第八話 北條が、凪に対してGXランチャーを使用した時、 その音と爆風に、アギトフォース『N・G』の少年達の中にかなりの動揺が走った。 彼らは、一枚岩の戦闘集団と言うわけではない。 そのほとんどが、もともと身体が異常な物に変化して行く恐怖に耐えかねて、 仲間を求めて集まって来ただけの孤独な少年達である。 それを、凪が力で強引に統括していたのだ。 無論、中にはその場の空気や、恐怖から仕方なく凪の言う事を聞いている者だけで無く、 その強さの恩恵を被ろうとする者も、さらに、より積極的に凪に憧れ、その側に集まって来た者もいる。 しかし、どちらにしろ彼らの行動は凪の言葉一つに依存している事に違いは無い。 「あの爆発では、さすがのN・Gも、ヤバいんじゃないか? あいつがいなくなったら、おれたち…どうなる?」 この考えは、警察と乱闘中と言う状況下でに於いて、致命的と言える精神状態に彼らを追い込んだ。 更に悪い事には、凪は、上方にいる敵にその集中力を奪われ、周りの者の混乱を認識しきれなかった。 もっとも、認識したところで、彼がなにかフォローしたとも思えないが。 彼は、自分の健在を周囲の味方に示す事なく、側面のビルの屋上に跳んで行った。 凪を頼みとして警察と事を構えた少年達の目の前で、絶対的なリーダーが突然消滅したのだ。 少年達はパニックになった。 前方で、G5部隊とぶつかりあう仲間を置いて、後方の少年達は無秩序に逃げだした。 そして、彼らの乗るバイク同士が次々とぶつかる。転倒。更にその上にバイク。 吹っ飛ばされるアギト。そのまま、また仲間にぶつかる。 密集状態が混乱に拍車をかける。 「早く二人を連れて建物の中に入れっ!」 Gトレーラー2号車では、バックアッパーを勤める住友が、松沢、竹村の二人に叫んでいた。 二人は、凪との戦いで気絶してしまった二人の仲間、 G5ユニット司令官の尾室と、部隊のエース・大河に肩を貸し、 大形兵器のGX-05を片手に構え、突然の喧噪の嵐が吹き荒れるその場から撤退しなければならなかった。 尾室を竹村が、大河を松沢が運ぶ。 手近な鉄筋コンクリート製の建物に入って、その反対側に逃れて、後方の仲間と合流するのだ…。 まず、竹村が建物に転げ込み、つづいて、その入り口に松沢が向かう。 そこに、1台の変型原付きが突っ込んでくる。 松沢はGX-05を向ける。 バイクだけ撃つつもりだった。 しかし、正面からの原付きは面積が小さい。 片手で構えている為、きっちりと照準が合わせられない。 いくらなんでも、北條のよう射撃の腕はない。 例のリーダー以外の少年達には、GX-05の使用許可はされていない。 アギトの能力が、GX-05の威力に耐えられる程は成長していないからだと、小沢澄子は言っていた。 「このまま撃ったら、殺してしまうかもしれない…」 その考えが一瞬浮かんだ。 それは、絶望的な遅れを松沢にもたらした。 「松沢ーっ」 その時、竹村達が逃げ込もうとしていた建物の廊下の反対側から、1台のバイクが走り込んで来た。 絶叫する竹村の横を、物凄いスピードで通り過ぎる。 そのまま、松沢にぶつかろうとしていたバイクに突入。弾き飛ばした。 松沢を救ったバイクはガードチェイサー。 「遅れて申し訳ありません。大丈夫ですか?」 そこに乗っている、装甲強化服。 G5と同一の系統の物ではあるが、G5ではない。 G5よりは薄めのブルーのボディ。 そのボリュームのある左肩には、黄色い字でこう記されている。 「G3-X type∞(タイプ・インフィニティ)」 ガードチェイサーからG3-Xが降りる。 「北條さんは?」 「は、はい…この建物の屋上に…」 そこに、一体のアギトがマシンから振り落とされて、こちらに突っ込んでくる。 G3-Xはそれを、がっしりと受け止めた。 その様子を驚嘆し、見つめる松沢と竹村。 「ひかわ…まこと…」 竹村が呻く…。 自分達の尊敬していた『先輩』。 がしかし、話はよく聞いていたが、実物を見るのはこれが初めての、『英雄』。 「早くっ、二人を連れて早く逃げてっ!」 「は、はいっ」 二人が駆け出す。 氷川は、その姿が見えている間、その通路に壁となって四人を逃がした。 そして、「上か…」 そう言って、非常階段の方に向かう。 盾を構えて、ひたすらアギトの襲撃を耐えていたG5部隊。 後方からの放水車の援護を受け、別働隊がこの少年達のリーダーを捉える事をただひたすら待つ事が、 彼らに与えられた作戦上の役割であった。 地味で苦しい役回りであったが、その大きな数の差を埋める、 更に相手側に極力負傷者を出さない為には、絶対に必要、かつ重要な役回りでもあった。 その前方からのプレッシャーがいきなり軽くなった。 敵の後方で、混乱があったようだ。 小沢の号令がかかる。 「G5部隊、前進せよ」 盾を構えたまま、1列に整然と、ゆっくりと彼らは前進を始める。 それまで、正に壁となって、動かなかった相手の出方の変化に、 『N・G』の少年達は、完全に浮き足立った。 小沢は、ここを勝機と捉えた。 「全員、GM-01、アクティブ」 G5の太ももの部分に格納されている、小型ハンドマシンガンGM-01を皆、右手に取る。 「シールドを下ろせっ。同時にGM-01、一斉清射!」 GSH-08が、地面に落ちる。 半ば逃げ腰になった少年達の前に、今、牙を剥かんとするG5の姿が現れる。 正面から数と力を頼りに、ただ、ぶつかる事しか出来なかった少年達とは違い、 それは一糸乱れぬ動きであった。 十五の銃口が一斉に火を吹く。 アギトの強靱なボディは、GM-01の弾丸を食らっても、致命傷を受ける事はない。 しかし、そんな事は関係なかった。 少年達はなす術もなく逃げることしかできない。 小沢澄子は、氷川誠からの連絡を受けた時、即座に尾室達の援護に向かうようにとの指示を出した。 壁となるG5隊も決して余裕があるわけではないが、このまま信用するしかない。 そして、一瞬にして状況は変化した。 北條が勝手にチームから離れた。 だが、それはある程度、予想された事だった。 「あの目立ちたがり…」 悪態を付きはしたが、北條の狙いも理解する小沢。 それはそのままにしておく。 そして、事態は北條の勘が当たる形で進行した。 氷川はまだ現場に到着しない。 北條をそのままにしておいて良かった。 尾室と大河が攻撃を仕掛ける。 だが、N・Gは二人を撃退した。そして、大河を救う為、北條がGXランチャーを使う。 これの使用許可を出した記憶はなかったが、その判断は間違いとは言えない。 その爆音に、不良アギト達の動きが混乱した。 氷川が現場に到着する。 すぐ、尾室達の救出をさせる。 陣型が総崩れになろうとする『N・G』に、集団としての形にとどめを刺すべく、 小沢は前進を指示、攻撃に転じさせる。 その時、北條のカメラからの映像がとんでもない状況を捉えた。 北條が…危ない…。 氷川を北條のもとに廻すか…。 いや、そこに、たった一人の騎兵隊が到着した。 芦原涼…。彼が来てくれた…。 即座に氷川に指示を出す。 「尾室君達を助けた後、北條君と合流して」 この戦い。勝てる。 小沢は、現時点のデーターから、そう確信した。 だが、楽観するわけには行かない。 今、芦原涼と対峙しているN・Gと名乗る少年は、 津上翔一にも匹敵するアギトとしての素養を持っている。 仮に、芦原涼と氷川誠、この二人をもって勝てないような事態になれば…。 たった一人に、戦局はひっくり返される…。 「変身っ!」 芦原涼は、胸の前で手を交差し、それを開いた。 半歩後ろに下がり、ジャンプする。 既に、その力は涼に訪れている。 常識では考えられない高さの跳躍。 その背後から、力の固まりがやってくる。それは涼を捕らえ、やがて重なる。 「ギルス」 かつて、涼や氷川、翔一の出会った、造物主とも言える男がその姿を見て、呼んだ名前である。 それは、大きな意味でのアギトである事には違いはなかった。 だが、ある意味洗練されたアギトの外見と比べ、 その姿には「不完全」という印象が付いて回る。 この世に現れた3番目のアギトは、アギトとなるべき可能性の低い者が、 アギトの光を浴びて、半ば強制的にアギトにされた者であったが、 それに近い雰囲気を持つ。 凪は、変身した涼を黙って見ていた。 「全ては、こいつと出会った日から始まったんだ」 凪は、あの日を思い出していた。 梢や、その他の初めて出会った仲間達と楽しい集会をしていたんだ。 それを、バカな奴らがいちゃもんをつけてきやがった…。 あいつら、俺達をガキと思って、見下していやがった…。 見下されるべきは、誰なのか教えてやる。 俺達はそう思った。 そう、俺達こそ、選ばれた人間なんじゃないのか? そうでなけりゃ、こんな力…、何の為にあるって言うんだ? 警察が来た。 へんな鎧を着た連中だ。 …恐かった。 やっぱり恐かった。 鎧そのものよりも、警察が来て、俺達を捕まえようとしている事が恐かった。 俺は、それでも唯一の知り合いの梢だけは助けようと思って必死に逃げた。 でも、こいつは…。 こいつは、警官をいとも簡単に倒してしまった。 俺は気を失っているフリをしていた。 梢と二人で、こいつに助けられた。 こいつの話を聞いた。 こいつ、自分がどれだけえらそうな事言ってるか分かってない。 俺達が、どれだけ強くなれるのかは、こいつに教えてもらった。 でも、こいつの手下になっても、しょうがないと思った。 こいつの言っている事は理想論だ。 もし、普通の連中が、俺達を受け入れてくれるのなら、 俺達ははじめっから、こそこそ集まって会う必要もなかった。 「凪、もう、終わりにするぞ」 涼が言う。 「やってみな…」 脇腹の痛みも忘れ、凪が言う。笑いが出てくる。 二人の間に、炎の紋章が浮かび上がる。 それを見て、涼は構える。 「浩二…。お前の力…。また借りるぞ」 もう一つの力の固まりが、涼に落ちる。 涼が、かつて致命傷と言えるダメージをうけ、その命が尽きようとしていた時、 一人の少年が、その、彼が持っていたアギトの力の種を与える事で、涼を救った事がある。 それ以来、涼は彼を救った少年、真島浩二の力を使い、より、強力な力を使えるものとなった。 その力は棘となり、涼の身体のあちこちから、皮膚を破って行く。 「エクシード・ギルス」とでも呼ぶべき姿へと、涼も変わった。 涼は吠える。 身体の痛み。 心の痛みを越えて戦う為…。 |