームの尾室に、訓練の開始を要求した。
その後ろには、尾室の提案で現役のG5メンバーが見学に来ている。
「分かりました」
北條に向かって次々と打ち出される鉄球。
正確無比にそれに弾をヒットさせる北條。
第2ステージに進む。
四方八方から動く標的が立ち上がる。そして、そこからペイント弾が打ち出される。
軽やかなステップで相手の標準を外し、確実に標的に弾丸を打ち込んで行く北條。
「さすがだ…。北條さん」
満足げな尾室。G5チームのメンバーが北條の動きに息を飲む。
「すごい…」
部隊のエースと言われる大河護も、声がない。
「北條さんの射撃の腕はあんなモンじゃないぞ。
 そして、氷川さんは…不屈の闘志でその上を行くんだ」
現場を離れていた者の、突然の加入。
それによるメンバーの戸惑いを解消するには、二人の実力を見せつけた方が良い。
尾室はそう判断した。
一通りのプログラムを、パーフェクトの成績で終えて、北條がオペレーションルームにあがってくる。
「尾室さん。大体分かりましたよ。このシステムは、私に向いているようだ」
そう言って北條が扉をくぐった時、一斉にG5部隊員が直立不動の姿勢になる。
「…? どうか…しましたか?」
「いいえ。たいしたことは…」
尾室の目論みは、予想以上の効果をあげたようだ。
「ところで、氷川さんは?」
北條は、その場にいない僚友の行方を聞いた。
憧れの氷川がその姿を消してしまっているので、気になっていた大河も反応する。
「はい、それが…」
氷川誠は、北條より先にG5を尾室、小沢の立ち会いの元、試していた。
北條と同じく、プログラムをパーフェクトでこなしながら、浮かない顔で氷川は小沢にこう言った。
「なんていうかその…。軽すぎる感じがします。
 しっくりこないというか、ちょっと感覚がちがいますね。
 …小沢さん、…あの、もし間に合うのなら。あれを用意していただけませんか?」
そして、その言葉を受けた小沢と共にどこかに行ってしまったと言う。
「ほう…。それは、ひょっすると…」
北條にはなにか心当たりがあるようだ。
そこに小沢が一人で帰ってきた。
尾室と大河が駆け寄る。
「小沢さん。…氷川さんは?」
「心配しないで、明日の準備をしているだけだから。
 ちょっと手間取るかも知れないけど、明日には絶対間に合うから」
尾室の問いに、小沢はそう答えた。
尾室は、それでなんとなく納得したような顔をしていたが、
大河の顔には、「えっ? それで終わり?」という感情が思いっきりで出いる。
氷川は結局そのままに会議室に移動し、G5ユニットとしてのミーティングが始まる。
尾室が口を開く。
「みんな、明日は、東京ドームで普通の人の中で、
 普通に生きようとするアギトとなった人々の為の集会が行われる。
 しかし、アギトに懐疑的な人々、
 そして、その場の意味を理解しない無軌道なアギトグループによる、
 我々が経験した中で、かつてない規模の暴動が起こる可能性がある。
 とくに『N・G』と呼ばれる、五十名にものぼる人数を有するグループが、
 襲撃計画を画策していると言う情報もある。
 そこでだ、我々は全員出動し、その持ちうる戦力の全てを使って警備に当たる。
 そのうち、対通常人に関しては機動隊が当たる事となる。
 無論、人命に関わる場合などその状況にも寄るが、
 それについては我々は、極力手出しはしては成らない。
 生身の人間に対しては、G5のパワーは凶器である事を忘れるな」
一様に頷く一同。
続いて、東京ドームの上部から見た略図が示され、
警備本部の位置、メンバー各々の配置位置が示される。
「通常通り、3人一組の形で行動する。
 使用武器としては、「GM-01」「GA-04」「ガードアクセラー」の使用が
 対アギト用として許可されている。
 更にその予定外事態に対応して、各隊、身近な位置にガードチェイサーを配備。
 そこには「GS-03」「GG-02」ユニット、「GX-05」も用意されている。
 だが、それらの装備の使用には本部側の許可がいる事を忘れるな」
会議は進む。そして、
「諸君、明日の事態に対し、この尾室もG5を身に纏って警備に当たる予定だ」
突然の言葉にざわつくメンバー。
「超法規的措置であるが、あすの現場指揮は、小沢澄子教授にお願いする。
 諸君らもこの4ヶ月、現場に共に帯同していた小沢教授の指揮能力には、疑問はないだろう。
 また、このことは上層部には内緒だ。頼むぞ」
そういって尾室はにやりと笑う。
「それでは、小沢教授」
立ち上がる小沢。
「みんな。奴らは必ずやってくる。
 明日のイベントを良い意味で歴史に残る物にする為に。
 死ぬ気で戦う覚悟でいくわよっ!」
そして、運命の日が訪れる。

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