第七話

その日、朝から渋谷に、百人をこえる少年達が集まろうとしていた。
彼らは皆、神とも言える存在からその力を受け継いだ、「アギト」と呼ばれる者達であった。
「アギト」のその本質は、本来、人類にとって異質な物である。
しかし、「アギト」は既に人間の中に溶け込み、いまや人間を構築する一部分となっている。
多くの人の遺伝子には、「アギトファクター」と呼ぶべき変異因子は組み込まれ、
進化の可能性の一翼を担うものとなっているのだ。
もっとも、それの発現する可能性の高い者と低いもの、全く持たない者がいる事も確かな事である。
それまで、極めてその存在を主張する事のなかった、
その潜在因子が具現化する切っ掛けとなったのは、
一人の調理師志願の青年と、超能力を持つその姉と言う、
極めて濃いアギトファクターを持つ、遺伝学上の奇蹟といってよい姉弟の存在である。
彼らは、この世に現れた1番目と2番目のアギトとなった。
アギトは、光と共に現れる。
そして、その光は周囲の者のアギトファクターに影響を与え、更に新しいアギトを産み出していく。
「アギトは、アギトを生む」
そのことは、一旦アギトが出現してしまえば、ねずみ算式にアギトが増えて行く事を意味する。
アギトファクターを持つ者は、アギトが増えれば増える程その影響を受け、
望む望まずに関係なくアギトとなって行く事となるのである。
また、アギトとは無限に進化する存在である。
より強い力を求める物には、より強い力が発現する。
そしてその事が、悲劇を紡ぎ出す原因となって行くのである。
明日の大晦日に、イベントが行われる東京ドームでは、
最終ミーティングを終えたG5ユニットが警備に合流していた。
小沢、尾室、北條、大河、住友の5人は、
他の警備スタッフとの打ち合わせをする為にユニットを離れた。
内野のスタンドから、照明に照らし出されるそのアリーナを見つめて、
大河は、ここを守る決意を新たにする。
ふと見ると、小沢と北條が一人の青年と話している。
妙に軽薄そうで、いいかげんそうな男だ。
小沢が怪訝な顔をする大河と住友に気付いて、その男を紹介する。
「そうね、あなた達の先輩って言い方もできるわね。
 こちらは、津上翔一君。G3-Xを装着して、アンノウンを倒した事もある人よ」
幻の一人との、思い掛けない出合いに、呆然とする大河達であった。

ほんの1年前、ただの高校生としか言い様のない少年であった「浦賀凪」は、
今ではその強大な力でもって、渋谷の暴君となっていた。
「最強のアギト」を自称し、周囲の者にその力を見せつける彼の身近には、
逆らう者はおろか、意見を言える者すらいない。
彼は、渋谷に集まってくる少年達の頂点に立った。
しかし、彼の自尊心は満足しなかった。
今のままではただの不良グループのリーダーに過ぎない事を知っている。
「アギトの国を造る」
彼は取り巻き達にそんな事を言った事がある。無論半分は冗談である。
しかし、出来ない事では無いのではないか? と最近は思う。
警察ですら、今は自分を止められないという証明をした。
自衛隊が出て来ても、同じだ。米軍だって…。
いきなり核ミサイルでも打ち込まれない限りは。
しかし、いくらなんでも、そんな方法を相手が採るわけは無い。
それどころか、こっちを殺そうなんてするわけは無い
そんなことは人道に反する。なにせこっちは、未成年者の集団なのだから。
まっ、もっとも、この間みたいに、突然銃を撃ってくるようなバカな奴はいるだろうが…。
そんなやつはたいした問題では無い。凪はそう思っていた。
もし、自分の邪魔を出来るとしたら、きっとあの男だろう…。
凪は、ことごとく自分に意見する男の顔を思い浮かべた。
しかし、そのカタはつける。
自分が負ける事はありえない。
あとは、屈辱にまみれるあいつに相応しい風景を演出してやるだけだ。
自分から逃げようとしたバカ共を助けに、ヒーロー気取りで現れた時から、
その思いはどんどん強くなる。
そして、そのニュースを見た時に、その機会が訪れたと思った。
東京ドームで、馬鹿げたイベントが催される。
『アギト』が、人として、いかに普通かを主張するイベントである。
「頭が悪いんじゃ無いか」と思った。
こんな力を持って、普通でなんていられるわけないでは無いか。
それに、もった力を使って何が悪い。
才能を活かしているだけじゃ無いか。
持っていない奴は、やっかんでとやかく言っているだけじゃないか。
しかしとにかく、ドームには世界中に流す為にテレビをはじめとする報道関係者が詰め掛けるそうだ。
そこで、この自分の力を見せつけてやる。
誰にも文句は言わせない。
そこには、きっと奴も来る。
最高の演出では無いか。
一番強い奴が誰か、世界中の人間の前ではっきりさせてやる。
「全世界に、俺に殺されるあいつの姿が中継されるんだ」

長い間、渋谷のランドマークとしての役割を全うした109。
あの渋谷署の襲撃をきっかけに、ついに閉鎖に追い込まれたその建物前に集合した、
百名を越えるアギトの群れは、
どこからか手に入れたメルセデスベンツSLの助手席にふんぞり返る凪を先頭に、
ゆるゆると行進をはじめた。
凪の為のパレードだった。誰も、彼を止める事の出来ない。
渋谷を出たあたりから、数台のパトカーが何かをスピーカーからがなりながら、
彼らの脇を走っているが、少年達は誰も相手になんてしない。
上空には、ヘリも舞っている。
凪は、SLのトップを開けた。
十二月の冷たい風すら心地よい。凪が立ち上がる。
そして、顔の目の前で両手の手を広げ、親指と人さし指で三角形を造り、
一気にその手で両の腰をたたく。
「変身!」
凪は赤いアギトへと変身を遂げた。
凄まじいエネルギーが、炎と化して凪を飾る。
運転席の少年もアギトへと変身した。
メルセデスSLも、アギトの力の影響を受け、
そのオーナーの性質を反映するように凶悪な姿へと変貌した。
凪はその車の姿を、「アメイジング・ツイスター」と呼んでいる。
その様子を見て、周囲の少年達が次々とアギトへと変わって行く。
パトカーが慌てて離れて行く。
そんな事すら気も付かず、少年達は東京ドームへと進んで行く。

東京ドームが開場した。
各国の政治家やボランティア団体、軍人、宗教家。
報道関係者に、芸能人や各界著名人の姿も見える。
一般の人間は、入り口で厳重なチェックを受けている。
そこには、スピーチを行う男の友人知人もいるようだ。
彼がかつて記憶喪失の状態になってしまった時、面倒を見てくれた一家。
彼が店を出すまでに、世話になったレストランのオーナーシェフ。
彼のカウンセリングを行った精神科医。
彼と共に、料理人の道を進む女性の姿や、アギトとなる力を放棄し、
涼の命を救った事もある医大生も来ている。
イベント開始まで、後1時間。
 
「およそ百人? 確かですか?」
連絡を受けた小沢は、一瞬耳を疑った。
渋谷署で、G5部隊を襲った連中は、その全戦力と言うわけでは無かったのだ。
すぐに現場の尾室達に連絡する。
「『N・G』と目される少年アギトのグループが、百名程の規模で集合し、
 渋谷より東京ドーム方面に向けて進行中。
 G5ユニット各メンバーは、ただちに全員集合し、
 グループの進路と推定される飯田橋付近を封鎖する機動隊と合流。
 これをせき止めよ。
 決して、東京ドームに彼らを入れてはならない」

ガードチェイサーに股がり、二十機のG5は飯田橋へと向かう。
「彼は…まだ?」
小沢は、北條や尾室、また、大河たちを決して信用していないわけでは無い。
しかし、この場所に押し寄せる悪意ある少年達の数は、彼女にとっても想定外だった。
そして更に、彼女がもっとも信頼している男は、未だこの現場に到着していない。
そして…、あの男からも未だ何の連絡もない。

十五体のG5が、専用盾『GSH-08』を構え、通りを封鎖する。
この盾は、G5の装甲と同一の素材で造られていて、しかも遥かに厚い。
アギトのキックでさえ、耐えられる物である。
数分後、その集団がゆっくりと、姿を見せ始める。
まるで、巨大な雲が低くたれ込めるように。
その先頭の異様なオープンカーが、道路封鎖をするG5から距離をとり、動きをとめる。
そのシート上に立っている、赤い、炎を纏ったアギトがいる。
そいつが、右手をあげた。
一斉にそれを取り巻くバイクが唸りをあげる。

戦いが始まった。
集団で押し寄せるアギト達。
必死で押し返すG5。
その後ろから、十台の放水車が凄まじい勢いで、アギトに水を打ち付ける。
パワーはあるが、体重の軽いアギトはたまらず吹き飛ばされる。
凪は、アメイジング・ツイスターの上で、楽しそうにそれをみている。
その凪を狙って、5機のG5が密かに後方に回り込む。
尾室、北條、大河とそのチーム、松沢と竹村。
その手には、各々GX-05を装備している。
「そこまでだぁっ!」
凪をその目で捕らえて、大河が叫ぶ。
ゆっくり振り返る凪。そこには、4機のG5がいた。
そのうちの一機が話し掛けてくる。
「俺の事を、覚えているか?」
凪は、その声に聞き覚えがあった。が、
「忘れたねぇ」
凪はそう答えた。
この間、渋谷であった男だ。だが、たしかに覚えてはいたが、興味の湧く男ではなかった。
「決着をつけてやる」
大河が低く唸る。
「ここまで、たどり着けたらな」
凪がせせら笑う。
「何っ?」
その言葉の意味を汲み取った尾室が後方を振り返る。
そこには。
二十台程の、奇妙な姿に変化した原付きが各々アギトを乗せ、
尾室達を挟み撃ちにするように迫っていた。
「伏兵? しまっ…たっ!」
尾室が叫ぶ。
その手には、GX-05がある。
しかし、それは、このリーダーと目される男以外には使うつもりは無かった。
「あーっはっはっはっ」
高笑いする凪。
「くそっ!」
GX-05を凪に向ける大河。
しかし、正面からも、凪の横をすり抜けて、何人ものアギトがこちらに向かって襲い掛かって来ている。
凪が、言葉を吐き捨てた。
「しね・ばか」
その時、戦場の側面に面している建物の屋上から、GX-05が済射される。
その弾丸は、正確に後方からの原付きを貫き、凪の横にいるアギト達を足留めした。
「北條さんっ!」
尾室が叫ぶ。
建物の上には、北條が身に纏うG5の姿があった。
凪も、その他のアギト達も北條に気を取られる。
その隙を逃さなかった大河と尾室は凪の懐に飛び込んだ。
 
飯田橋まで移動する間、小沢は、G5チームに作戦を説明した。
人数など、戦力だけを単純に比べれば、G5ユニットには勝利は無い。
本来なら、これだけの戦力差があるのなら、
『N・G』側は、二十人程の人数編成のチームを造り、
それを東京ドームを包囲するような形で配置し、
同時に攻撃をかける事がもっとも効率のよい戦法であろう。
もしこれをされると、G5ユニットは少数によるチームで、各々守りに付かねばならず、
その敗北は必至であったといえる。
しかし、それをしない、あるいは出来ないのは、
連中は、あくまでリーダー・N・Gの目の届く範疇でしかその組織だった動きが出来ないからだ。
また『N・G』は、リーダー以外に戦闘能力に目立ったものはおらず、
鍛え上げられたG5チームならば、その数的な差を質によって、ある程度うめる事ができると思われる。
これらの事から、敵の実体はリーダー・N・G一人と言っても、間違いは無いと考えるべきである。
これならば、十分に勝ち目はある。
小沢のこの論法は、希望的観測と、御都合主義の産物と言えるかも知れない。
しかし、それでも勝ち目のあるという計算が少しでもあることと、
全くない事では、現場に臨む人間にとっては天と地との差のモチベーションの違いを生む。
そして、それは現実として立証されようとしていた。

左右、至近距離からのGX-05の掃射。
凪は中空高く舞い上がった。
地面に激突する凪。
「やった…!」
大河は叫んだ。周囲のアギト達は、時間が止まったように動かない。
「まだだっ」
その歓喜の声を、尾室がとめる。
凪の身体から、炎が吹き上げる。
そして、ゆっくりと凪は立ち上がった。
「…!」
その様子を確認した北條は、次の手を準備した。
GX-05にGM-01をドッキング。
そして、その銃口に、ロケットランチャーを装填する。
凪は、無傷と言うわけでは無かった。
左右の脇腹が裂け、そこから炎が吹き出ている。
「あ…ああ…あああああああっ!」
凪を中心に火柱が立つ。
恐怖・痛み・屈辱…。
その心の炎が形となって凪を焼いていた。
「くそおっ!」
GX-05を向ける尾室。
だが、一瞬早く凪の炎の拳が尾室を捉える。
尾室のG5のヘルメットがまっ二つに割れた。
「尾室さぁぁぁんっ!」
大河が、G5に内蔵されたGK-06という
高周波振動ブレードで造られたナイフを抜き凪に切り掛かる。
大河の刃が、凪の胸のプロテクター部分を袈裟切りにする。
「ひいいいいっ」
思いもしない激痛に悲鳴をあげる凪。
更に大河のGK−06の刃が襲い掛かる。
必死で、凪はそれをかわし、大河に体当たりを食らわした。
吹っ飛ぶ大河。しかし、よろよろしながらも、その手にはGK-06が握られている。
「きさまあっ…きさまあっ!」
大河が凪に突っ込む。
凪の恐怖も臨界に達する。
「わああああああああっ!」
重心低く構える凪。
「何だっ!?」
大河と、凪の間に出来た空間に、炎の紋章が浮かび上がる。思わず立ち止まる大河。
「たああああっ」
凪が跳んだ。
「いけないっ!」
凪がキックの体制に入ったと見た北條は、
G5の装備中でも最大の破壊力を持つGXランチャーを、凪に向けて発射した。
狙いは外さない。ランチャーは命中し、大爆発を起こした。
その爆風で、至近距離にいた大河も吹っ飛ぶ。
大河は壁にたたきつけられ、意識を失った。
「…どお…だ…?」
下を覗き込む北條。
「はっ!」
その視線の先に、先ほどの炎の紋章が、今度は自分の方を向いて浮かんでいた。
その紋章を撃ち破り、赤いアギトが蹴りの体制で跳んでくる。
「ああ、ああああああっ」
恐怖に飲み込まれながら、北條は、それでもキックをかわした。
しかし、なおかつG5の装甲が砕けた。
「そんな…そんなっ!」
パニックに陥る北條。
そして、凪は三たびキックの体制をとっている。
その、目の前に、一人の男が立ちふさがった・・・。
芦原涼であった。

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